アルテミスの森の魔女 その34
魔術師マーロンの妨害も無くなり、メデューサ発案の「魔女のお店」リニューアル計画は、その後は予定通りに、進んでいきました。
家の改築も、レダの資金提供で、順調に仕上がって行き、陰鬱で暗い雰囲気をまとっていた、古い一軒家は、明るく親しみやすい、飲食店も兼ねたコンビニ風のドラッグストアへと、生まれ変わろうとしていました。
しかし、この計画を実際に推し進めているのは、シュナンとその旅の仲間たちであり、家の主である魔女マンスリーは、かやの外に置かれていました。
自助の精神が強いマンスリーは、恐らく自分たちの世話になるのは嫌がるだろうと、メデューサたちは考えたのです。
だから取りあえずは、彼女には内緒で計画を進め、お店が完成してから打ち明けて、老魔女を驚かせるつもりだったのでした。
その為には、家の改築工事をしている間は、マンスリーに、魔女の家から離れていてもらう必要がありました。
ですのでメデューサたちは。魔女の家の改築が行われている間は、マンスリーを、自分たちの住処である「家獣」の背中に建っている家に、招待する事にしました。
そして、魔女の家のリニューアルが終わるまでは、そこに、滞在してもらう事にしたのでした。
そんなわけでマンスリーは、今日もシュナン一行が移動手段として利用している「家獣」の背中に建っている家の中に滞在して、シュナンの仲間たちの、もてなしを受けていました。
そして本日「家獣」の家の中で、マンスリーをもてなしているのは、魔女の家のリニューアル計画の発案者である、我らがヒロイン、ラーナ・メデューサでした。
彼女は、内緒にしている計画の事は、おくびにも出さずに、マンスリーの相手をし、精一杯の感謝の気持ちを込めて、老魔女をもてなしていました。
なぜならマンスリーは、自分の想い人であるシュナン少年の大師匠にあたる人物であり、更には彼の命の恩人でもあったからです。
「家獣」の留守居役である巨人ボボンゴは、本日は湖に魚を取りに行っていて、他の仲間たちも、魔女の家の方で、リニューアル作業にあたっており、今、現在「家獣」の背に立つ家の中にいるのは、メデューサとマンスリーの二人だけでした。
そこでメデューサは、今日はただ一人、「家獣」の背に立つ家の屋内で、マンスリーと向かい合い、その相手をしていたのです。
「家獣」は、アルテミスの森の外れにある、大きな湖のほとりで、その長い足を折りたたみながら、うずくまっていました。
その巨獣の大きな身体の背中の上に立つ、瀟洒な平屋建ての家の内部は、いくつかの部屋に分かれており、メデューサはその中でも、居間として使われている大きな部屋で、マンスリーと同じテーブルを囲んで、恩人である老魔女に、お茶をふるまっていました。
「家獣」の背に立つ家の中の、大きな居間で、その部屋の真ん中に置かれた、テーブルに差し向かいで座り、午後のティータイムを楽しむ、メデューサとマンスリー。
彼女たちが囲んでいる、木のテーブルの上には、湯気を立てている紅茶のカップやポット、それにメデューサが作った、十種類以上のお菓子を載せた皿が置かれていました。
紅茶のカップを片手に、お菓子をひとつまみする、魔女マンスリー。
「おや、美味しいね。この、ニンジン色のクッキー」
彼女の向かい側で、テーブルの前に座っているメデューサは、木の椅子に腰を下ろしながら、床につかないその足を、ブラブラさせています。
「レダ直伝のニンジン・クッキーよ。美味しいでしょ。本当に、あの子、なんでも出来るんだからー。おまけに強いし、すごくきれいだしー」
椅子に腰掛けながら、足をブラブラさせ、蛇の髪の毛に覆われたその顔を、しょんぼりとうつ向かせる、メデューサ。
そんな彼女を、テーブルの向かい側に座る魔女マンスリーは、紅茶のカップを片手に、目を細めながら見つめていました。
「やっぱり、あんたは、相当に劣等感が強いみたいだね。自分を、そんなに卑下するなと、言いたいところだけど、あんたの置かれた状況を考えると、無理もないかもね。そうだー」
マンスリーは、自分の向かい側でテーブルの前に座る、メデューサにそう言うと、ある提案をしてきました。
「良かったら、カード占いで、あんたの好きなことを占ってあげようか?何かのきっかけに、なるかも知れないし。何でもいいよ。現在の悩み事を、どうすればいいのかとか、自分の将来の事とかー」
「花神」と呼ばれた、魔女マンスリーは、植物系の魔法を得意としていましたが、予言や予知の技にも秀でていました。
女神アルテミスの双子の兄である、予言と芸術の太陽神アポロンを祀ったデルポイ神殿で、神託や助言を与える神官長を務めた事もあり、特に彼女のカードを使った占いは、百発百中だと言われていました。
その大魔女の提案を聞いたメデューサは、蛇の髪で覆われたその顔に、一瞬、戸惑いの表情を浮かべましたが、すぐに木の椅子に乗せた身体を、モジモジさせながら言いました。
「それじゃ・・・あたしとシュナンの事を、占ってもらえませんか?おばあさん・・・。わたしたちが、将来、いったいどうなるのかー」
メデューサはマンスリーに、最近、一番気になっている事を、占ってもらおうとしたのです。
それは、自分とシュナン少年が、果たして、将来、結ばれるのかどうかについてでした。
彼女の蛇で覆われた顔は、朱がさして、真っ赤に紅潮していました。
メデューサの向かい側に座るマンスリーは、その言葉を聞くと、片手に持ったティーカップを、テーブルの上に置き、その空いた方の手を、軽く宙で振り、口元で呪文をつぶやきます。
「よし来た、アホーツ!!」
すると、マンスリーが、宙で振った方の手が、光り輝き、一瞬後に、その手の中に、カードの束が出現していました。
ちょうど、手のひらに収まるくらいの、厚紙で出来たカードのようです。
マンスリーは取り寄せの術で、そのカードの束を手中に収めると、テーブルの上に置かれている、自分の前の食器やティーカップなどを、もう一方の手で横にずらして、その空いたスペースに、次々とカードを並べ始めます。
やがて、マンスリーが席に着く側の、テーブル上に空いた、正面のスペースには、縦横に並べられたカードによって作られた、正方形の列が出来ていました。
マンスリーは椅子に座ったまま、その目の前のテーブルに並べられたカードの列を、両手を複雑に動かして、次々と並べ替えました。
マンスリーの真向かいで、テーブル席につくメデューサは、テーブルを挟んで正面に座っているマンスリーの、その挙動を、神妙な面持ちで見つめていました。
すると、しばらくしてからマンスリーは、自分の眼前に並んでいる、テーブル上に伏せられたカードの列から、素早く2枚を抜き取ります。
そして、その抜き取ったカードを、自分の手の中で確認すると、なぜか、眉間にしわを寄せました。
マンスリーは、自分とテーブルを挟んだ正面で、木の椅子に座り、緊張しきった様子で、占いの結果が出るのを待っている、メデューサの方を、一べつすると、静かな声で言いました。
「正直、良くないねー。死と裏切りの未来を、示すカードが出てるよ」
2枚のカードを、向かい合ってテーブルに座るメデューサに、見せながら発した、マンスリーの声が、「家獣」の背に立つ家の、広い居間の中に、冷たく響きました。
[続く]




