アルテミスの森の魔女 その16
こうして、色々あった夜は更けていきました。
やがて翌日の朝が来ると、魔女の玄関前の庭先には、レダが変身したペガサスと、それにまたがるメデューサの姿がありました。
そして、彼女たちの前には、見送りと助言をするために、大魔女マンスリー・グランドーラが、その瑠璃色の瞳を細めながら、立っていました。
マンスリーは、寝室で寝ているシュナンの介護を、吟遊詩人デイスに任せると、彼女自身は、今まさに、家の前から出発しようとしているメデューサたちに、最後の助言を与えるために、わざわざ、外に出て来たのでした。
メデューサを乗せた、レダのペガサスの前に立つマンスリーは、その手に、メデューサから渡された師匠の杖を、持っていました。
その師匠の杖が、自分を手にしているマンスリーに対して、不満げな口調で、声を発します。
「二人だけでは、不安です、我が師よ。わたしも、ついていった方がいいのでは?」
しかしマンスリーは、手に持つその杖を、横目でにらみながら言いました。
「あんたは、駄目だよ、レプカール。かえって、この子たちの邪魔になる。聖なる地である花咲き山は、邪悪な野心を抱いたものを、拒絶するからね。あの山に行って、命の花を見つけることが出来るのは、純粋に人を思う心を持つ者だけなのさ」
「わたしだって、シュナンの事は・・・いや、わかりました」
マンスリーの言葉に師匠の杖は、言葉を濁しながら、黙り込んでしまいました。
するとマンスリーは、今度は、花咲き山へと旅立つ為に、家の前の庭先に立っている、レダの変身したペガサスと、その上に乗るメデューサの方に向き直り、二人に語りかけます。
マンスリーの話の内容は、昨晩、突然の来訪者たちのせいで、再三にわたって中断された、花咲き山へ行くために必要な知識についての説明であり、また彼女たちの前に立ちはだかるであろう、ある存在に関しての警告でした。
「いいかい、二人とも、よくお聞き。昨晩はバタバタして言えなかったけど、あんた達は花咲き山に行く前に、まず、あの辺りの主である竜に、挨拶をしなきゃならない。彼に会い、そのテリトリーに入る許可を得るんだ。暴竜クラムエンダーの許可をね。彼の許しが無いと、山に張られた結界を突破出来ず、道に迷うだけだからね」
マンスリーが持つ師匠の杖が、驚きの声を発します。
「クラムエンダー!!あの凶暴な竜が、まだ生きていたのですかっ!?かつて、いくつもの村や町を滅ぼしたというー」
弟子の言葉にうなずく、マンスリー。
「ああ、でも、あの悪竜も、最近は、おとなしくなっててね。昔、「乙女」の黄金鎧を着た、わたしと、やりあっていた時ほどの力はもう無いし、今は、花咲き山を含む、あの辺りの山々の守護者として、静かに山の麓に住んでるよ。性格も、ずいぶん穏やかになったし、ちゃんと礼儀を示せば、花咲き山に行って、命の花を摘むことも、許してくれるだろうさ」
マンスリーは、朝霧の中、家の前に立つ、レダのペガサスと、それに乗ったメデューサの方に、改めて顔を向けると、二人に対して、出発前の最後の忠告をしました。
「クラムエンダーは、あんた達に会った時に、古い慣習にもとずいた、謎かけをしてくるかもしれない。でも、恐れる事はないよ。あくまで。形式的なものだからね。その謎の答えはー」
マンスリーの言葉に、熱心に耳を傾ける、レダのペガサスと、その上にまたがったメデューサ。
彼女たちの心は、家の中で、今も病に苦しむ、シュナン少年を、一刻も早く救いたいという気持ちで。いっぱいでした。
その、はやる心を抑えながら、マンスリーの言葉を聞いていた、メデューサたちでしたが、やがて、必要な事を魔女の口から聞き終えると、いよいよ二人に、出発の刻が訪れます。
メデューサを背中に乗せたまま、その大きな翼を羽ばたかせる、レダの変身したペガサス。
「さあ、お行き、恋する娘たちよ。花咲き山に行って、自分が咲かせた、命の花を見つけるんだよ」
マンスリーの言葉を合図にして、レダの変身したペガサスは、メデューサを背に乗せたまま飛び立ち、その真白い身体は、天高く舞い上がりました。
レダのペガサスにまたがり、その長い首にしがみつくメデューサが、眼下の地上を見ると、すでに魔女の家の姿は、片手で掴めそうなほど小さくなっており、家の前には、まるで豆粒のような大きさになったマンスリーが、師匠の杖を高く掲げながら、もう一方の手を、ひらひらと振っていました。
ペガサスの首にしがみつきながら、空中からマンスリーに手を振り返す、メデューサ。
「行ってきます、おばあさん」
地上と上空で、手を振り合う両者の距離は、徐々に広がっていきます。
そんな風に、地上に向かって手を振り、別れの挨拶をするメデューサに対して、彼女を背に乗せて飛ぶレダのペガサスが、テレパシーで警告を発します。
<< 飛ばすわよ!しっかり掴まってなさい、蛇娘 >>
あわてて、レダの首にまわしている両手に力を込め、しっかりと、その白い身体にしがみつく、メデューサ。
すると、魔女の家の前に佇むマンスリーが、手を振りつつ見上げる中、メデューサを乗せたレダのペガサスは、大きく翼を羽ばたかせて、その身を急加速させます。
大森林の、その先に連なる山々の間に、ひっそりと屹立するという幻の山、「花咲き山」を目指してー。
やがて、早朝の冷気の立ち込めた大森林の上空を、縫うように飛ぶ、レダのペガサスの白い影は、霧に包まれた山々が連なる、山脈の上に広がる青空の彼方へと、吸い込まれるように消えて行きました。
[続く]




