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カラクリ忍者外伝:錬金術師・天海の追憶

第一章 孤独の錬金術師


 薄暗い山奥の庵に、一人の男が暮らしていた。

 名を――天海。かつて京の都に名を馳せた錬金術師であり、学識と実験で多くの者を驚かせた才人であったが、今では世間から背を向けられ、ひっそりと山間に隠棲していた。


 庵の内部は、ただの僧坊とは到底思えぬ光景だった。

 壁一面に並ぶ古文書や薬瓶、木箱の中には鉱石や薬草が山積みにされ、中央には人の背丈を超えるほどの大釜が据えられている。常にぐつぐつと不気味な音を立てて沸き、時折、青や赤に燃える焔が揺らめいた。


 外界の人々から見れば、まるで妖術師の住まう館であろう。

 だが天海にとっては、この庵こそが唯一の研究室であり、そして……彼の残された小さな家族と暮らすための、最後の居場所だった。



1 天海の過去


 天海は幼い頃より頭脳明晰で、学問においても剣術においても優れ、将来を嘱望されていた。だが、彼が選んだ道は武の道ではなく、知を極める道――錬金術であった。

 彼は「人の命は、あまりに脆く短い」という思いを抱いていた。幼少期に母を病で亡くしたことが、その根を成していたのである。


 父は武士であり、息子に剣を学ばせようとした。だが天海はひたすらに書物を漁り、薬学、天文学、鉱石学、占星術と、あらゆる学を貪るように吸収した。

 やがて都で名を馳せ、諸大名に招かれては「不老の秘薬」「強兵の薬」「金を作る術」などを求められるようになった。


 しかし――天海が心底望んだのは、そんな権力者の富や栄華のための術ではなかった。

 彼が望んだのはただ一つ。

 「大切な人の命を、奪われぬようにする術」。



2 娘との日々


 そんな彼に転機をもたらしたのが、妻との出会いであった。

 妻は早くに亡くなってしまったが、一人の愛娘を残してくれた。名を――楓。


 楓は幼い頃から聡明で、そして誰よりも父を慕った。

 天海が夜通し研究に没頭すれば、小さな足で庵の中を歩き回り、紙と筆を手にして父の真似をした。

 「お父様、これは何の薬草ですか?」

 「これはカワラケツメイ。熱を下げ、気を落ち着かせる」

 「ではこれは?」

 「それは鉱石だ。鉄より硬い刀を鍛えるために使える」


 天海は、娘の問いに答える時間を何よりも愛した。

 研究は孤独で、理解者の少ない道だった。だが、楓だけはその孤独を和らげてくれた。


 やがて楓が十を数える頃には、父の書き記した実験の記録を読み解き、時に誤字を指摘するほどに育っていた。

 「お父様、この“水銀”の字が違ってます」

 「……おお、すまぬ。楓に直してもらわねばならんな」

 そんな親子のやり取りは、庵を温かな笑いで満たした。



3 孤独と噂


 だが一方で、外界の人々の目は冷たかった。

 山の里に住む村人たちは、庵から時折立ち上る怪しい光や爆ぜる音に恐れをなし、「あの山には化け物が棲む」「錬金術師が人を生贄にしている」といった噂を囁いた。

 楓が里に降りると、子供たちは彼女をからかい、石を投げることさえあった。


 天海はそれを知るたび、胸を痛めた。

 「楓……すまぬ。父のせいで」

 「いいえ、お父様。私は平気です」

 楓は強がって笑ったが、彼女が帰宅すると裾に泥が付いていることを、天海は何度も見ていた。


 天海はそのたびに、世界を呪った。

 人は未知を恐れ、異端を拒む。

 ならば――いずれ娘の命をも、この愚かな世が奪うのではないか、と。



4 不穏な兆し


 楓が十五を迎えた春。

 それは静かに始まった。


 最初は、些細な咳であった。

 天海は薬を調合し、休ませればすぐ治ると考えた。だが、咳は日に日に酷くなり、夜には血を吐くようになった。


 天海は必死に薬を作った。

 山の薬草を煎じ、鉱石を砕き、火を絶やさず実験を繰り返した。

 だが、どれほど薬を与えても、楓の顔色は日に日に青ざめていった。


 「お父様……苦しいのは、もう慣れました」

 「慣れるものか! お前は生きねばならぬ!」


 天海は夜ごと叫んだ。

 だが彼の知識と技では、楓の病――結核のようなもの――を止めることはできなかった。



5 天海の決意


 その夜、天海は一人、実験室で膝を抱えた。

 「もし……命そのものを、錬成できるのなら……」


 それは、人の道を踏み外す考えであった。

 死を拒み、命を錬成する――すなわち、禁断の錬金術。

 魂を形にし、器を与える術。


 天海の脳裏には、娘の笑顔が焼き付いていた。

 あの笑顔を二度と失いたくない。

 その想いが、彼を決断へと導いた。


 「楓。父は誓おう。必ずお前を救う。たとえ、この身が地獄に堕ちようとも」


 その瞬間、庵の釜の炎が不気味に揺らぎ、まるで未来を嘲笑うかのように影が踊った。


第二章 愛娘・楓


1 春の山は、柔らかな霞に包まれていた。

 枝先には若葉が芽吹き、鳥のさえずりが谷間に響く。

 本来なら、命の息吹を最も感じられる季節――だが、その季節は、天海にとって残酷な現実を突き付ける季節でもあった。


 庵の寝所に横たわる楓は、顔色を失い、細い腕を胸の上に重ねていた。

 外の陽光を浴びることもできず、時折咳き込み、白い布を赤く染める。

 彼女の枕元には、天海が調合した薬草や薬瓶が並んでいた。だが、そのいずれも劇的な効き目を見せることはなかった。


 「楓……」

 天海は静かに娘の頬に手を当てる。

 かつては血色の良い健康的な頬だった。山を駆け回り、父の実験を覗き込んでは好奇心いっぱいに問いかけていた娘の姿を、天海は鮮明に覚えている。


 「お父様……今日は外に出たいです」

 「駄目だ。まだ体が弱っている」

 「でも、山桜が咲いているでしょう? 去年は一緒に見たのに」


 楓の声は弱々しい。それでも、瞳にはかつてと同じ好奇心が宿っていた。


 天海は迷った。

 しかし――この願いを拒むことは、娘の心をさらに弱らせると直感した。


 「……分かった。だが無理はするなよ」

 「はい!」


 楓の顔に、久しぶりに笑みが浮かんだ。



2 山桜の下で


 父に抱えられながら、楓は庵の裏山を登った。

 そこには一本の大きな山桜が立っていた。

 春風に花弁が舞い、まるで雪のように空を漂う。


 楓は小さな手を伸ばし、ひらりと舞い落ちる花を受け止めた。

 「……きれい」

 その呟きは、春の光に溶けるほど小さかった。


 天海は娘をそっと木の根元に座らせ、隣に腰を下ろした。

 「楓。この桜はな、毎年こうして花を咲かせる。だが、同じ花が咲くわけではない」

 「……?」

 「去年散った花は、もう二度と咲かぬ。けれど、新しい花が命を受け継ぎ、こうしてまた咲くのだ」


 楓は父の言葉をじっと聞いていた。

 「じゃあ……私も、この桜みたいに、生まれ変わって咲けるのかな」


 その一言に、天海の胸は締め付けられた。

 彼女は、己の命が長くないことを理解している――そう悟ったからだ。


 「楓。お前は生まれ変わらずとも、ずっと生きていられる。父が必ずそうする」

 天海の声は震えていた。

 だが楓は微笑んだ。

 「お父様……私のために、無理をしないで」

 「無理ではない。これは、父にしかできぬことだ」


 そのとき、天海の決意は確固たるものとなった。



3 禁断の研究


 夜。庵の実験室。

 天海は古文書を広げ、蝋燭の灯りの下で震える指を走らせていた。


 ――人の魂は、肉体と切り離すことはできぬ。

 ――されど、媒介を用いれば、一時的に留め置くことは可能。

 ――完全なる錬成には、精霊石か、あるいは「生命の根源」となる触媒が必要……。


 古文書の記述は断片的で、ところどころ焼け落ちていた。

 だが確かに、人の魂を移し替える術の存在を示していた。


 「もし……魂を器に移し替えることができれば……楓の命を延ばせる」


 それは、神に抗う行為だった。

 自然の摂理を曲げ、死を拒む術。

 しかし天海には、もはやそれ以外の道が見えなかった。


 彼は山を駆け巡り、珍しい鉱石を集めた。

 赤く輝く水晶、黒曜石、銀の鉱脈。

 さらには里に降り、忌まわしいほどの高値で取引される“精霊石”を手に入れた。

 その行為は次第に噂を呼び、村人たちの恐怖を増大させた。

 ――「あの錬金術師は、命を作ろうとしている」

 ――「娘の魂を生け贄に捧げるつもりだ」


 やがて天海は、村人から「鬼」と呼ばれるようになった。



4 娘の願い


 ある晩、楓は寝所で父の帰りを待っていた。

 疲れ切った天海が戻ると、楓は弱い声で言った。


 「お父様……怖い夢を見ました」

 「夢?」

 「はい。私がいなくなって……お父様が一人で泣いている夢」


 天海の心は張り裂けそうになった。

 楓は父の袖を掴み、必死に続ける。

 「だから、お願いです……私がいなくなっても……生きてください」


 「楓!」

 天海は娘を抱き締めた。

 「そんなことを言うな! お前がいなくなることなど許さぬ!」


 だが――その瞬間、楓の小さな体が震え、咳き込んだ。

 白布がまた赤く染まる。

 天海は叫んだ。

 「楓! すぐに薬を!」


 彼は必死に薬を与え、娘の背を擦った。

 ようやく咳が収まると、楓はか細い声で囁いた。

 「お父様……大好きです」


 その言葉は、彼にとって救いであり、同時に呪いでもあった。



5 誓い


 楓が再び眠りについたあと、天海は実験室に戻った。

 その目には、迷いはなかった。


 「神が我らに寿命を与えるなら……我はその枷を打ち破る」

 「楓の魂を、この世に留めるために――!」


 炎が轟々と燃え、鉄の器が唸りを上げる。

 天海は古文書を握りしめ、己の血を釜に垂らした。

 その瞬間、空気が震え、外の風が唸りを上げた。


 禁断の錬金術――それが、始まろうとしていた。


第三章 禁忌の扉


 1 夜は深く、庵の周囲は漆黒に包まれていた。

 天海は一人、古文書と薬瓶に囲まれ、膝を抱えて座っていた。

 手元には楓の写真代わりの小さな肖像画。笑顔の楓は、まるで今にも話しかけてくるかのようだった。


 「楓……もう一度、その笑顔を見せてくれ……」


 彼は自分の決意を確かめるように、重い息を吐いた。

 古文書の文字は次第に意味を成さなくなる。時間の経過とともに、読解に集中する眼も疲労で霞む。

 しかし、天海の心に迷いはなかった。


 ――禁忌を犯すことで、死を覆す。

 ――娘を救うためなら、私は何を犠牲にしても構わない。


 彼は震える手で錬金の炉に火を入れ、精霊石と鉱石を混ぜ合わせ、魂を宿す器の原型を作り始めた。

 金属の香りと薬草の香気が混ざり合い、異様な空気が庵を満たす。


2 初めての実験


 天海はまず、楓の呼吸から微細な生命エネルギーを抽出する儀式を始めた。

 小さな器に流れ込む光――それはまるで、透明な水のように揺れ、かすかに温かかった。

 「これが……魂の一部か」

 天海の瞳は輝きを帯び、血の気が引くほどの緊張で震えていた。


 だが、最初の試みは失敗に終わった。

 魂は器に宿るどころか、拡散し、炎が逆流する。

 炉の火は暴れ、薬草は燃え尽き、煙が庵を満たした。


 天海は叫ぶ。

 「くそ……まだ、まだだ……!」


 繰り返し、繰り返し実験を重ねる日々。

 昼夜の区別もなく、天海は炉の前に座り続け、娘の呼吸を測り、器を調整した。

 その間、庵の外では村人たちの噂がますます恐怖を煽った。

 ――「あの山の鬼は、人の魂を奪うのだ」

 ――「娘の声が夜な夜な聞こえる」



3 成功と苦悩


 十日目、天海はついに一つの器に魂を宿すことに成功した。

 器は銀の機巧人形――楓の姿を模した小さな人形だった。


 「楓……お前、見えるか?」

 機巧の瞳が光り、弱々しいが声が返る。

 「お父さま……」


 天海は涙を流した。

 「生きろ……楓、生きろ……!」


 しかしその喜びはすぐに影を落とす。

 機巧の体は完全な人間ではない。冷たく、血も流れぬ金属の体。

 魂は存在するが、感覚や感情はまだ不完全だった。


 「これは……楓ではない。だが、楓の魂を守る唯一の形」

 天海は自分に言い聞かせるしかなかった。


4 姉妹たちの誕生


 成功を得た天海は、次の計画に着手する。

 「ユリだけでは心も体も守れない。戦う力を持つ姉妹たちを作ろう」


 彼は金属と薬草、精霊石を組み合わせ、次々と少女型の機巧を作った。

 一人は冷静沈着な戦術家、

 一人は炎を操る快活な少女、

 一人は水や風を自在に操る存在――


 姉妹たちは「カラクリ忍者」と呼ばれることになる。

 天海は彼女たちに基本的な会話や礼儀、戦闘訓練を施し、親としての愛情も注いだ。


 だが姉妹たちは、次第に「自分は本当に人なのか」と疑問を持ち始める。

 天海はそのたびに心を痛めながらも、

 「お前たちは人として生きるために作られた存在だ」と教え続けた。


5 神鬼アマクサの影


 ある夜、天海の前に一人の陰陽師が現れる。

 名を神鬼アマクサ。彼は天海の研究を見抜き、冷ややかに言った。

 「禁忌を超えたな、天海よ。だが、その娘たちは本当に幸せか?」


 天海は答えられなかった。

 ユリたちは笑っていたが、それは与えられた感情に過ぎない――そのことを彼自身が知っていたからだ。


 アマクサはさらに言った。

 「やがて彼女たちは、自らが何者かを知る。血も肉もない存在として絶望する。お前はどうする?」


 天海は答えられず、ただ握りしめた拳を震わせるのみだった。


6 戦火の予兆


 時は流れ、カラクリ忍者たちは独立した存在となった。

 天海は彼女たちに戦闘技術を授け、同時に父としての愛を注いだ。


 ある日、天海は研究室で思案した。

 「いずれ、世界は争いに満ちる……だが、お前たちは守らねばならぬ」


 その言葉通り、カラクリ忍者たちは後に戦国の乱世で刀を握り、人ならざる力を駆使して戦う運命を背負うことになる。


 天海はその戦いの果てに、娘たちの命が失われる可能性を知り、胸を痛める。

 それでも、父として創り上げた存在を信じるしかなかった。


7 孤独な創造主


 やがて地獄の門が開かれ、妖怪や鬼が現れる時代が訪れる。

 カラクリ忍者たちは天海の教えのもと、戦場へ赴き、次々と襲い来る敵を討つ。


 天海は密かに日記に記す。

 ――私は正しかったのか。

 ――だが、彼女たちの笑顔を守るためなら、どんな罪も背負おう。


 そして彼は闇の中に消えていく。

 父として、創造主として、孤独に、そして後悔と愛を抱えて。


終章 未来への継承


 カラクリ忍者たちは、天海の意志を受け継ぎ、戦い続けた。

 ユリは姉妹たちとともに、人と妖の狭間で刃を振るい、未来を切り開く。


 天海が遺した言葉、魂の痕跡は、彼女たちの胸の奥で生き続ける。

 そして、父が願った「娘の命を守る」夢は、カラクリ忍者たちの刃の先で現実となるのだった。


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