カラクリ忍者外伝:封印されし鬼神の胎動
一 血塗られた子
――炎が、夜を呑み込んでいた。
島原の寒村、草葺きの家々は火に包まれ、泣き叫ぶ声と呻きが夜風に混ざった。
その中で、一人の少年が地に膝をついていた。
「やめてくれ……俺は何もしていない!」
必死の叫び。だが、村人たちは耳を貸さない。
石が飛んだ。少年の額に当たり、血が流れる。
「鬼の子だ!」
「悪魔の血を引いた忌み子め!」
村人たちは怯えと憎悪を吐き出すように罵声を浴びせた。
少年――名を弥助という。
父は異国の宣教師、母は封じられし「鬼族」の末裔と囁かれる女。
その血筋は異端と恐れられ、彼は生まれた時から孤独だった。
母は早くに病に倒れ、父も処刑された。残された弥助は、誰からも愛されることなく育った。
「出て行け、弥助!」
「お前がいるから災いが起こる!」
村人たちに追われ、炎に照らされた夜道を弥助は駆けた。
だがその胸には、ただ一つの問いが渦巻いていた。
――なぜ、俺は生まれたのか。
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二 鬼の目覚め
山中を彷徨い、飢えと寒さに倒れた弥助は、やがて朽ちた社へと辿り着いた。
苔むした鳥居の奥、禁じられた祠が口を開けていた。
「……ここは……」
導かれるように中へ足を踏み入れた瞬間、冷たい風が吹き抜けた。
祠の奥に封じられていた石棺が、彼の血に反応するようにひび割れた。
――ドクン。
胸の奥で、何かが脈打つ。
気づけば、弥助の手から溢れた血が石棺に落ちていた。
「汝……我が血脈を継ぐ者か」
低い声が響いた。
次の瞬間、棺から黒き霧が立ち昇り、弥助の体を包み込む。
「やめろ……! 離せ!」
悲鳴は霧に掻き消され、彼の瞳に赤黒い光が宿った。
鬼の魂――母の血に眠っていたものが覚醒する。
その瞬間、弥助の心に流れ込んできたのは数多の怨嗟、叫び、そして無念。
鬼たちの魂が彼の肉体と融合し、新たな存在を生み出した。
「……これが、俺の……力……?」
弥助の指先から炎が生じ、祠を焼き尽くした。
彼はもう、人の子ではなかった。
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三 神の奇跡
その後、弥助は各地を放浪し、禁じられた書物や異国の秘術を手にした。
父が残した聖書の断片には、奇跡と呼ばれる術式が記されていた。
「……祈りは呪文。奇跡は術法。神と鬼は、ただ名が違うだけ」
やがて彼は鬼の力と神の術を融合させ、常人の及ばぬ力を手に入れた。
村人を虐げる侍を討ち、悪を成す山賊を滅ぼした。
だが、人々は彼を救世主とは呼ばなかった。
「鬼神」――そう蔑み、恐怖した。
「違う……俺は、人を救いたいだけなのに……」
彼の胸の奥では、人を守りたい願いと、破壊を欲する鬼の性が絶えずぶつかり合っていた。
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四 地獄門との邂逅
ある夜、弥助は奇妙な夢を見た。
漆黒の門――地獄門。そこから無数の妖怪や鬼が這い出す光景だった。
目覚めた彼の前に、実際に門の片鱗が現れていた。
「……呼ばれているのか?」
門から流れ込む瘴気を取り込み、弥助の力はさらに膨れ上がった。
その代償に、人としての心は少しずつ削られていった。
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五 矛盾の宿命
「俺は何者だ……?」
人を救いたい心と、人を滅ぼしたい衝動。
二つの魂が一つの体でせめぎ合う。
やがて弥助は己を「アマクサ」と名乗った。
それは人の名を捨て、神と鬼の狭間に生きることを選んだ証だった。
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六 未来への伏線
あるとき、アマクサは奇妙な噂を耳にした。
「蝦夷の地に、鉄の体と心を持つ忍びが現れた」というものだった。
「……カラクリ忍者、か。もし奴らが俺の運命を変える存在だとすれば……」
アマクサは地平線を見つめ、静かに笑った。
その瞳には、憎悪と希望が入り混じっていた。
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終 鬼神の胎動
夜風が吹きすさぶ崖の上で、アマクサは独り佇む。
その瞳は、まだ見ぬ未来を射抜いていた。
「俺は神か、鬼か。それとも――」
やがて訪れる戦乱の世、彼はカラクリ忍者たちと相まみえる。
その時、彼の宿命は大きく動き出すのだった。
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【外伝② 完】




