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#23 王妃様にバレました

 

 そう言ってバスチアンは、本当に向こうを向いてしまった。


「ちょっと待って、ティアン……お願い……ひとりでなんて無理よ。」


 その声は震え、切実に響く。

 セシルの瞳は涙に濡れ、頬は羞恥に赤く染まっていた。


「……もう耐えられないの……!」


 身体の奥から湧き上がる感覚が羞恥心をかき消し、セシルは思い切ってバスチアンの袖を掴む。


「お願い! 助けて……ティアン!」


 彼の前に回り込み、その胸に顔を埋めて、セシルは震えながら懇願した。

 その震えは全身に伝わり、バスチアンの心にも痛みを与えたようだった。


「……王女殿下。」


 彼は困ったように小さく息をつき、セシルの背にそっと腕を回した。

 震える彼女がしがみつくと、胸元に感じる緊張が彼自身の反応を伝えてくる。


 それは、バスチアンもまた媚薬の影響に抗えずにいるのだと気づかせ、セシルの内にくすぶる熱をさらにあおった。


 バスチアンはそれ以上彼女に触れないように身を引いた。

 けれど、振り払うことだけはしなかった。


「ああ……泣かないで。君が泣くのは……つらい。」


 彼はセシルの髪に唇を押しあて、苦しげに息を吐いた。

 そして、少し震える穏やかな声で、彼女に囁く。


「……いいよ、リア。君を楽にしてあげる。」


 やっと、親しい呼び方で語りかけてくれた彼に、セシルは潤んだ瞳で見上げた。

 身体の辛さにぶるりと震えながらも、安心したように小さく微笑む。


 バスチアンは、セシルをソファへと優しく横たえた。

 クッションに背中が触れるだけで、セシルの中心は期待に甘く震える。


「リア……今は、とにかく早く君の熱を逃すよ。誰かに見つかる前に。

 急いでやるから、もし辛かったら……言って。」


 セシルは頷き、瞳を閉じ、すべてを彼に委ねた……。


*******


 どれくらい経ったのだろうか。

 セシルは、バスチアンの腕の中で余韻に揺れていた。

 肩を上下させて呼吸を整えながら、彼の胸に顔を埋める。

 けれど、その下で高鳴る鼓動にふと気づいた。


 バスチアンは彼女をそっと抱き寄せ、額に落ち着いた口づけを落とした。

 だが、その指先にはかすかな震えが残っていた。


「……リア、少し、おさまった?」


 耳元で囁く声は掠れていて、普段の冷静さはなかった。

 セシルは潤んだ瞳で彼を見上げるも、すぐに言葉を失ってまた胸元に顔をうずめる。


「……あの、わたくし……」


 涙混じりのか細い声に、戸惑いと恥じらい、そして彼への感謝が滲んでいた。


「大丈夫だよ、リア。……君は、とても可愛かった。」


 バスチアンは優しく髪を撫でながら、静かに息を吐いた。

 けれど、その息づかいはまだ不自然に浅かった。


「でもね……覚えていて。聖水なんかなくても、俺は……君を気持ちよくさせてあげられる。」


 その声は冗談めいて、けれど本当に優しかった。

 セシルの胸の奥で張り詰めていた何かが、そっとほどけていく。


 セシルは彼の胸にぎゅっとしがみついて、小さく呟く。


「ティアン……ありがとう。」


 バスチアンは何も言わず、代わりに彼女を抱きしめる腕を強めた。

 その温かさに包まれながら、セシルはようやく全身の力を抜く。


 彼はそっと立ち上がり、セシルを抱き上げた。


「では……セシル王女殿下、お部屋までお運びしましょう。」


 その穏やかな声に、セシルは頬を染めつつも、静かに頷いた。

 彼の胸の鼓動が心地よく耳に響く。


 ふと、目の前で彼の喉がわずかに上下する。

 奥歯を噛み締めるようなその仕草に、彼の感情が透けて見えた。


「ティアン?」


 小さく問いかけると、バスチアンは一度目を閉じてから、いつもの穏やかな瞳で返した。

 

「失礼致しました。参りましょう。」


 けれど、噛み締めた歯の間から発した声が、低く……掠れていた。

 セシルのドレスの裾がふわりと彼の脚元に散る中、彼女を抱き上げたまま静かに歩き出す。


 そのとき……。


「あら……?」


 書架の間から軽やかな声が響いた。

 そこに立っていたのは、王妃様だった。


 セシルは慌てて降りようとしたが、バスチアンはそのままの体勢で一礼する。

 王妃様はやや驚いたように問いかけた。


「フレアベリー宮廷外務官と……あら、セシル様?」


 視線がセシルとバスチアンを往復し、彼の左耳のピアスを見て、目を見開く。


「まぁ……。」


 小さな沈黙のあと、頬に赤みを帯びた王妃の表情に、察するような微笑みが浮かんだ。


「えっ……? でも、その………図書館で……? まさか……。」


 その声はどこか含みを帯び、視線を逸らしつつも、ふたりに戻ってくる。


 バスチアンは静かに答える。


「王妃陛下、このままの体勢で失礼いたします。

 王女殿下のご体調が優れず、お部屋までお運びするところでございます。」


 王妃は小さく目を見開いたが、すぐに穏やかに頷いた。


「……わかりました。それではすぐにお連れになって。」


 けれど、その瞳にはかすかな笑みが宿っているようだった。


 そして……。


「フレアベリー卿。」


「はい、王妃陛下。」


「セシル王女をお送りになられた後、わたくしの部屋へいらっしゃいませ。

 王宮内での作法について、改めてお話ししておきたいことがあります。」


 その声には、どこか含みをもたせた響きがあった。


「かしこまりました、王妃陛下。」


 王妃様はミルクを飲んだ猫のように満足げに微笑むと、書架の奥へと去っていった。


 バスチアンが小さく囁く。


「……王妃陛下、お気づきになられましたね。」


 その声に、不快さはなかった。

 セシルは安心して、小さく息をつき、彼の首に回した手でそっと首筋をくすぐる。


「……わたくしは、構わないわ。」


 バスチアンがふっと笑った。

 それだけで、セシルは心から幸せだった。

  

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