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アルテミスの森の魔女 その30

 「マーロンは、何らかの幻覚を見せて、お前を動揺させ、あわよくば、お前の精神を支配するつもりだ。気を、確かに持つのだ、我が弟子よっ!マンスリー様は、マーロンの師匠である、モウたちが使う幻術を、人の心を弄ぶ、邪悪な術だと毛嫌いし、使用を禁止しようとしていた。お前も、負けてはならん!!」


シュナンは、手に持つ師匠の杖の、わめく声を聞きながら、自分がマーロンによって閉じ込められた、仮想空間を、ぐるりと見回しました。

シュナンは普段は、師匠の杖を通して、周囲の視覚情報を把握していましたが、今回はマーロンの魔術によって、直接、脳に、その幻の情報が、映像として送り込まれていました。

その為、ぐるりと顔を向けるだけで、その幻の風景が、まるで、本当にそこにあるように、シュナンには感じられました。

そして、その風景に、シュナンは確かに、見覚えがありました。

そうー。

シュナンの周りに展開されている、その仮想空間の風景こそ、シュナンが生まれ育った、村の風景だったのでした。

まだ失明する前の、幼少期に確かに見た、村の景色を前にして、シュナンの心に、郷愁と嫌悪感が入り混じった、複雑な感情が湧き上がります。

ここは両親と共に過ごした、懐かしい故郷であり、更には、その両親の死と同時に失明し、その後は地獄のような日々を過ごした、忌まわしき場所でもありました。

幻覚とわかっていても、そのリアルさに、シュナン少年は戸惑い、目隠しをした顔に、不安な表情を浮かべています。

そしてー。

そんな彼の耳に、周りののどかな田園風景を切り裂くように、鋭い悲鳴が聞こえて来たのです。

それは。まだ幼い子供の悲鳴でした。


「シュナンー」


師匠の杖が、心配そうに声を発します。

シュナンは、その手に持つ杖を持ち直すと、まるで引き寄せられるように、その声が聞こえて来る方向へと、歩き出します。

シュナンは、幻の田園風景の中をゆっくりと移動し、最初に立っていた、緩やかな丘のような場所から、平坦な小道がどこまでも続く、開けた場所に出ました。

そして、その小道が延びている、その先には、簡素な村人の家が、点々と建っているのが見て取れました。

シュナンは、その情景に、確かに見覚えがありました。

子供の悲鳴は、段々と、大きくなっていきます。

シュナンは、その子供の泣き叫ぶ声が聞こえる、村の建物が点在している場所へ行くため、そこへとつながる、村人たちの生活道路であろう小道を、どこか重い足取りで歩いて行きます。

やがて、一軒の村人の家と、その家の前で行われている、陰惨な所業が、彼の目に飛び込んで来ました。

無論、彼は盲目であり、直接、それを見たわけではなく、マーロンの魔術によって視神経に、その映像が直接、送り込まれたのです。

その家の前には、10人以上の村人たちが、集まっているようでした。

そして彼らは、地面に伏せる一人の子供を、取り囲むようにして、家の前の庭にたむろしていたのです。

どうやら彼らは、地に伏せるその子供を、周りの人間全員で、責め立てているようでした。

その5歳ぐらいの男の子は、ガリガリに痩せており、胸骨の形が、表面に浮き出ているほどでした。

身体には、ボロボロの腰巻をまとっているだけで、ほとんど、裸同然の姿でした。

その子の眼には光がなく、地面を這いながら、あてどもなくキョロキョロと首を振る、その挙動から察するに、どうやら彼は、目がよく見えていないようでした。

更に、そのむき出しの肌には、無数の傷跡があり、普段から、何らかの虐待を受けている事は、一目瞭然でした。

その少年を罵倒する、村人たちの声が、シュナンの耳にも届きます。


「この野郎!貴重な食糧を、盗み食いしやがってっ!!タダじゃ、おかねえぞっ!!」


「そうだっ!村の、穀潰しのくせにっ!!この(めしい)がっ!!!」


rお前なぞ、食べ物は、野ネズミで充分だと、言っただろうがー」


周りを取り囲む、村人たちに責められている、その少年は、地に伏したまま、顔を上げることも出来ず、必死に彼らに、許しを請います。

彼は目が見えないせいか、周りの状況がよくわからず、地面に這いながら、あちこちに首を振って、自分を取り囲んでいるであろう村人たちに、ペコペコ頭を下げます。


「ご、ごめんなさい。でも、すごくお腹が空いててー。目が見えないから、動物も、死骸くらいしか手に入らなくてー。とにかく、ごめんなさいっ!もうしませんから、許して下さい」


しかし、彼のへりくだった態度が、村人たちの怒りに、ますます、火をつけます。


「お前には、たまに生ゴミを、恵んでやってるだろうがー!!俺たちだって、食うや食わずなのに、お前みたいな役立たずが、一人前に食事をしようなんて、絶対に許せねえっ!!」


そしてついに、怒りにかられた若者の一人が、馬に当てる鞭を持ち出して、幼な子の裸同然の身体を、激しく打ち始めました。


ビシッ!!


鋭い音と共に振り下ろされた鞭が、少年の裸の背中を、鋭く打ちます。

おそらくは、目の見えない彼は、その攻撃に対し、身構える術は無く、いきなり背中に走った、鋭い痛みに悲鳴を上げ、同時に幼い体を、エビのようにのけぞらせます。


「ぎゃあぁーっ!!」


少年が、エビのように、地面から跳ね上がった姿が、面白かったのか、その村人は、残忍な笑みを浮かべながら、地面に転がった、その盲目の少年を、続けざまに鞭で打ちました。

周囲にいる、他の村人たちは、それを笑って見ています。

少年を助けようとする者は、一人もいませんでした。


ビシッ!!


バシッ!!


ビシーンッ!!!


鞭音が響くたびに、地面に伏せている、その子供の身体は、エビのようにのけぞり、土まみれの、その肉体に、次々と、新たな傷が刻まれていきます。

盲目の暗闇の中を、敵意ある人々に囲まれて、いつ来るかわからない攻撃におびえる、その子の心情は、常人には計り知れないほど、つらく苦しいものであり、彼の幼い心は、恐怖と絶望に打ちひしがれていました。


「許して下さいっ!!痛い、痛いっ!!!」


容赦なく鞭が振り下ろされるたびに、その子供の口から、鋭い悲鳴が上がります。


「助けてっ!!お母さん、お父さんっ!!!」


今は亡き父母に、必死に助けを乞う、その男の子に、村人たちは、更なる非情の言葉を浴びせます。


「ふんっ、魔術師のくせに、盗賊ふぜいに簡単に殺されるなんざ、夫婦そろって無能だった証拠だっ!!お前も一緒に、死ねば良かったんだよ!!この薄汚い、野良犬の仔がっ!!!」


死んだ父母を侮辱する、その言葉は、鞭打たれ地面を転げ回る、その子供の心に、深く突き刺さりました。

しかし、まだ幼い彼に、何が出来たでしょう。

ただ彼は、絶え間なく打ち下ろされる鞭の痛みに、悲鳴を上げながらも、歯を食いしばって耐え、村人たちが、この残酷な気晴らしに、飽きる時が来ることを、ひたすら待つことしか、出来ませんでした。

少年の悲鳴と、助けを求める声の合間に、村人たちの残忍な笑いが響く、地獄のような光景は、いつ終わるとも無く続き、太陽がかたむき、木の影が長く伸びるまで、彼の苦しみが終わる事はありませんでした。

やがて、少年を虐めるのに飽きた村人たちが、笑いながら立ち去った、その後には、ボロボロになって地面に横たわる、件の男の子の、悲惨極まりない姿がありました。

土と血と汚辱にまみれて地に伏せる、その盲目の少年には、帰る家も頼れる人もなく、ただ地面に顔を埋めて、自分の境遇を呪い、むせび泣く事しか出来ませんでした。

彼はしばらくの間、地面に横たわり泣き続けていましたが、やがてヨロヨロと四つん這いで立ち上がると、目が見えないからか、おどおどと地面につけた手で、まわりの様子を確かめながら、まるで犬のように四つ足で這いずり、その場を立ち去って行きます。

それは、少しでも人目につかない場所に移動して、傷ついた身体と心を、いっときでも癒したいと、思ったからでした。

まるで、目の見えない獣のように、四つ足でフラフラと歩む、彼の小さな身体は、村の空き地に生い茂る、背の高い雑草の藪の中に、逃げ込むように消えて行きました。


そして、その一部始終をシュナン少年は、少し離れた場所で佇み、ずっと見ていました。

彼の目隠しをした顔は、悲しげにうつ向いていましたが、彼は、その子供を助ける事も、村人たちの残虐な行いを止める事も、出来ませんでした。

それどころか彼は、自分の足元の小石一つ、拾い上げる事は出来なかったのです。

なぜなら今、彼の周りで展開されている光景や出来事は、現実のものではなく、その全てが、魔術師マローンが魔法で作り上げた、幻に過ぎなかったからです。

つまりシュナン少年は、自分が農村の中にいるように感じていましたが、それは彼だけが見ている幻であり、実際には彼の身体は、人々でにぎあう村の広場で、デイスやチキに見守られながら、魔術師マローンと対峙していたのです。

そして、はた目から見ると、シュナン少年のぼうっと突っ立っている、その姿は、まるで、魂が抜け落ちたみたいでした。

今、現在、彼を取り囲む田園地帯の情景は、まるで、360度のパノラマスクリーンに映し出された、映画のようなものであり、触れる事も干渉する事も出来ない、立体映像みたいなものでした。

さらに言うと、マーロンがシュナンに見せている、その幻は、邪悪な魔術師が、シュナン少年自身の記憶の中から、特に深く刻まれた負の記憶を引っ張り出して、それを元に構築したものでした。

そのシュナンの眼前で展開された、陰惨な出来事こそ、彼自身が、何年か前に、経験した事だったのです。

そうー。

村人たちに迫害されていた、その目の見えない幼な子こそ、シュナン少年の、子供の頃の姿だったのです。


[続く]

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