カラクリ忍者外伝:儚き刻の歯車
序章 揺らぐ刃
深夜の甲賀里。
月明かりの下、ユリは屋根に立ち、静かに胸に手を当てていた。
――カチ、カチ、カチ。
耳の奥で、時計のような音が鳴る。
それはかつて聞いたことのない、不吉なリズムだった。
「……また、動きが鈍い」
指先を握りしめる。刃が微かに震え、力が抜けていく。
己の身体を形作る歯車のひとつが、確実にすり減っていた。
カラクリ忍として造られた自分に、寿命などないはずだった。
だが十年以上にわたる戦いと酷使は、彼女の内部機構を確実に蝕んでいた。
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一 兆し
翌朝、ユリはナオキと共に任務にあたっていた。
だが、敵を一撃で斬り伏せるはずの刃が途中で止まり、わずかな隙を生んだ。
「ユリ!」
ナオキが背後から飛び込み、間一髪で敵を討つ。
戦いが終わった後、ナオキは険しい顔でユリを見た。
「どうした、あの動き……お前らしくない」
「……ただの、疲れ」
ユリはそう答えるが、胸の奥ではわかっていた。
これは疲労ではない。壊れの始まり。
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二 隠された真実
夜、ユリは一人で古い研究所跡を訪れた。
そこには、かつて自分を生み出した錬金術師たちの記録が眠っていた。
石の棚に残された古文書。
そこに記された文字を見た瞬間、ユリの心は凍りついた。
――「稼働限界:十五年」
彼女の身体は、半永久ではなかった。
素材の劣化と術式の限界により、十五年を過ぎれば自壊が始まる。
「……あと、五年もない」
震える声が、闇に溶けた。
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三 告げられぬ想い
その夜、ナオキが彼女を探しにやって来た。
「ユリ、隠し事をしているな」
「……」
「お前の刃の震え、俺が気づかないと思ったか」
ユリは答えられなかった。
本当はすべてを打ち明けたい。
だが、ナオキの優しさを知っているからこそ言えなかった。
――もし彼が自分の“終わり”を知ったら。
必ず助けようと、無茶をするだろう。
だから、ユリはただ微笑んだ。
「心配しないで。私は壊れない」
ナオキはその笑みに影を見たが、追及はしなかった。
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四 崩れる身体
それからの日々、ユリの異常は加速した。
走るたびに関節が悲鳴を上げ、刃が思うように展開しない。
ある任務の最中、彼女はついに膝をついた。
「ユリ!」
駆け寄るナオキに、ユリは震える声で囁いた。
「ナオキ……お願い、誰にも言わないで」
その時、敵が襲いかかる。
ユリは反射的に刃を展開しようとした――だが、刃は半分しか出なかった。
ナオキがすべての敵を斬り伏せた後、彼は彼女の肩を強く掴んだ。
「もう黙っていられるか! ユリ、何が起きてる!」
「……私は、長くは動けない」
初めて、彼に告げた。
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五 涙と誓い
二人は夜の神社で向かい合った。
ユリは静かに語る。
自分の稼働限界が近づいていること。
あと数年で、完全に停止すること。
「私は造られた存在。寿命も、魂も、本当はない。
十年前に出会った時から、この結末は決まっていたの」
ナオキは拳を握りしめ、血が滲むほどに力を込めた。
「ふざけるな……お前に寿命なんて、あってたまるか!」
ユリは首を振り、微笑んだ。
「ナオキ。もし私が壊れたら、どうか……忘れて」
「忘れられるか!」
ナオキは彼女を強く抱きしめた。
「お前がどんな形でも、生きてる限り、俺は守る。
寿命があるなら、俺が越えてみせる」
ユリの瞳から、光の粒が零れた。
それは涙か、機械の火花か。
だが確かに――心が震えていた。
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終章 儚き刻の歯車
月夜に、二人の影が重なる。
ユリの身体は確実に終わりへ向かっている。
だがその運命に抗うように、ナオキは誓った。
「お前の時を、俺が繋ぐ」
カラクリの寿命と、人の寿命。
交わることのない二つの刃が、それでも共に歩もうとしていた。
――儚き刻の歯車は、まだ止まらない。
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【外伝③:儚き刻の歯車 完】




