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アルテミスの森の魔女 その18

 花咲き山へと向かう道を教えるかわりに、自分の出す謎に答えるよう要求する、竜王クラムエンダー。

一見、無理難題を吹っかけているようにも思えますが、これは竜が人間と初めて会う際には、いつも交わされる言葉のやり取りであり、一種の約束事でした。

クラムエンダーに対峙するレダはメデューサと共に、すでにマンスリーから、竜が発するであろう質問と、それに対する答えを伝え聞いており、その顔に余裕の表情を浮かべます。

山々に囲まれた窪地で向かい合う巨大な竜と、それに比べれば、まるで小人みたいに見える、二人の少女ー。

両者の間を、霧深き山峡から吹き寄せる湿った風が、通り抜けて行きます。

巨大な竜クラムエンダーは、その赤い眼をギラリと光らせると、少女たちに重々しい声で、質問を発します。


「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、そは何か、答えよ」


もちろん、その答えは「人間」でした。

それは古くから伝わる、定番の謎かけであり、四つん這いの赤ん坊が、やがて二本足で立ち上がり、いつしか杖をついた老人になるという、人間の生涯を一日の流れに置き換えた、例え話のようなその解答も含め、多くの人々に知られていました。

クラムエンダーに対峙するレダも、彼がその問いかけをする事は、マンスリーから聞かされており、すぐに「人間」という答えを、竜に対して即答しようとします。

ところがー。


「わかった!!のびあがり太郎よっ!!!」


その時、レダの隣で、身を縮こませながら立っていたメデューサが、突然、上ずった声で叫びます。

メデューサの素っ頓狂な叫び声を聞いたレダは、正面にそびえ立つ竜王から視線を外すと、自分の隣にいる小柄な妹分を、ギロリと睨みます。


「ハァ!?何それ?変な事、言わないで!」


クラムエンダーに対し、謎かけの答えを言うのを邪魔されたレダは、不満げな口調で、蛇娘に疑問をぶつけます。

しかしメデューサは、相変わらずレダの背中に隠れるような姿勢で立ち、蛇の前髪の隙間から正面にいる竜王を、怯えた視線で見上げながらも、更に自分の主張を繰り返します。


「のびあがり太郎は、わたしが住んでいた、魔の山に生息する魔物よ。朝は四つ足で地面をはって、食べ物を探すの。それで、昼間は二本足で普通に歩いて、夜になると、三本の足で木の枝に掴まって寝るの」


メデューサの言葉を聞いたレダは、ハァッと呆れたように、息を吐きます。

そして自分に身体を密着させている、隣に立つ蛇娘の頭を、ポンと叩くと、ため息混じりで言いました。


「そんなマイナーな魔物、あんた以外、誰が知ってるのよ。ここは「人間」と答えておけば、間違いないの。マンスリーも、そう言ってたでしょ?」


けれどメデューサは、意地を張っているのか、ムキになって反論します。


「でも人間は、実際に、足の数が変わったりはしないでしょう?あくまで、物の例えでー。のびあがり太郎君は、ちゃんと一日に三回、足が生え替わるんだから」


ドヤ顔で、自分の魔物知識を語る、メデューサ。

それに対してレダは、腰に手を当てながら相手に向かい合い、一言ずつ言い聞かせるような口調で、声を発します。


「だ~から、そんな、珍しい、魔物、あんたしか、知・ら・な・い・でしょっ!お約束なんだから、素直に「人間」と答えておけばいいの!」


メデューサとレダは、窪地の地面の上で向かい合って立ちながら、口論をしており、そんな彼女たちを少し離れた場所から暴竜クラムエンダーが、その赤い眼を光らせながら見下ろしています。

クラムエンダーは、強大な竜である自分を前にしながらも、いがみ合いを続ける眼下の少女たちの姿に呆れたのか、思わずその顔に当惑の表情を浮かべます、

暴れ者だった昔なら、取るに足らない卑小な存在の、こんな無礼な態度を、彼が許す事は決して無かったでしょう。

しかし歳を取った今では、彼は滅多な事では怒ったりはせず、竜王である自分を軽んじたメデューサとレダの態度を目の当たりにしても、ただその大きく赤い眼を光らせるのみでした。

やがて竜王は、眼下で言い争う二人に対して、重々しい声で問いかけます。


「早く答えよ。さもなくば、お前たちを聖域に入る資格なしと見て、殺さねばならん」


その言葉を聞いたメデューサとレダは、口論するのを止めると、あわてて竜王の方へ向き直りました。

そしてー。


「のびあがーっ、うぐっ!!」


変な答えをしようとするメデューサを、あわてて後ろから、羽交い締めにするレダ。

彼女は背後から腕を回して、メデューサの口を押さえ、喋れないようにしています。

それから、黒々とした岩壁を背にして立つ、クラムエンダーの巨体の方に顔を向け、愛想笑いを浮かべながら言いました。


「答えは「人間」ですわ。竜王さま」


その後、しばらくして、再びペガサスの姿に戻ったレダは、メデューサを背中に乗せると、竜の棲み家である山峡の窪地から、高々と舞い上がり、花咲き山を目指し、飛び去って行きました。

レダの答えを、正解だと認めたクラムエンダーは、少女たちに、自分の縄張りに入る事を許可しました。

更に霧に包まれた山脈の奥深くの場所に、ひっそりと隠れ立つという、花咲き山の位置に関する情報についても、二人に詳しく教えてくれたのです。

メデューサとレダは、竜に対して、丁寧にお礼を言うと、彼の前を辞し、その住処から去って行きます。

山脈の峰々の向こう側へと飛び去る、ペガサスの姿を見送る、竜王の赤い瞳がギラリと光ります。

やがて、その視線の先に見える、メデューサを乗せた白いペガサスの、飛び去って行く姿は、山々にかかる白い霧の中へ、溶け込むように消えて行きます。

クラムエンダーは、花咲き山を目指して飛んで行く、メデューサを乗せた、レダのペガサスの去りゆく姿を、それが山脈の向こう側に消えるまで、じっと見守っていました。

しかし、やがて、その姿が完全に見えなくなると、再び静けさを取り戻した、自分の棲み家である山々に取り囲まれた、峡谷の窪地の、殺風景な大地に、ゆっくりと視線を戻します。

そして、メデューサたちが訪れる前と同じく、その赤い眼を閉じると、ぼぉっと微睡みます。

竜のその巨体は、うずくまっている窪地の周りを取り囲む、黒々とした岩壁と一体化し、彼が眠りにつくと同時に、霧深き山峡の谷間は、再び静寂に包まれます。

濃霧に覆われたあたり一帯は、静謐な雰囲気に満たされており、その沈黙を破るのは、時おり谷間を吹き抜ける、涼やかな風だけでした。


[続く]

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