#23 王妃様にバレました
そう言ってバスチアンは、本当に向こうを向いてしまった。
「ちょっと待って、ティアン……お願い……ひとりでなんて無理よ。」
その声は震え、切実に響く。
セシルの瞳は涙に濡れ、頬は羞恥に赤く染まっていた。
「……もう耐えられないの……!」
身体の奥から湧き上がる感覚が羞恥心をかき消し、セシルは思い切ってバスチアンの袖を掴む。
「お願い! 助けて……ティアン!」
彼の前に回り込み、その胸に顔を埋めて、セシルは震えながら懇願した。
その震えは全身に伝わり、バスチアンの心にも痛みを与えたようだった。
「……王女殿下。」
彼は困ったように小さく息をつき、セシルの背にそっと腕を回した。
震える彼女がしがみつくと、胸元に感じる緊張が彼自身の反応を伝えてくる。
それは、バスチアンもまた媚薬の影響に抗えずにいるのだと気づかせ、セシルの内にくすぶる熱をさらにあおった。
バスチアンはそれ以上彼女に触れないように身を引いた。
けれど、振り払うことだけはしなかった。
「ああ……泣かないで。君が泣くのは……つらい。」
彼はセシルの髪に唇を押しあて、苦しげに息を吐いた。
そして、少し震える穏やかな声で、彼女に囁く。
「……いいよ、リア。君を楽にしてあげる。」
やっと、親しい呼び方で語りかけてくれた彼に、セシルは潤んだ瞳で見上げた。
身体の辛さにぶるりと震えながらも、安心したように小さく微笑む。
バスチアンは、セシルをソファへと優しく横たえた。
クッションに背中が触れるだけで、セシルの中心は期待に甘く震える。
「リア……今は、とにかく早く君の熱を逃すよ。誰かに見つかる前に。
急いでやるから、もし辛かったら……言って。」
セシルは頷き、瞳を閉じ、すべてを彼に委ねた……。
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どれくらい経ったのだろうか。
セシルは、バスチアンの腕の中で余韻に揺れていた。
肩を上下させて呼吸を整えながら、彼の胸に顔を埋める。
けれど、その下で高鳴る鼓動にふと気づいた。
バスチアンは彼女をそっと抱き寄せ、額に落ち着いた口づけを落とした。
だが、その指先にはかすかな震えが残っていた。
「……リア、少し、おさまった?」
耳元で囁く声は掠れていて、普段の冷静さはなかった。
セシルは潤んだ瞳で彼を見上げるも、すぐに言葉を失ってまた胸元に顔をうずめる。
「……あの、わたくし……」
涙混じりのか細い声に、戸惑いと恥じらい、そして彼への感謝が滲んでいた。
「大丈夫だよ、リア。……君は、とても可愛かった。」
バスチアンは優しく髪を撫でながら、静かに息を吐いた。
けれど、その息づかいはまだ不自然に浅かった。
「でもね……覚えていて。聖水なんかなくても、俺は……君を気持ちよくさせてあげられる。」
その声は冗談めいて、けれど本当に優しかった。
セシルの胸の奥で張り詰めていた何かが、そっとほどけていく。
セシルは彼の胸にぎゅっとしがみついて、小さく呟く。
「ティアン……ありがとう。」
バスチアンは何も言わず、代わりに彼女を抱きしめる腕を強めた。
その温かさに包まれながら、セシルはようやく全身の力を抜く。
彼はそっと立ち上がり、セシルを抱き上げた。
「では……セシル王女殿下、お部屋までお運びしましょう。」
その穏やかな声に、セシルは頬を染めつつも、静かに頷いた。
彼の胸の鼓動が心地よく耳に響く。
ふと、目の前で彼の喉がわずかに上下する。
奥歯を噛み締めるようなその仕草に、彼の感情が透けて見えた。
「ティアン?」
小さく問いかけると、バスチアンは一度目を閉じてから、いつもの穏やかな瞳で返した。
「失礼致しました。参りましょう。」
けれど、噛み締めた歯の間から発した声が、低く……掠れていた。
セシルのドレスの裾がふわりと彼の脚元に散る中、彼女を抱き上げたまま静かに歩き出す。
そのとき……。
「あら……?」
書架の間から軽やかな声が響いた。
そこに立っていたのは、王妃様だった。
セシルは慌てて降りようとしたが、バスチアンはそのままの体勢で一礼する。
王妃様はやや驚いたように問いかけた。
「フレアベリー宮廷外務官と……あら、セシル様?」
視線がセシルとバスチアンを往復し、彼の左耳のピアスを見て、目を見開く。
「まぁ……。」
小さな沈黙のあと、頬に赤みを帯びた王妃の表情に、察するような微笑みが浮かんだ。
「えっ……? でも、その………図書館で……? まさか……。」
その声はどこか含みを帯び、視線を逸らしつつも、ふたりに戻ってくる。
バスチアンは静かに答える。
「王妃陛下、このままの体勢で失礼いたします。
王女殿下のご体調が優れず、お部屋までお運びするところでございます。」
王妃は小さく目を見開いたが、すぐに穏やかに頷いた。
「……わかりました。それではすぐにお連れになって。」
けれど、その瞳にはかすかな笑みが宿っているようだった。
そして……。
「フレアベリー卿。」
「はい、王妃陛下。」
「セシル王女をお送りになられた後、わたくしの部屋へいらっしゃいませ。
王宮内での作法について、改めてお話ししておきたいことがあります。」
その声には、どこか含みをもたせた響きがあった。
「かしこまりました、王妃陛下。」
王妃様はミルクを飲んだ猫のように満足げに微笑むと、書架の奥へと去っていった。
バスチアンが小さく囁く。
「……王妃陛下、お気づきになられましたね。」
その声に、不快さはなかった。
セシルは安心して、小さく息をつき、彼の首に回した手でそっと首筋をくすぐる。
「……わたくしは、構わないわ。」
バスチアンがふっと笑った。
それだけで、セシルは心から幸せだった。