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#37 星降る夜の聖なる誓い

 

 暖炉のそばの、温かなソファの上で。


「今夜こそは、ゆっくり……愛し合いたかったんだけど……。」


 バスチアンの指先が、手早くセシルのナイトドレスを下ろしていく。

 ふわり、と肌が空気に触れる。


 そのまま、彼の手がそっと彼女の肌を彷徨う。


「待てない。」


 低く、掠れた声。

 そして、一拍。


「……ごめん。」


 それでも。

 彼は忘れずに、彼女のお腹にそっと手を当てた。


 指先から滲み出る、温かな魔力。

 低く柔らかな保護の呪文が、静かに紡がれる。

 この夜に、彼の子を宿すことがないように。


 静かに広がる魔力の光が、セシルの身体にじんわりと馴染んでいく。

 その感覚を感じながら、彼女はほんの少し、想いを巡らせた。


 ――もし、この光を拒めたなら。


 一瞬だけ。

 濃い金髪に、真紅の瞳をした愛らしい子を抱く、自分の姿を思い浮かべた。


 けれど。

 セシルとバスチアンの未来には、そうした穏やかでにぎやかな幸福は許されていない。

 それは、決して手に入らないもの。


 だから、彼女は手を伸ばさない。


「セシィ……何を考えているの?」


 耳元で、優しい囁き。


 はっとして、彼を見つめる。

 バスチアンの瞳の中に、揺らめくセシルが映っている。


 ほんのわずかに、不安そうな……。

 その表情を見た瞬間。


「ティアン……愛してるわ。」


 思わず、ぽつりと零れていた。

 自分でも驚くほどに自然に。

 それは、嘘偽りのない、心の底からの想いだった。


 バスチアンが、一瞬だけ驚いたようにまばたきをする。

 まるで、思いもよらなかったかのように。


 彼は何かを言いかけて、けれど、すぐに言葉を飲み込んだ。

 睫毛が伏せられ、沈黙が落ちる。


 静寂が、二人の間を優しく包む。


 それでも彼が今、セシルの熱を求めてくれるなら。

 たとえ、それが「恋の教授」としての役目のひとつだとしても。


 ――今だけは、彼の恋人として、愛されていると夢を見たい。


 セシルは静かに、目を閉じた。

 心のすべてが手に入らないのだとしても。

 愛しさは消えなくて。


「ね、ティアン。わたくしを……楽しませて?」


 セシルは明るい声で誘う。

 けれど、その微笑みがほんの少し震えていたことに、バスチアンは気づいただろうか。


 そのとき……


「君を……幸せにする………。」


 掠れた、喉から絞り出すような声が、耳元に落ちた。

 それはまるで、心の奥底から滲み出た言葉のようで……。


 セシルは、一瞬、息をのむ。

 言葉が、夜の静寂に深く沈んでいく。


「君が、世界中の誰よりも……幸せになれるように……。」


 彼は、何かと戦うように、一語一語を噛みしめる。

 何か、大きな覚悟したかのように。


「誓うよ。」


 それは、彼が結婚を約束する言葉ではないと、わかっている。


 それでも。

 胸の奥に、温かいものが広がった。


「………嬉しい。」


 彼に大切にされている。

 それが伝わるだけで、十分だった。


 熱い雫が頬を伝う。

 それを、そっと受け止めるように――

 バスチアンの唇が触れた。


「だから……今夜は……俺を、感じて……。」


 なぜ今日の彼は、こんなにも切なくキスをするのだろう……。


 唇が重なり、

 バスチアンの指先がセシルの肌をなぞる。


 けれど、触れ合うたびに、

 まるで彼が、いまにも、どこかへ行ってしまいそうな気がして。


 この手を離してしまったら、

 もう二度と届かなくなってしまうような――そんな気がした。


「……セシィ……。」


 低く囁く声が、耳のすぐそばで震える。


 そのまま、彼の唇が頬を伝い、喉元へと滑り落ちる。

 熱を帯びた吐息が肌をくすぐるたび、胸の奥がじんと熱くなる。


「……ティアン……?」


 返ってきたのは、囁きではなく――


 もう一度、深く、深く、求めるようなキスだった。


 すべてを託すように。

 何かを確かめるように。

 今この瞬間の温もりだけは、決して嘘ではないのだと伝えるように。

 

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