アルテミスの森の魔女 その10
その後しばらくして、森の中にうずくまる「家獣」の中で、一人でぶつくさと、荷物の整理をしていたデイスの元へ、他の仲間たちが、次々と戻ってきました。
最初はレダ、その次はシュナン、そして最後にメデューサとボボンゴが、連れ立って湖から戻ってきて、再び仲間たちは、「家獣」の背に立つ家の中で勢ぞろいしたのですが、なんだか彼らの間には、ギクシャクとした雰囲気が漂っていました。
森の中の空き地でうずくまっていた「家獣」は、シュナンの命令で、折りたたんだ脚を伸ばして立ち上がり、その長い脚で森林の木々の間を闊歩し、再び移動を開始しました。
しかし「家獣」の背中に建っている家の中で、部屋でくつろぎながら、旅を続けているはずのシュナン一行の間には、なんだか微妙な空気が流れていました。
食事当番のメデューサの作った、料理の載った食卓を、みんなで囲んだものの、いつもと違って、会話は弾まず、なんだか、お通夜みたいな雰囲気になっていました。
メデューサとレダは、隣り同士でテーブルを囲んでいましたが、互いにそっぽを向いており、その向かい側に座るボボンゴは、そんな二人の様子を、心配そうに見つめています。
一方、シュナンも、なんだか元気のない様子で、テーブル席についており、食事もあまり進んでおらず、物思いに、ふけっているみたいでした。
唯一、吟遊詩人のデイスだけが、いつもの通り食欲旺盛で、テーブルの上の料理を、次々に平らげていました。
しかし、同じテーブルを囲む他のメンバーの、いつもとは違う、ギクシャクとした姿を見て、食事をしながら、何度も首をひねっていました。
その時でしたー。
「どうしたっ!シュナン!!」
師匠の杖の発する悲鳴と共に、テーブル前に置かれた椅子の一脚が、ガタンと倒れる音がしました。
テーブルについていた、みんなが驚いて、一斉に、そちらの方を見ました。
すると、そこにはー。
テーブル下で横になった椅子と共に、床に倒れ伏した、シュナン少年の姿がありました。
その手を離れた師匠の杖も、無造作に投げ出され、床に転がっています。
シュナンは、テーブルの置かれた部屋の、木製の床の上で、身体をくの字に曲げて倒れており、苦しそうな表情を、目隠しをした顔に浮かべています。
「シュナン!!!」
ガタンと一斉に席を立つと、床に倒れ伏したシュナンに駆け寄り、そのくの字に曲げた身体を取り囲む、旅の仲間たち。
倒れたシュナンの横で、床に膝をつくレダは、その腕を伸ばして、彼の額に手を当てると、声を震わせて言いました。
「すごい熱・・・」
レダの隣で、床にへたり込むメデューサは、両手で口を塞ぐ様にして、悲鳴を押し殺しており、ぐったりと横たわるシュナンの姿を、蛇の前髪の隙間から、青ざめた表情で見つめています。
「シュナン・・・しっかりして」
ボボンゴやデイスも、倒れ伏すシュナン少年の側で、床に座り込みながら、彼の様子を、心配そうにじっとうかがっています。
吟遊詩人デイスは、いつもの飄々とした態度とは違い、その顔に、深刻な表情を浮かべていました。
「とりあえず、シュナンさんを、ベッドに運びましょう。それから、どうするか考えないと」
デイスの、その言葉に応じ、彼の隣に座っていたボボンゴが前に出て、床上にくの字になって苦しそうに横たわるシュナン少年を、そのたくましい両腕で抱えあげます。
「とりあえず、シュナンの部屋、運ぶ」
ボボンゴはそう言うと、ぐったりとしたシュナンを両腕で抱え上げたまま、普段、少年が寝室として使っている「家獣」内の彼の部屋まで、その身体を運びます。
メデューサと他の仲間たちも、ボボンゴの後に続き、シュナンの部屋へと向かいます。
彼らはシュナンの私室に入ると、すぐに部屋の中央に据えられたベッドに、少年のぐったりとした身体を、横たえます。
ベッドに横たわったシュナンは、ぐったりとしており、意識も朦朧としているみたいでした。
そんな風に、急な病に伏せる、シュナン少年の様子を、心配そうに見守り、彼が横たわるベッドを取り囲んで立つ、旅の仲間たちでしたが、やがて少年の枕元に両手をつき、覆いかぶさるようして付き添っているメデューサが、半泣きの声で言いました。
「シュナンは、病気だわ。早く、医者に見せないと」
メデューサの向かい側で、ベッドの側の床にひざまずき、祈る様な姿勢で、病床に伏せるシュナンの手を握りしめるレダも、うなずきながら言いました。
「そうよ。何とかしないとー。命も、危ないかもしれない」
ひざまずくレダの隣に立ち、ベッドの上に臥せるシュナンを、沈痛な表情で見下ろすボボンゴも、重苦しい表情でうなずきます。
しかし、シュナンが横たわったベッドの足元近くから、少年の容態を冷静な目で見つめる、吟遊詩人デイスは、両手を左右の腰に当てながら、苦しげに首を振ります。
「駄目ですぜ。こんな辺境の地に、医者なんかいません。せいぜいいても、村の呪術師くらいですぜ」
その時、メデューサが、シュナンの部屋に持ってきて、壁に立て掛けていた師匠の杖が、いきなり声を発しました。
「いやー。ひとつだけ、心当たりがある」
[続く]




