アルテミスの森の魔女 その15
真夜中に、マンスリーを訪ねて来たのは、近隣の村に住む、若い母親でした。
子供が急病になり、この付近には医者もおらず、困った母親は、わらをも掴む思いで、幼い子供を連れて、魔術師であるマンスリーの元に、駆け込んで来たのでした。
しかし、もちろんそれは、周囲の村人からは疎外されている魔女に、頼る事であり、その若い母親にとっては、追い詰められて、止むに止まれず取った行動であり、他の村人たちには決して口外出来ず、隠さねばならない裏切り行為でした。
マンスリーは、その母親に抱えられた、子供の容体を見るため、その子を大きなテーブルの上に寝かせるよう、母親に指示を出します。
そして、テーブルに横たわった子供に向かって手をかざし、呪文を唱えると、なんと、その熱を出して苦しんでいた子供は、すぐに安らかな表情になり、やがて、スヤスヤと寝息を立てて、眠りにつきました。
マンスリーは、その様子を見てうなずくと、部屋の隅にある棚の方に行き、棚の開き戸を開け、中から小瓶のようなものを取り出しました。
その後、マンスリーは、テーブルの側で、安らかに眠る我が子を見守る、若い母親の元に、歩み寄りました。
マンスリーは、ホッとした表情の母親に、手にした小瓶を渡します。
「とりあえず、応急処置はしといたからね。後は、この薬を、毎日ひと匙、なくなるまで、飲ませるといい」
若い母親は、地面につくような勢いで頭を下げると、マンスリーに、お礼を言います。
「あ、ありがとうございます。魔女様、このご恩は一生忘れません」
そう言うと母親は、元気を取り戻した我が子を、胸に抱きしめ、玄関口で、もう一度、マンスリーに一礼すると、家の外に出て行きました。
そして来る時と同じく、人目を避けるように夜道を駆け抜けると、自分が住む村に、帰って行きました。
マンスリーは、彼女が、あわただしく去っていった玄関口に、しばらく佇んでいましたが、やがてため息をつくと、再びシュナンを寝かせた、メデューサたちが待つ部屋に、もう一度戻りました。
いきなり、村人が訪ねて来たため、部屋の中で息を潜めていたメデューサたちは、マンスリーがまた部屋に戻って来ると、彼女を部屋の入り口付近で、出迎えました。
扉越しに聞いていた会話で、マンスリーが、村人の子供を救った事を察していた、メデューサたちは、口々に、彼女を褒め称えました。
「子供には、罪は無いものね。立派だわ、おばあさん」
「さすがは、シュナンの師匠筋ね。シュナンの優しさは、貴方譲りかしら。ムスカルやレプカールは、どうかと思うけど」
メデューサとレダが、感心した口調で言うと、メデューサが手に持つ師匠の杖が、不満げに声を発します。
「おいおい、シュナンの直接の師匠は、わたしだぞ」
マンスリーは、そんな周囲の声を、軽く受け流すように肩をすくめると、部屋にいるシュナン一行をぐるりと見回すと、彼らに指示を出します。
「とりあえず、みんな、今晩はお休み。わたしも正直、ちょっと疲れたよ。ベッドのある部屋が、いくつかあるから、そこで朝まで寝なさい。シュナンは、わたしが見てるから、とりあえずは大丈夫だよ」
しかし、シュナンの事が心配な、メデューサとレダは、ベッドに横たわる彼の方を見て、心配そうに言いました。
「あたし、シュナンの側に、付き添ってます」
「そうよ、心配で、寝てなんか、居られないわ」
そんな二人に対して、魔女マンスリーは、諭すような口調で、きっぱりと言い渡しました。
「駄目だよ。あんた達は、明日、花咲き山に、花を取りに行かなきゃならない。だから、今晩はゆっくり休んで、体調を整えるんだ。それが、しいては、シュナンの為にもなるんだよ」
マンスリーの厳しい言葉を受けて、シュンとなるメデューサとレダ。
けれど、マンスリーの意見はもっともであり、メデューサとレダは、不承不承ながらも納得して、魔女に向かってうなずきます。
「わかりました、おばあさん」
「わかったわ、貴女を信じる。シュナンをお願い」
すると、その時、シュナンのベッドの側に立っていたデイスが、心配そうにしている彼女たちに言いました。
「心配は要りませんぜ。嬢ちゃんたち。あっしもシュナンさんに、付き添いますから」
メデューサの持つ師匠の杖も、デイスに続いて、シュナンの看護役を買ってでます。
「わしも、シュナンに付き添おう。メデューサとレダは、グランドーラ様の言う通り、隣の寝室で休んでくれ」
彼らの言葉にコクリとうなずく、メデューサとレダ。
二人はシュナンの眠るベッドにそっと近づくと、彼がマンスリーの治療のおかげか、今は安らかな表情で眠っているのを見て、少し安心します。
そしてシュナンの容態が変わったら、すぐに自分たちを起こしてくれるよう、マンスリーたちに、念入りに頼みます。
「大丈夫だよ。それに何か、病状に変化があったら、すぐに知らせるから、安心おし」
メデューサとレダは、マンスリーの言葉を聞いて安心したのか、ホッと息を吐くと、マンスリーにペコリと頭を下げてから、別の寝室で休むために、連れ立って部屋を出て行きました。
残されたマンスリーとデイス、それから吟遊詩人が持つ師匠の杖は、シュナンの横たわるベッドの枕元に立って、少年の看病に当たります。
シュナンは、マンスリーの魔法のおかげで、だいぶん顔色が良くなっていましたが、あくまで一時的に持ち直しただけであり、彼の生命の危機は続いていました。
ベッドに横たわる彼の意識は、朦朧としており、ウンウンとうなされています。
時おり「あめゆきとてけんじゃ」とか、訳の分からない言葉を、発する事もありました。
シュナンの病を完治させるには、やはりマンスリー女史の言う通り、花咲き山に咲くという命の花を材料にした薬を、彼に与える必要があったのです。
マンスリーはシュナン少年の枕元に立ち、ときおり手を少年の顔に伸ばして、熱冷ましの魔法をかけたりして、付きっきりで彼の介護を続けていました。
そんな彼女の姿を見て、ベッドを挟んで向かい側に立つ、デイスが腕の中に抱える師匠の杖は、ため息混じりの声を発します。
「すいませんな、師匠。不詳の弟子で。こんなつまらぬ病に、かかるとはー。まったく、たるんでいるにも程がある」
しかし、シュナンの容態を、目を細めながら見守るマンスリーは、デイスの腕の中の師匠の杖を、ひと睨みして言いました。
「この子は、まだ子供だよ。あんたは、この子を鍛えて、鋼の精神力を与えたつもりなんだろうが、どんなに硬い鋼鉄だって、思いもよらぬ方向から打たれれば、簡単にヒビが入ったりするものさ」
師匠の杖が、その先端の大きな目を光らせて、言いました。
「鍛え方が、足らないと言う事でしょうか、師匠?確かに、あのメデューサと出会ってから、シュナンの心には、迷いが生じるようになった気がします。弱くなったというかー」
シュナンの枕元で、彼に覆いかぶさるような姿勢で、その容態を見ているマンスリーが、ちょっと呆れたような素振りで、首を振ります。
「それは、弱さとは言わないよ。分かってないね、レプカール。この子は、人形でも機械でもない。普通の人間だという事さ。柔らかくて、繊細な心を、持っている。師匠のあんたと違ってね」
師の厳しい言葉を聞いて、押し黙る師匠の杖。
その師匠の杖を両手で抱えながら、ベッドの側に立つデイスは、眼前のベッドに横たわるシュナンと、少年の枕元に付き添うマンスリーを、交互に見つめると、首をかしげて、言いました。
「ふーん、魔法使いも、色々いるってわけですね」
[続く]




