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#35 星の鍵と囚われのバルコニー


 その日の夜。

 簡単な歓迎の晩餐があった。


 エクリプス王国の食文化は、リュミエールとはまた異なる独特の趣がある。

 食卓には、きらきらと光る宝石のような果実や、香ばしく焼かれた肉料理、繊細な香草の香りが漂うスープが並び、そのどれもが、これまで味わったことのない風味を持っていた。


 中でも驚いたのは、エクリプス特産の「星の果実(エトワリス)」と呼ばれる淡い銀色の果物だった。

 一口かじると、甘やかな果汁が口いっぱいに広がり、ふんわりとした花の香りが鼻を抜ける。


 夜に食べると甘さが増す不思議な果物で、結婚式の祝い事には欠かせないのだという。

 なんとかして苗を手に入れて、リュミエールの王宮の温室にもぜひ植えたい。


*******


 お腹いっぱいに満たされて部屋に戻ったセシルは、塔の最上階にある自室のバルコニーに佇み、眼下に広がる光景に息を呑んだ。

 エクリプス王国の王都は、夜の闇に浮かぶ星の海のようだった。


 いくつもの尖った三角の屋根が夜空に突き刺さるようにそびえ立ち、そこに灯る無数の明かりが、まるで星々のように煌めいている。

 その姿は、まさしく『星降る尖塔の都』という呼び名にふさわしかった。


「……綺麗……。」


 異国の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、セシルはしばし酔いしれるように街を眺めた。


 そして、部屋に戻ろうとした、そのとき……


  カチリ


 鈍い音が響き、目の前で扉が静かに閉まった。

 青い光を放つ魔法陣が扉に浮かび上がる。


「……え?」


 セシルは戸惑いながら扉に手をかけた。

 押しても、引いても、まったく動かない。


 まさか……!?


 彼女の脳裏に、昼間に聞いた話がよみがえる。

 この離宮の塔には、魔法による入室管理の仕組みが組み込まれている。

 部屋の正規の使用者であっても、鍵を持たない状態で扉に触れると、自動的に『不審者』と判断され、ロックがかかり、扉が開かなくなってしまうのだ。

 各国の要人を迎えるために、今回わざわざ開発されたのだという。


「嘘……でしょう……?」


 セシルは扉を叩いた。しかし、無情にも扉はびくともしない。


 窓越しに部屋の中を覗くと、星の形をした部屋の鍵が、サイドテーブルの上できらきらと輝いていた。


 この事態をバスチアンに知られるのは、できれば避けたい。

 昼間、あんな会話をしたのだから、きっとセシルがわざと閉じ込められたと思うに違いない。

 それも、部屋の中ではなく、バルコニーに。


 セシルは夜風に身を震わせた。

 ナイトドレスに薄手のガウンを羽織っただけの格好では、夜の冷気が肌に突き刺さる。

 眼下を覗き込めば、遥か遠くに広がる石畳の街路が見え、くらくらするほどの高さを実感する。


 こんなところで、一晩過ごすなんて……!

 このままでは、朝までに冷え切ってしまう。


 護衛を呼ぼうかと思ったけれど、エミールの部屋は1階だ。

 そもそもこの装いを、近衛騎士に見られるわけにはいかない。


 しかたがない。

 やはり、バスチアンに助けを求めるしかないのだ。


 問題は、どうやって気づいてもらうかだ。

 他の人に知られては困るから、声を張り上げるのは躊躇われた。


 身を乗り出して、塔の構造を確かめる。


 尖塔はらせん状に作られており、バスチアンの部屋のバルコニーは、すぐ下にあるが、少しずれた位置にある。

 何かを落として気づいてもらうのは?


 足元のバルコニーの床は、綺麗に掃除されていた。

 窓に投げて音を立てられるような石などは、ひとつも落ちていない。

 自分の身に着けているものを見渡しても、固いものといえば、バスチアンからもらった赤い宝石の指輪のネックレスだけだ。

 さすがにそれを投げるつもりにはなれなかった。


 セシルはもう一度、下の階のバルコニーを見下ろした。


 ……距離は、それほど遠くない。慎重に飛び移れば……届くはず。


 セシルは柵をしっかり握りしめ、そろりと足を掛ける。

 心臓の鼓動がいやに大きく響く。


「い、いける……はずよね……?」


 深く息を吸い込み、意を決して体を支えながら、バスチアンのバルコニーへと飛び移ろうとした、その瞬間……


「きゃあああっ!!」


 足を滑らせ、バルコニーの柵にぶら下がる形になってしまう。


 冷や汗が背筋を伝う。

 頼りない指の力だけでつかまる状態では、長くは持たない。


 お、落ちる……!!


 そのとき……


  ガタンッ!


「王女殿下!?」


 蒼白な顔をしたバスチアンが、バルコニーの扉を勢いよく開け、飛び出してきた。

 次の瞬間、セシルの体がふわりと宙を舞い、しっかりと抱きとめられる。


「っ……!」


 温かい。

 震えていた体が、一瞬にして安堵に包まれた。


 バスチアンは軽々と彼女を両腕で抱きかかえ、安堵と怒りが入り混じったような表情で彼女を見下ろした。


「一体、何をなさっていたのです?」

「………締め出されちゃったの。」

「……………。」


 バスチアンは、セシルの部屋のバルコニーを見上げた。

 状況を把握して短く息を吐くと、セシルを自分の部屋へと運び入れる。

 そして……片手でポイッと無造作に、自分の部屋の鍵をバルコニーに投げ捨てた。


  チャリン。


 星の形の鍵が、乾いた音をたてて、バルコニーの床で煌めく。


「え?」


 次の瞬間――カチリ。


 バスチアンが、後ろ手で扉を閉めた。


「……お望み通り、閉じ込められました。」


 愉悦を滲ませた声とともに、バスチアンはゆるく笑う。

 そしてそのまま、セシルを抱きしめた。

 

  

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