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第十九話 捕縛

 コンコンコン…

扉を叩いても、音の余韻が夕暮れの空に広がるのみ。


「門番が居ない時点でおかしい…。ここは出直したほうがいいんじゃあ…」


「こうなったら強行ですわ」


扉を突き破る勢いで扉の取っ手をひねるとあっさり開いた。


「あらっ。あっさり…。中はがらんどうですわ…」


「誰もいないのかなぁ…」


広い玄関、そこから部屋に続く一階廊下、二階に続く側面から回り込むような階段は広々としていて、誰かがそこにいるであろう形跡を隠している。証拠に辺りにクモの巣や埃が積もっていて、領主邸に不相応な姿であった。


「こんなに埃が…無人…召使も出払うにしても奇妙すぎますわ…。あなたの言う通りですわ。後日出直しましょ…」


「ウリーヤさんにダヴィじゃあないですかぁ。よくお越しなさいましたぁ」


野太い猫なで声が響き渡った。二階や一階廊下の陰から、ぞろぞろと賊徒が出てきた。


「貴方たち…領主様は…! まずい! あなた! 逃げっんんん」


ウリーヤに猿ぐつわが付けられるのをダヴィは茫然と見ていた。奥へ奥へ引っ張られるウリーヤは、ダヴィ自身から永遠に引き離そうとする理不尽の具現化であるそれらによって拘束されていく。縄で後ろ手に縛られるウリーヤの、ドタバタともがく音、もがく様子、これらがダヴィを我に返らせ、彼女を縛る賊に襲い掛らせた。一発、顔にこぶしを叩き込み、奴を押し飛ばすと、奴は倒れこんで頭を打った。短剣を抜き、ウリーヤの縄を切ると、彼女はスカートの内から短剣を抜き、猿ぐつわを取り除いた。


「っはぁ。分が悪いですわ。逃げますよ!」


逃亡の期待を胸に、扉に向かって走り出そうとした二人、その前に立ちはだかる賊が一人。ウリーヤは奴めがけて短剣を振りかざす。大振りを見切った奴は、軽々と躱すが、振り切った彼女は途端に沈み込み、バネのように前へ飛び込んだ捻られたバネが解放されるように、そこから放たれた突きは奴の腹に突き刺さった。


「っかは!!!」


懐にもぐりこんだ彼女は間髪容れず脇腹、脇下、首側面と刃を突き立て、男はだくだくと血を流した後、倒れた。

目を真ん丸にして見ていた賊徒は各々の武器を、ある者は湾曲刀を、ある者はペッパーボックスを、ある者はフリントロックのピストルを抜いた。


「くそったれ! 死にさらせ!」


殺気立つ賊をまとめあげる一声が放たれる。


「女は殺すなよぉ! 男はぁ… 好きにしたらいいだろうよぉ」


二階の陰から出たその男は、立派な体躯に見合った立派な湾曲刀と、ペッパー ボックスを腰に挿していた。


…まずい。逃げれる人数じゃない…ダヴィが殺されてしまいますわ…


ウリーヤの体が反応しないわけがなかった。近い賊から順にその刃を突き立てて いく。動く速さは、敵が倒れるたびに上昇しているかのようにも見える。


「くそっ。このアマ、ちょこまか動きやがって… 」


湾曲刀を振るう賊を掻い潜り、華麗な体裁きで躱し、いなし、殴り、蹴り、切り、刺す。その顔を鬼神の如く、憤怒の表情で燃えていた。


「まずいですぜ。このままじゃあ、あのアマに全滅です」


「足を狙え」


ウリーヤの頭の芯から背中がゾクゾクっと縮み上がった。


「!? あなた! 早く逃げ…」


後方にいた賊たちがピストルを抜き、そして、一斉に火蓋が切られた。火柱の後、辺りが煙でモクモクと曇り、嵐の後の静寂の如く、轟音の後の静けさから一人の、この世に生み落とされて味わったことのない屈辱、味わったことのない無力、わったことのない痛みの生み出す金切り声が鳴り響いた。


「っがあああああ。くっっっっ…脚がっ…がっうううう…」


ウリーヤのスカートは粉みじんに千切れ千切れで、そこからだくだくと赤が滲んでおり、彼女は手をつき座り込んでいた。床は彼女血で濡れている。ダヴィはただ眺めるしかなかった…


「ばかっ! 撃ちすぎだ! 失血死したらどうするんだっ、ドアホども。早く手当し てやれ!」


統領の一声で、拘束具を付け直そう賊が近づいた。その瞬間、ザクッザクッザクッ。


「こひゅぅご~…ぼごぼごぼ…」


賊が変な声を上げながらその場で倒れており、そしてウリーヤが立っていた。


「っく…まだまだっ…ですわ…。くそっ、たれっ…すっっっ…来るならっ来やがれっ! てめぇら犬の糞に変えてやらぁ!」


「すっげぇ! こりゃたまげたもんだ。よく立っていられる…ぷるぷると小鹿みたいになってるがなぁ」


賊の統領が感嘆の声を上げるのも無理もなかった。その脚で立てるはずがなかったのである。肉という肉は鉛玉という獣に食いちぎられていた。食いちぎられた隙間の赤から白がところどころに見受けられた。


「黙れ! はぁ、はぁ…。列に並べ、てめえらっ、一人づつ冥府に送ってやるっ!」


ずるずると後ずさるウリーヤ。


「はぁ…まさかこれ程の狂暴な雌犬だったとは…おい、お前ら。今の奴なら手間取ることはないはずだろ。一斉に掛かれっ。おっと、短剣に気をつけろよぅ」


数はおよそ十四。全員じりじりと迫りくる。頼りだった脚は、もう動きそうにない。


「…あなた。ごめんなさい。慢心してたわ」


ウリャーナは笑顔でダヴィへ振り返った。各々に賊徒は駆けた、女めがけて。獲物にとびかかる毒蛇の如く、その汚らわしい手が伸ばされる。ウリーヤはある期待を胸に、その胸に一突き。

 しかし、その期待は裏切られる事になった。ダヴィは膝から崩れ落ちた。その目に映ったのは、胸に短剣を突き立てて事切れながら微笑むウリーヤであった。


「うっ…まっじかよ…」


「まじかっ!」


唖然の声はダヴィに届いてはいなかった。ただその有り様をほーっと眺めていた。妙に安らかな、あの森で包み込むようであったあの、弱さや優しさをすべて肯定し、荷を負うと言ったあの顔の様であった。それが徐々に冷たいガラスのような眼へと変わっていく。


「くそっったれがっ」


ダヴィが横に弾かれた。


「なんでテメェが生きてて、女が死んでんだよっ。クソッタレがっよっ。何とか言えっよ」


怒りのままに賊がダヴィを打ち続ける。蹴り倒されたダヴィは、理不尽な暴行をただ受け入れている。


「殺すなぁ。はぁ~、予定変更だっ、男は生かしとけ。まさかそこまで肝が据 わってるとは思わなんだら… 。男は縛って適当な部屋に入れとけ。それはぁ… 好 きに片付けとけ。でもまず死体片付けてからなぁ」


そしてダヴィは二階のあの部屋に閉じ込められたのである。




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