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#48 蒼き血の魔物は王女を狙う


 エクリプス王国からの帰途。

 険しい山道を進む馬車の車輪が、硬い岩肌を軋ませる。

 鬱蒼と茂る木々の間から、冷たい風が吹き抜けた。


 この道を通るのは二度目だった。

 行きにも、魔物が現れた場所だ。

 馬車には隠れ身の魔法がかけられていたが、それでも一部の魔獣には通じなかったのだ。

 初めて見る、青い血を持つ、翼を持つトカゲのような魔物。


 バスチアンは、客車から降り、御者と共に御者台に座っていた。

 背後には、エミール率いる護衛騎士たちが、ぴたりとセシルの馬車を囲んでいる。


 慎重に進んでいたその時——森の奥から、何かが跳ねるような音がした。

 一瞬の静寂。


「来るぞ!」


 警戒の声が上がると同時に、飛び出してきたのは、小鹿ほどの大きさの魔物だった。

 ざらついた鱗、しなやかな四肢。

 長い尾をしならせ、獲物を狙うようにじりじりとにじり寄る。


 エミールが即座に剣を抜いた。

 一閃——光が走り、魔物の首が宙を舞う。


 どすっ、と地面に落ちる肉塊。

 飛び散るのは、鮮やかな青の血。


「……やはり、行きと同じ魔物ですね」


 エミールが警戒しながら呟く。


「今回も、セシル王女の馬車を狙っていた」


 バスチアンは鋭く言った。

 何かがおかしい。

 魔物の狙いは、偶然ではないのではないか?

 そう考えた瞬間——ある伝承が脳裏をよぎる。


 ——蒼き血の魔物は、王族の血を求める。


 バスチアンは即座に決断する。


「……王女殿下を、先に安全な場所へ転移させます。」


 国境を超えたらすぐに。

 侍女のクロエを後方の馬車に移し、セシルは一人で馬車に残る。


 国境まで、あと少し——


 そう思った矢先だった。


 轟音。


 闇の奥から、黒い影が一斉に跳ね上がる。


 今度は、一頭ではなかった。

 何頭も。何十頭も。


 跳躍する魔物の群れが、馬車の屋根を覆い尽くす。


 騎士たちが剣を抜き、次々に斬り伏せていく。

 だが——それでも、多すぎる。


 そして——


 鈍い音が響いた。


 魔物の鋭い爪が、馬車の連結部を引き裂く。


 瞬間……セシルの乗る客車が、弾かれるように宙を舞った。

 馬の悲鳴、砕け散る木の枝、舞い上がる土埃——


 エミールが客車に飛び込む。

 その腕が、セシルを抱きかかえた。


 バスチアンは即座に飛び上がった。

 客車の屋根を蹴り、手を広げ………力強く結界の呪文を唱える。


 次の瞬間、護りの魔法が展開される。


 客車が、ゆっくりと崖の下へと落ちていく。

 ふわりと客車が着地する。

 結界の向こうで魔物が飛びまわりながら、結界が切れるのを狙っていた。


 セシルが馬車を降りる。

 バスチアンの姿がない。


 振り返ると、大木の下。

 彼はまだ結界を張ったまま、膝をつき、額に汗を滲ませていた。


「兄さん……!」


 エミールが助けに駆け寄り、結界に力を足そうと手を伸ばした。


「……いや……待て、エミール……」


 バスチアンが、震える声でそれを制した。


「……王女殿下をお守りしたのは、いい判断だった。」


 エミールが歯を食いしばる。


「兄さん、交代する……!」

「今はだめだ……もう、間に合わない。」


 彼は息を整え、鋭く指示を与える。


「王女殿下を連れて、転移しろ。行き先は、シャルトリューズ公爵家だ。少し遠いが……できるか?」


 エミールは唇を噛んだ。


「………できる……と思います。」


「……と思う、だと?」


 頼りないな、と、バスチアンはかすかに笑う。


「ああ、わかった。少し手伝ってやるから……。」

「え……?」

「ここで転移魔法陣を展開しろ。

 無理はするな。お前が一番得意なやつでいい。全力でやれ。」


 エミールが不安げに頷いた。

 バスチアンは、目を伏せる。


「早くしろ。王女殿下を守れ。それが、お前の仕事だ。」


「何言ってるの!? ティアン! わたくし、ひとりで逃げるなんてできないわ!」


「魔物は王女殿下を狙っているのです。ですから、王女殿下が転移して下されば、皆の命が助かります。

 どうぞ、ご協力を。」


 バスチアンが冷静に言い放つ。

 だが、セシルはまだ首を振った。


「でも……っ!」

「では……少しだけ、魔力切れの処置を…していただけますか?」


 バスチアンが苦しげに微笑む。

 その言葉に、セシルは目を見開き——


 次の瞬間、衝動のままに彼へと飛びついた。

 ぎゅっと、その唇に、自分の唇を押し付ける。

 必死で、少しでも、彼の力の足しになるように、と祈りを込める。


「王都で、待ってるわ。生きて帰って……!」

「それがお望みでしたら………必ず。」


 苦しげな息の間で彼が呟く。


「兄さん……っ!」


 振り返ると、エミールの周りで、緑色の魔法陣が地面に展開されていた。


「さあ、行って!」


 セシルは、バスチアンの首にしがみついて、ふるふると首を振る。

 嫌だ。

 置いていきたくない。


「……セシィ。俺を信じて……。」


 バスチアンが、優しく、なだめるように、セシルの耳元で囁く。

 そして彼女の腕を引きはがし、思い切りエミールの方に突き飛ばした。

 エミールの腕が、しっかりとセシルの身体を抱きかかえる。


「エミール! 三数えたら結界を解く。

 その後、魔法陣に力をやるから、自分のタイミングで行け。」


 バスチアンはエミールを見据え、言葉を続ける。


「王女殿下を『まるごと』王都に連れていくんだぞ。半分じゃなくて。いいな!」

「王女殿下のお身体に、傷ひとつなく送り届けます!」


 二人の間に、兄弟だけに通じる冗談めいたやりとりが交わされる。

 だが、同時に——それは、まるで別れの合図のように響く。


 ——1……2……3…!


 結界が解かれた。


 バスチアンが魔法陣に手を突く。

 瞬間——魔法陣が黄金に輝く。


 その光に気づいた魔物たちが、一斉に飛びかかってきた。

 耳を裂くような轟音。


「ティアンっ!!」


 エミールの腕の中から、必死で手を伸ばす。

 腕を伸ばしても、指先は何も掴めない。


 次の瞬間——


 視界が、歪んだ。

 

 届かない指先で、バスチアンが微笑む。

 この上なく優しく。

 唇が小さく動く。


 ——セシィ、泣かないで……。


 最後に見えたのは、バスチアンの金色の髪。

 その上に、暗い影が降りかかり、覆い尽くしていく光景。


 ——そして。


 セシルは、エミールに連れられて、その場から転移した。


  

あと少し……お付き合いください☆

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