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アルテミスの森の魔女 その33

 人間の心の不思議を語るシュナンの言葉は、マーロンの感情を、強く揺さぶりました。

しかし地に伏せる彼は、自分を高みから見下ろす杖を構えたシュナン少年を、下からにらみ返すような目で見ると、途切れがちな声で言葉を絞り出します。


「だが、わしは、怨みを忘れるわけにはいかんのだー。師である、モウ様の無念をー。それに、マンスリーの一派によって粛清された、仲間たちの仇を取らねばー」


マローンのしわがれた声が、広場に響いた、その時でしたー。


「ふざけんじゃないわよっ!!この野郎っ!!」


なんと、少し離れた場所で、吟遊詩人デイスと共に、シュナンたちの様子を見ていた、新米魔女チキが、いきなり、矢のような勢いでダッシュして、シュナン少年の前にうずくまる、マローンの方へと走り寄り、一挙に距離をつめると、驚きの表情を浮かべる彼の、そのほほを、平手で強く打ったのです。

彼女は、シュナン少年の隣で仁王立ちになり、マーロンをキッと見下ろしています。

マーロンは、いきなり女の子に飛びかかられ、平手打ちをされて、びっくりしました。

地面にうずくまる、その顔には、怒りというより、戸惑いの表情を浮かべています。

彼女の傍に立つシュナン少年も、自分とマーロンとの間に突然割り込んで来た、この少女の唐突な挙動に驚き、その目隠しをした顔に、けげんな表情を浮かべます。

そしてチキと並んで、広場の路地に立っていたデイスも、いきなり自分の隣から飛び出して行った、彼女の行動に、もちろん驚いていました。

少し離れた場所から、困惑した表情で、事の成り行きを見守っています。

更には、道行く人々も、いきなり少女が、地面にうずくまった中年男を、平手でひっぱたくのを見て驚き、目を白黒させていました。

いつのまにか、地面にうずくまるマーロンと、彼を見下ろしているシュナン少年、それから二人の間に乱入したチキの周りには、大勢の人だかりが出来ていました。

野次馬たちは、遠巻きにするようにして、彼らを取り囲み、好奇の眼を向けています。

そんな風に、周囲の注目が集まる中、その原因である魔女チキは、地面に力無くうずくまるマーロンの前で、肩をいからせて仁王立ちになり、涙目で彼を見下ろしていました。


「なんだよっ!!結局、自分の都合ばっかじゃないか!?苦しいのは、自分だけだとでも思ってんのかよ!!みんな、悔しい事や辛い事を我慢して、一生懸命に生きてるんだ!!そうしないと、生きていけないからー。あたしの母さんだって、兵隊に取られた父さんを戦争で亡くして、女手ひとつで、あたしを育てるのにどんなに苦労したかー。だけどお母ちゃんは、恨み言を言ったり、ましてや、あんたみたいに陰湿な仕返しなんて卑怯な真似は、いっさいしなかったよ!!でもー」


チキはまくしたてるように、眼前にうずくまったマローンを怒鳴りつけた後で、膝から地面に崩れ落ちると、両手で顔を覆い、さめざめと泣き始めました。


「でも会いたいー。やっぱり、お父さんに会いたいよー」


地に伏せるマローンは、急に自分の前に現れて、顔をひっぱたいたあげくに、今は目の前で泣き崩れている、その若い娘をじっと見つめます。


「戦争か・・・。この子くらいの歳だと、わしやモウ様も、立案者として関わった、あの戦争の事かも知れんな。確かに国の為とはいえ、散々、手を汚して来たわしにはら恨み言を言う資格など、無いのかも知れん・・・」


マーロンは、目の前で膝をつきながら泣く女の子と、その傍らに立って、心配そうに彼女に寄り添っているシュナン少年を、交互に見つめます。

そして大きなため息をつき、今までうずくまっていた地面から、ゆっくりと立ち上がりました。

それから、シュナンとチキを一べつしてから、彼らに背を向けて、その場を立ち去ろうとします。

シュナンは、その自分に背を向けて去っていくマローンの姿に、杖を通して気づくと、思わず彼に声をかけます。


「マローンさん」


マローンは、少年のその声を聞いて、雑踏の中で足を止めます。

彼は肩越しに振り返ると、シュナン少年に対して、言いました。


「魔女の家に戻ったら、あの婆さんに伝えておけ。わしは、やっぱり、あんたのやった事が許せないとな。わしが、あの魔女を許せる時が来るとしたら、あいつと同じくらい歳をとって、白髪頭のジジイになった頃だろうよ。だから、あいつに伝えてくれー。その時には会いに行くから、それまでは長生きしろとな」


マローンはそれだけ言うと、再びシュナンたちに背を向けて、広場の雑踏の中を、ゆっくりと歩み去って行きます。

シュナンたちが、その背中を見送る中、彼のどこか寂しげな後ろ姿は、広場の人混みに紛れるようにかき消えて、やがて見えなくなりました。

シュナンは、雑踏の中に消えて行く、マローンの去りゆく姿を、師匠の杖を通して見つめていましたが、やがて隣にいる仲間たちの方に、その手に持つ杖を振り向け、彼らの様子を確認しました。

杖を通して隣を見ると、チキが相変わらず、地べたにひざまずいて泣いており、彼女の着ているシルク製の「冥土服」のスカートは、すっかり土で汚れ、ほこりまみれになっていました。

そして、少し離れた場所に立っていた吟遊詩人デイスが、彼女に駆け寄り、その肩を抱いて慰めていました。

周囲を取り囲んでいた野次馬たちも、一人また一人といなくなり、村の広場は落ち着きを取り戻して、往来する人の流れも、元通り順調に流れ始めます。

シュナンは、仲間たちの様子を、杖を通じて確認してから、再び、マローンが人混みの中に消えていった方向に、その目隠しをした顔を向けました。

師匠の杖を通じて、村の広場の喧騒とした様子が、シュナンの脳裏に、映像として浮かび上がります。

そして、彼の心の奥底に眠る、もう一つの村についての悲しい記憶がー。

そんなシュナンに対して、彼の持つ師匠の杖が、どこかホッとした口調で聞きました。


「さすがに、今回はヒヤヒヤしたぞ、シュナン。お前が、過去の記憶に心を囚われた時には、どうなるかと思った」


シュナンは、師匠のその言葉に、しみじみとした口調で答えます。

彼の目隠しをした顔は、多くの人々でにぎあう村の広場の、活気ある人の流れの方に、向けられていました。


「そうですね・・・。恐ろしい、魔術師でした。本当に・・・。人間の弱点を、よく知っている・・・」


次の日から「ジブリ村」で、魔術師マローンの姿を見る事は、なくなりました。

おそらく、妻子と共に、村を出て行ったのでしょう。

彼がその後、どうなったかについては、シュナンたちに知る術はありませんでした。

後日、シュナンは、旅に再出立する前にマンスリーに、魔術師マローンの残した言葉を、伝えました。

すると、マンスリーは、しばらく押し黙った後で、こう言いました。

自分が、マローンの言うように、そんなに、長生き出来るかどうかはわからない。

けれど、いつどこで死のうとも、最期のその刻まで、決して、彼の言葉は忘れないとー。


[続く]


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