変身の朝(あした) その9
さて、水に満たされた、深い堀に囲まれた高い土台の上に建つ、ラピータ宮殿の門前で、石造りの床上に、仰向けに横たわるシュナン少年ですが、彼は傍らに座るメデューサに、ぴったりと寄り添われながら、石畳を枕に、顔を上空に向けて、しばしの間、ぼうっとしていました。
しかし、しばらくすると、傍らに寄り添うラーナ・メデューサが、心配げに見つめる中、死より復活したその身体を、ゆっくりと起こし、ラピータ宮殿の門前の、石畳で出来た床上に、スクッと二本の足で立ち上がります。
そして、周囲にいるメデューサを始めとする、仲間たちや神々に見守られながら、石畳の上を一歩一歩確かめるように踏みしめ、ラピータ宮殿の門前から、宮殿を支える高い土台の、外縁部の方へと、ゆっくりと歩いて行きます。
シュナン少年は、宮殿を支える高い土台の外縁部にまで行くと、そこに建てられた、落下防止用の石柵の手前で立ち止まりました。
それから、目の前に建っている、その石柵越しに、周囲に広がるパロ・メデューサの遠景を、青く澄んだ瞳で静かに眺めます。
彼が、宮殿を支える高い土台の、外縁部を取り囲むように設けられた、石の柵の内側に立ち、そこから外界を眺めると、満々と水をたたえ、まるで湖みたいになった深い堀と、更にその向こうには、朝日を浴びたパロ・メデューサの都の、壮大な街並みの景色が延々と連なり、それが、地平線の遥か先にまで、広がっているのが見えました。
パロ・メデューサの上空を、ずっと覆っていた分厚い雲は、いつのまにかかき消えており、青空の下、明るい朝の光がさんさんと降り注ぎ、広大な都市の全体を、美しく照らし出しています。
シュナン少年は、ラピータ宮殿を支える高い土台の、外縁部をぐるっと囲っている、石柵の手前に立って、じっと佇みながら、周囲に広がる、その遠大な景色を、しばしの間、眺めていました。
しかしやがて、後ろを振り返ると、少し距離を置いてそびえ立つ、高い土台に支えられたラピータ宮殿の威容と、その門前近くに集まっている、今まで苦楽を共にしてきた、彼の旅の仲間たちの方に目をやります。
更に彼は、仲間たちの側に立つ、死の神ハーデスの、影の様な立ち姿と、上空に浮かぶ、女神アルテミスの光に包まれた姿を、交互に見つめてから、もう一度、首をうつむかせて目線を下げると、ラピータ宮殿の門前に広がる石畳の床上に、その焦点を合わせます。
そこにはシュナン少年が、長年捜し求めていた、「黄金の種子」の詰まった麻袋が、ゴロリと無造作に落ちており、そしてその隣の石畳の上には、彼がずっと一緒に旅をして来た師匠の杖が、折れた状態で転がっています。
シュナン少年がふと見ると、「黄金の種子」の詰まった麻袋の隣で床上に転がっている、その師匠の杖が、先端部の円板についた大きな目を、ギョロリとこちらの方に向けています。
シュナン少年と目が合った、師匠の杖は、穏やかな口調で声を発します。
「良かったな、シュナン」
その言葉を聞いた、宮殿を支える土台の外縁部で、石柵の側に立つシュナン少年は、大きく顔をうなずかせて答えます。
「はい、師匠」
その瞬間、彼は知りました。
自分の長い探求の旅が、ついに終わりを告げた事を。
そして、彼は思いました。
これから、新たな試練の旅が、また始まるのだとー。
その旅はもしかしたら、今までの旅に負けず劣らず、困難なものかも知れません。
しかし、それにも関わらず、彼の胸の内には、その新たな旅へと挑むための、勇気と情熱が、ふつふつと燃え盛っているのでした。
なぜなら、今の彼には、これまでの困難な旅で身につけた知識と経験があり、またその心の中には、長い苦難に満ちた旅を共に乗り越えた、仲間たちとの友情や、旅先で出会った多くの人々と結んだ、確かな信頼の絆があったからです。
そしてなによりも、自分の側には、人生の長い旅路を一緒に歩んでくれる、最愛の人がいるのですからー。
「おいでっ!!メデューサッ!!!」
シュナン少年は、パロ・メデューサの市街地の遠景を背にして、石柵の手前に立ちながら、大きく両腕を広げると、その最愛の人に向かって、精一杯に声を張り上げて叫びます。
「はいっ!!シュナン!!」
その呼びかけに応えて、ラピータ宮殿の門前に近い場所にうずくまっていたラーナ・メデューサは、石床の上にはね起きるように立ち上がると、そのまま一直線に、両手を大きく広げて自分を待つ、彼に向かって、全速力で駆け出します。
そして、ラピータ宮殿を支える高い土台の外縁部に設けられた、落下防止の石柵の近くに立つシュナン少年が、大きく手を広げている、その目前にまで来ると、まるでダイブするみたいに、彼の胸に飛び込みます。
シュナン少年は、自分の胸に飛び込んで来たメデューサを、空中でしっかりと受け止めると、彼女の背中に手を回して、しっかりと抱きしめます。
朝の光が、さんさんと降り注ぐ石床の上で、しっかりと抱き合った、シュナンとメデューサ。
そんな二人の姿を目の当たりにして、周りにいる仲間たちや神々は、一斉に歓声を上げ、それぞれに祝福の言葉を口にします。
ラピータ宮殿の上空に浮かぶ女神アルテミスは、眼下に広がる石床の上で抱き合う、二人の姿を、高所から見下ろしながら、どこか安堵したような口調で、声を発します。
「おめでとう、新しき人間の王と、その伴侶よ。わたくしは先ほど言った様に、他の神々に倣って、今後は地上への干渉は、一切やめる事にいたします。でも、メデューサ、そしてシュナン。月の女神であるわたくしは、兄である太陽神アポロンと共に、あなたたちのいく末を、天上からいつでも見守っていますよ」
もう一柱の神ー。
ラピータ宮殿の門前近くに、シュナンの仲間たちと共に立つ冥皇ハーデスは、その青白い顔を少しうつむかせながら、厳かな声で言いました。
「わたしも約束しよう。あなたたちとの友情にかけてー。今後は、選ばれた者たちだけではなく、死せる者全てを、冥界の天国であるエリュシュオンに迎え入れる事を。これより人は、現世で懸命に生きたその後は、死者の国では苦しむ事なく、永久に安らかに過ごすのだ」
一方、そのハーデスの側で、石造りの床上に立つシュナン少年の仲間のうち、ペガサスの少女レダは、シュナン少年の復活の瞬間から、ずっと無言で喜びの涙を流し続けており、隣にいるボボンゴの巨体にもたれかかるようにして、静かに佇んでいました。
しかしやがて、溢れるその涙を、手の甲でそっとぬぐうと、ラピータ宮殿を支える高い土台の、外縁部に造られた、石柵の前で抱き合う、二人の姿を見ながら、精一杯の笑顔を浮かべて、二人を祝福します。
「シュナン、それにメデューサ、何て素晴らしいの。あなた達の愛はー。わたし、今なら、あなた達を、心から祝福出来る。全地球の生命を代表して、あなた方にエールを送ります。どうか願わくば、あなた方の子孫や同胞が、この地球の自然と協調して、永久にいや栄えん事をー」
するとその時、レダの隣に立っていた巨人ボボンゴが、彼女の言葉に触発されたのか、いきなりウオーッという雄叫びを上げると、少し離れた、宮殿を支える土台の外縁部に近い場所で抱き合っている、シュナンとメデューサのいる場所に向かって、猛然と突進します。
二人がいる場所までたどり着いたボボンゴは、そのたくましい両の腕で、彼らを抱き合った姿勢のまま、丸ごと抱え込むと、驚いて悲鳴を上げる少年少女を、高々と宙へと持ち上げます。
「うわあっ!!」
「うきゃっ!!」
友である少年の、奇跡の復活劇を目の当たりにした、かの巨人は、喜びのあまりか、そうやって二人まとめて宙に浮かせたシュナンとメデューサの身体を、そのたくましい双腕で、更に高々と持ち上げると、今度は自分の大きな左右の肩に、一人ずつ別々に載せました。
それから二人の身体を、それぞれの肩口に近い方の腕で支えながら、天に向かって、感極まったみたいに大声で叫びます。
「大好きっ!!ボボンゴ、シュナンとメデューサ、大好きっ!!!」
シュナンとメデューサは、巨人ボボンゴによって、抱き合った状態で担ぎ上げられた挙げ句に、それぞれが彼の左右の肩に載せられると、最初はそこから振り落とされない様に、その大きな首や肩に、必死に捕まっていました。
しかしやがて、少し慣れてくると、それぞれがボボンゴの左右の肩に座りながら、その巨大な頭を挟んで、互いに顔を見合わせ、楽しげに笑います。
そんな二人に対して、床上に転がっている師匠の杖が、しみじみとした声で言いました。
「やれやれ、とりあえず、一段落か。わしもホッとしたわい。もう、これで、思い残す事は無いな。でもまぁ、この杖の寿命が尽きるまでは、引き続きお前達を、見守って行くとしよう」
するとすぐ側に立つレダが、後ろ手を組みながら首をかしげると、床上に転がっている、その杖に向かって尋ねます。
「寿命が尽きるまでってー。一体いつまで?」
その質問に、床上に転がっている師匠の杖は、先端の円板についた、大きな目を光らせながら、答えます。
「魔力のバッテリーが、切れるまでだな。そう、長くは持つまいー」
師匠の杖はそう言うと、一旦そこで、言葉を切りました。
そして、少し離れた場所から、巨人ボボンゴの左右の肩にそれぞれ腰掛けた、シュナンとメデューサが、心配そうに、こちらを見ているのを確認すると、その大きな目を、キラリと悪戯っぽく光らせます。
それから師匠の杖は、少し離れた場所で、巨人の肩の上にいる、彼らに聞こえるように、床上からよく通る声で、言葉の続きを発します。
「そうだなー。まぁ、シュナンとメデューサの間に、何人か子供が生まれて、その子たちが大人になるくらいまでかな」
巨人ボボンゴの左右の肩にそれぞれ乗っている、シュナンとメデューサは、師匠の杖のその言葉を聞くと、二人して揃って、顔を赤らめました。
彼らは、巨人の頭を挟んで思わず見つめ合うと、更に真っ赤になって、互いの顔をほてらせます。
そんな二人の様子を見て、彼らの周りにいる二柱の神々と仲間たちは、また声を出して、一斉に笑いました。
そんな風に明るい笑い声が響く、ラピータ宮殿の上空には、500年ぶりに太陽がその姿を現し、そこから眩ゆい陽光が、シャワーのように降り注いでいました。
やがて、青く晴れ渡ったパロ・メデューサの上空に、恐らく四方の国々から、やって来たのでしょうか。
数え切れないほどの、渡り鳥の群れが飛来して、まるで渦を巻くように、天高く舞い踊り、空を埋め尽くします。
巨人ボボンゴの肩の上に座るメデューサは、上空を飛ぶ鳥の群れを指差すと、隣にいるシュナン少年に笑いかけ、反対側の肩の上に座るシュナン少年は、そんな彼女を見つめて、優しくうなずきます。
メデューサの指差すその先には、天高く群れ飛ぶ無数の鳥たちが、渦となって舞い踊っており、澄み切った青い空を、多色で鮮やかに染め上げていました、
すると上空を飛ぶ、それらの色鮮やかな鳥の群れから、一羽の白い鳥がスッと舞い降りると、シュナン一行や二柱の神が見つめる中、高い土台の上に立つラピータ宮殿の、尖塔状の屋根のてっぺんに、フワリと止まり、その翼を休めます。
まるで王冠のような身体のフォルムを持つ、その真白き鳥は、尖塔のてっぺんに止まったまま、宮殿の周りにいる者全員に届くような、甲高い声で鳴くと、眩しい陽光が降り注ぐ古き都に、新しい朝の訪れを高らかに告げました。
[エピローグへ続く]




