婚約破棄現場で追い打ちしてみた
「ヴィオラ、君との婚約は破棄させてもらう! 君のローレルへの悪行はあまりにも目に余る!」
「なんですって? そんな事実はありませんわ!」
貴族が通う学園の卒業パーティーで突如として行われた弾劾。
主役は、金髪で白タキシードを着たイケメンの我が兄上、第一王子。
その憤りの先には金髪ドリルで派手な赤のワンピースを着た伯爵令嬢、ヴィオラがいた。
そして、ヴィオラに怯えるように第一王子の裾を掴んで後ろに隠れる、黒髪の地味目の男爵令嬢ローレル。
これが最近流行りの婚約破棄ものかぁ。こんな催しをパーティーに入れるなんて結構この国はエンタメにも力を入れているのね。
なんて気楽な気持ちで見ていたが、自分はこんな催しが出されるなんて聞かされていなかった。
もしかして自分だけはみ出しものにされてる? なんて思っていたのも束の間。
周りの生徒たちのざわざわとした動揺から、これは周りの人にも知らされていない行為であったと認識。
僕だけはみ出しものにされていたわけじゃあなくてよかった。
でも、弟の僕にくらいは教えて欲しかったな。第一王子のお兄様よ。
「君がローレルをいじめていたという証拠は既に上がっている。今から罪状を読み上げる」
「そんな、罪なんて犯してませんわ! 事実無根ですわ!」
まてよ、もしかしてこれはいわゆるサプライズというものではないのか。
みんなに知らせていない状態でいきなりおこるハプニング。
盛り上がらないはずがない!!
「君は入学当初、僕に話しかけてくれたローレルに対して嫉妬の念を抱いたのか取り巻きたちを使って汚い言葉で攻めたそうじゃないか」
「それは、婚約者がいる身の人間に色目使って近づいて来たから注意しただけですわ」
「嘘をつけ。でなければローレルがこんなに怯えるはずがないだろ」
このサプライズに自分も乗ることができたら僕は一躍時の人。
この国、有数のエンターテイナーになるのも夢じゃない。
「まだ他にもある。ローレルが裏庭で歩いているところに君は汚水をかけた。これは多数の目撃もある」
「それは掃除で使用した汚水バケツは決まった時間に裏庭に捨てるっていう暗黙の了解があるじゃない。それを知らなかったローレル嬢が悪いのよ」
ただ、もし乗り方を間違えたら総スカンをくらってしまうだろう。
それではエンターテイナーになる夢も潰えてしまう。
「まだあるぞ。君は教科書を破いて捨てたそうじゃないか」
「それは知らないわよ。なくしたんじゃないの」
でも、ここで乗らねばエンターテイナーとしての名が廃る。
……今まで名乗ったことないけど。
「ヴィオラ嬢はローレル嬢に相当の恨みを持っていた。だからわざわざ教室に赴いて教科書を破いた。違うかい」
僕は悪役令嬢ヴィオラを弾劾している現場まで近づくために前へ出る。
そして、こういう場面ではお約束の、取り巻きによる糾弾を実行した。
いきなり出てきた僕に両者とも驚いたのか不思議な顔をしていたが、僕の意図に気付いたのかヴィオラ嬢はこちらを見て少し頷いた。
「そうですわね。見境もなくあなたのいる下位教室へとわざわざ出向いて教科書を破いたのかもしれないわね。賢い貴方らしい、いい推理ね」
ヴィオラ嬢がギロっとローレル嬢を睨む。
おや、ヴィオラ嬢に対する糾弾の手助けができたと思ったが、少々的外れの追及をしてしまったようだ。
次は外さないようにしないと。
「まさかローレルが自分で破いたとでも言うのか! 君なら命令だっていくらでもできるだろう。その証拠に君が命令した子が階段からローレルを突き落としたそうじゃないか」
演技とも思えないような憤慨をする我が兄第一王子。
なかなか演技力がすごいようで、もしかしたらこの先一番のライバルになるかもしれない。
そう思わされるくらいに迫真の演技だった。
「それは完全に出鱈目ですわ。そんなこと知りませんわ」
「惚けたって無駄だ。ここにはその命令を受けた哀れな被害者もいる」
第一王子がそう言うと、王子の後ろから黒髪ロングの少し暗い感じの子が出てきた。
第一王子の目配せを受け取ると、うんと頷き物悲しげな表情で語り出した。
「私、ヴィオラ様に命令されて逆らえなかった……こんなことしたくなかったのに脅されて……」
兄上たる第一王子は既に取り巻きという役者を用意していた。
その証言は僕に対する絶好のパス。
ならば、そのパスに応えられるような、最高の演技をしなければならない!
だから僕は更にヴィオラ嬢を追求をすべく、適切なスパイクを披露する。
「ローレル嬢のお友達ですら命令できるこの権力。それは命令をいくらでもできるということを証拠付けている!」
僕の言動にヴィオラ嬢がこちらに顔を向け、やるわね、とぴくり眉毛をあげる。
どうやら正解だったようだ。
ああ、自分の才能が憎いね。
「ま……まだだ、決定的なものがある! 実戦演習で大型の魔物と敵対した際に突き飛ばして怪我をさせたそうじゃないか! 今でもその時の傷が残っている。これは何よりの証拠だ!!」
第一王子はローレル嬢のスカートを少し捲ったかと思うと、足にある黒い痣のようなものを見せつけてきた。
催しのためとはい、そんなはしたないことをするとは……。
兄上は本気なのだな。
エンタメ業界で成り上がるために何でもするというその心意気、流石としか言えようがない。
だが、ライバルとはいえ、僕も同じく、いずれエンタメ業界を盛り上げる身。
兄上の覚悟に負けぬよう、僕も追随することにした。
「攻撃を庇うためとはいえ、令嬢を突き飛ばすなんて顔に傷がついたらどうする。顔の傷なんて一生の恥になるんだぞ! ローレル嬢は傷つくくらいなら死んだほうがいいという高潔な方なのだ。それを踏み躙るなど許せんぞ!」
「さっきからどうしたんだ弟よ。私のことが嫌いだったのか?」
けれども、第一王子からの反応は思ったものではなかった。
もしかしたら単に僕がこの演劇にタダ乗りしようとしていると勘違いしているのではないか。
そう考えた僕はちゃんとその考えを訂正させる発言をする。
「むむ、失敬な。好きだからこそ話に乗ってるんじゃないですか」
僕の発言に第一王子は困惑。
兄弟は一番近い他人っていうし理解されないこともあるか。
でも、ヴィオラ嬢は理解してくれてるからそんなに間違ってないはず。
「そうね。そんなに死にたかったのなら庇わない方が良かったですわね」
「な!? そんなにも非情なことをよく言えるな!?」
「貴方がそう言わせたのじゃない。もしかして、心の底ではそう思ってたんじゃないのかしら? ローレル嬢が消えれば良かったと」
「王子!? 私を愛しているというのは嘘だったの!?」
衝撃の事実を知ったというように、ローレル嬢は口を手で覆い、第一王子に対して丸くした目を向けていた。
「いや! そんなことはない!」
「では、貴方の言ったことは嘘だったということかしら?」
「そんなわけないだろう!」
第一王子の力強い否定。
「嘘じゃないってどういうことよ!」
今度はヴィオラ嬢が憤った目を向けていた。
そこには猫を被った様子はなく、荒々しい本性が垣間見える。
「い……や……。そうだ。嘘だ。だからローレルへの想いは本物だ!!」
「じゃあさっきのは?」
「あ……それは……」
嘘と言えばローレル嬢への断罪は出鱈目となる。
本当といえば、ローレル嬢への愛が疑われる。
繰り返し、繰り返し第一王子はローレル嬢へと弁明を繰り返す。
その度に第一王子に対する不信感は高まり、ローレル嬢にとどまらず周りへと伝播していく。
「やっぱり、ヴィオラ様はそんなことしていなかったのね」
「何というか、情けないな」
「ローレル嬢も怒鳴ってばかり。お里が知れるわ」
「ある意味、お似合いじゃない?」
広がる不信感はやがて会場全体を支配する。
今やヴィオラ嬢を糾弾する目はなく、第一王子に対する疑心でいっぱいだ。
「あんな証拠じゃあ結果は見えていただろうに……。貴方がこんなにも馬鹿だとは思ってもいなかったわ……」
ヴィオラ嬢は額に手をやり、はぁ、とため息をつく。
「どうやら私の好意も全て逆効果のようでしたし。ちょうどいいわ。あなた様との婚約破棄受けてさしあげます。では私はこれで」
もうここに用はないと、踵を返し背中を見せるヴィオラ嬢。
「待て! まだ話は終わっていない! 逃げるな!」
衆人環視に蔑まれる中、第一王子はヴィオラ嬢の方へと手を伸ばし、まだ醜く争う姿勢を見せていた。
このままでは醜聞だけが広まってしまうと。
それは避けなばならないと。
だが、もはや取り合うつもりはないと、ヴィオラ嬢は軽く身を翻し、腰に手を当てていた。
「待て? 待つわけないでしょう。貴方から始めておいて今更話し合うことはないわ。でも、そうね……。貴方のお父上、国王陛下と同席なら話を聞いてあげてもいいわよ」
「それはダメだ! 父上は忙しい身だからな!」
「そう言って、どうせ今回の件を知られたくないから同席してほしくないのでしょう? 国王陛下のお決めになった婚約を自分の名誉を傷つけずに解消するため、多くの味方をつけて公然の事実としたかった。……できなくて残念ね?」
「違う!」
「それなら、国王陛下と同席されてもよろしいでしょうに」
「……ッ」
図星を突かれたかのように押し黙る第一王子。
それに同情することなく、ヴィオラ嬢は尚も畳み掛けようとしていた。
「同席されれば国王陛下からは私情で勝手に婚約を破棄した恥晒しだと思われ、そのまま私を出ていかせばいずれ国王陛下に事実を知らされてしまう。選択肢よりどりみどりですわね」
私と違って選択肢があるだけマシでしょう? まあ、二択しかないし、末路は同じなのだけれどね。
案にそう言っているようであった。
「では、お幸せに」
再び、ヴィオラ嬢は第一王子とはもう取り合わないという風に大きく後ろに振り向く。
「……婚約破棄の話ならまだ保留にしておいてやる! だから話を聞け!」
もう切れる手札はこれしかないと、自分の思う唯一の武器を持ち出す第一王子。
「ちょっと! 私を王妃にする話っていうのはどうなんのよ!!」
しかし、それに効力はなく、ローレル嬢に刺さるだけであった。
王妃の話が白紙にされる。
焦ったローレル嬢は、猫を被っていたことを最早隠す気がないような、素っ頓狂な声をあげる。
「今はそれどころじゃない!」
「それどころじゃない!? よくそんなことが言えるわね!?」
やいのやいのと最早周りを気にせず言い合う二人。
「もっとも、その様子だと長くは続かなさそうね」
振り返らずとも想像できるその現場に向けて一言そう吐き捨てると、ヴィオラ嬢はバルコニーの方へとスタスタ向かっていった。
舞台は終わり、まばらな喧騒が会場を包みだす。
これで僕のここでの演劇も終幕というわけだ。
アドリブに対する群衆の評価が気になる。
だがそれ以上にヴィオラ嬢の評価が聞きたいのも本心。
少し頭を悩ませ、心の向くまま、僕もヴィオラ嬢と同じくバルコニーへと向かっていく。
そこでは手すりにもたれて両手を腰の前に置き、こちらを向いているヴィオラ嬢がいた。
「第二王子様、なかなかよかったですわよ。私もうんざりしてたのよ。けれどもよく私の思いを理解できましたわね。さすがですわ」
笑顔で話しかけてくるヴィオラ嬢。
これはなかなか高評価の様子。頑張った甲斐があったものだ。
「いえいえ、私もこの国に席を置く存在。これくらいできなければ名が廃るってもんですよ」
きちんと評価してくれたことにお礼をするためにも右腕を曲げてお腹の前に持っていき、感謝のポーズをとる。
「そう言ってくれると頼もしいですわ。そうですわ! これからは私と一緒に頑張りませんか? さっきの第二王子の鮮やかな対応を見て感動致しましたのよ。それに、前々から良い人だと思っていたの。……どうかしら」
まさかのスカウトまでされた。
ヴィオラ嬢は目を潤わせ、頬を上気させている。
堂々とした言動に反して、表情は緊張を漂わせたものを感じさせ、加速する心臓の鼓動がこちらにも聞こえてきそうだった。
意を決したヴィオラ嬢からの問いかけ。
その質問への答えは決まっている。
「もちろん喜んでお受けいたします」
僕の返事を聞くと、それまでの険しい表情からは想像もつかないような柔和な笑みを浮かべる。
小躍りするような小刻みな足のステップは彼女の反応をより一層と際立たせる。
──まるで、憧れの人との婚約が成功したかのような反応を。
「了承してくれて嬉しいですわ。不束者ですがどうぞよろしくお願いします。あなた」
「これからもエンターテイメントを盛り上げていきましょう!」
「え?」
「え?」
「「…………え?」」
Q.汚水を地面にそのまま捨てるなんてことある?
A.異世界だしあるんじゃないでしょうか