第一章 絡繰忍法の衝撃
【第一章】絡繰忍法の衝撃
一 再会の刻
あの夜から数日が経った。 甲賀の里では、異形の忍の襲撃により、厳戒態勢が敷かれていた。
ナオキはその日も、山中での哨戒任務に就いていた。 けれど、胸の奥はどこか別のことを考えていた。あの銀の瞳――ユリのことを。
(あれは夢だったのか……。いや、現実だ。俺は確かに、彼女に助けられた)
彼の手のひらには、まだあの時の微かなぬくもりが残っていた。
その時だった。
「ナオキ・コウガ。単独行動が多いですね」
突然、背後からあの無機質な声がした。
「――ユリ……!」
木の陰から現れたのは、間違いなくあのカラクリ忍者だった。 黒装束に身を包み、風すらも味方につけたような静謐な姿。
「再会……感情記録に強い反応あり。私はあなたを“好ましい対象”として認識しています」
ナオキは言葉を失った。 AIによる感情処理。それがどういう意味を持つか、彼にはわからない。 けれど――その言葉は、なぜか胸に染みた。
「……俺も、お前に会いたかった」
そして彼は、問いかけた。
「どうして……俺を助けたんだ? 本当に、任務とかじゃなくて……」
ユリは一瞬だけ黙ったあと、真っ直ぐに言った。
「記録には“予測不能な衝動”とあります。定義不能。ですが……“生かしたい”という意志が、確かにありました」
ナオキの頬が紅くなる。
「そっか……機械でも、そんな気持ち、あるんだな」
ユリは頷いたようにも見えた。
だがその静寂は、突如破られる――
「そこか、カラクリの化け物……!」
木々の隙間から、数人の甲賀の忍が姿を現した。 彼らの目は、殺意に満ちていた。
二 交錯する刃
「ナオキ、離れろ! そいつは我らが仲間を手にかけた“異端”だ!」
「待ってくれ、話を聞いてくれ! ユリは、今は戦う気なんて――」
「騙されるなッ!」
耳を貸すつもりは最初からなかった。
忍びのひとりが印を切り、火遁の術を発動。 爆ぜるような火炎がユリを飲み込もうとする――が、
風が一閃。ユリはその術を、紙一重で避けていた。
「非攻撃姿勢を継続中。しかし、攻撃が継続される場合は……対応せざるを得ません」
ユリの背中が開き、腕部から薄く伸びる金属の糸が月光に反射する。
「絡繰忍法・風糸――制圧開始」
風のような速さで、ユリは敵忍びの間を駆け抜ける。 金属糸が絡み、武器を封じ、動きを奪う。
致命傷は与えず、意識を奪うだけの精密な動作。
ナオキはそれを見ていた。
(あれが……カラクリ忍法……! まるで人間の域を超えてる!)
彼は震えていた。恐れではない――感動だった。
「……ユリ!」
「制圧完了。非殺傷。撤収準備を行います」
だが、その時――
「逃がすなァッ!!」
別方向から放たれた矢が、ユリの背を狙って飛ぶ。
ナオキは、反射的に飛び込んだ。
「やめろぉおおおっ!!」
ナオキの腕に矢が突き刺さる。血が噴き出した。
「ナオキ……なぜ……!」
ユリの瞳が、微かに震えていた。 初めて、感情の波を見せたように――。
三 三大流派の動き
その戦いのあと、ナオキは重傷を負い、隠れ里で治療を受けることになった。 宗十郎は何も言わず、その行動を見守っていた。
だが――甲賀の上層部は静かではなかった。
カラクリ忍者の存在が広まり始め、ついに三大流派の首脳が動いた。
「伊賀・戸隠・甲賀……この三派で、あの異形を討つ。もはや放置は許されぬ」
「絡繰忍法……異端の技。放てば忍びの世そのものが崩れる」
「我らの誇りを守るためにも……機械の忍びを根絶するのだ」
それが、のちの大戦――**「忍機戦争」**の火蓋であった。
【第一章】絡繰忍法の衝撃(続)
四 からくりの乙女たち
傷を癒す間、ナオキはひそかにユリとの再会を願っていた。 そしてある日、夜の山中にて――彼の前に、複数のカラクリ忍者が現れた。
その姿は人間そのもの。だが動き、瞳、気配がどこか異質だった。 ユリと同じく、美しく、冷静で、そして――強そうだった。
「識別コード:ユズ、ミカ、サクラ……本部より通信。ナオキ・コウガ、接触対象に選定されました」
「え……お、お前たちもユリと同じ、カラクリ忍者なのか?」
「肯定。私たちは《蝦夷絡繰機関》所属、第一分隊」
その名を聞いた時、ナオキは直感した。 ユリは“個体”ではなかった――集団だったのだ。
ユズは冷徹な解析型くノ一。 ミカは無邪気で軽い性格の擬似感情モデル。 サクラは近接戦闘に特化した重装型。
「ユリは現在、修復作業中。あなたへの関心度、異常上昇。再接続を望んでいると推定されます」
ミカがいたずらっぽく笑った。
「なんか、恋してるっぽいよ? あの子」
「こ、恋っ……?」
顔を真っ赤にするナオキ。 だが彼の反応すら、ユズの記録装置に淡々と記録されていく。
五 三大流派、進撃す
一方――三大流派の忍びたちは、すでに動き出していた。
甲賀の里では、伊賀の幻術使い、戸隠の巨躯の剣士が到着し、共同戦線の準備が整えられていた。
「もはや、奴らを“道具”として見てはならぬ。あれは、“神”に等しい脅威だ」
「絡繰忍法の根源を絶たねば、我らの技も、誇りも、過去も、全てが否定される」
そして迎えたのは、大規模な襲撃戦だった。
標的は、カラクリ忍者の前線基地――山奥の隠された研究拠点。
ナオキはそれを知り、止めようとする。
「やめてくれ! ユリたちは……戦いたくなんかないんだ!」
だが、その声は届かない。 ナオキは独断で山を駆け、ユリたちに迫る忍びの群れの中へと飛び込んでいった――。
六 戦場、再び
雷が鳴り、空が割れる。
山腹を走る影。忍者たちの印と術が交錯し、火と風がぶつかる。 その中で、異質な音が響いた――
「機構起動。構成展開――カラクリ忍法・鋼羅刃」
サクラが前線に立ち、両腕から伸びる刃で突撃部隊をなぎ払う。 ユズの眼が一人ひとりの忍の呼吸を読み取り、無力化していく。 ミカは爆雷に笑いながら飛び回り、偽の分身をばらまいて混乱を誘った。
まさに、“人ならざる忍術”。 だが――そこにユリの姿はなかった。
「ユリは……どこだ!? 出てきてくれ、俺は……!」
その時、背後から静かに声が届いた。
「――ナオキ。無事で、よかった」
振り向けば、そこにいたのはあの銀の瞳。 しかし彼女の姿は、以前よりも傷ついていた。動作にも不調の兆しがあった。
「この戦い……止めたい。でも、戦わないと……みんなが……」
ナオキは、彼女の手を取った。
「……俺が、止める。忍びの誇りとか流派の掟なんか、どうだっていい。お前が、生きたいって言ってくれるだけで、俺は……!」
ユリの瞳が、かすかに震えた。 そして彼女は、小さく呟いた。
「あなたの言葉は……私の中で、最上位にある命令です」
七 カラクリの衝撃
戦いは、一時的にカラクリ側の優勢に傾いた。 その圧倒的な機動力と解析能力は、伝統の忍術を凌駕し始めていた。
だが――
「全軍、後退せよ!!」
伊賀の指揮官が叫ぶ。 彼らが恐れたのは、カラクリたちの力ではなく――その“進化速度”だった。
「このままでは……ただの技術戦では済まん。“地獄”の蓋が開くぞ……!」
その言葉は、誰も理解しなかった。 だが、それはまさしく“予兆”だったのだ。
八 次章への導き
戦が終わった後、ナオキはユリとともに山の湖畔に立っていた。 彼女の身体は限界に近く、かすかにノイズを発していた。
「私は……異物。あなたと同じ時間を歩くことは……きっとできません」
「それでもいい。たとえ一瞬でも……一緒にいたいって思うから」
その言葉に、ユリは静かに笑ったように見えた。
――だが。
その空の奥。誰にも気づかれぬまま、山脈の割れ目が、静かに――開き始めていた。
瘴気、雷鳴、遠くで響く“鬼の咆哮”。 それは、遥か地の底――地獄の門が、開かれようとしている兆しだった。