表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/60

#22 ご自身で……できますか?

 

「……び、媚薬?」


 セシルはすぐに意味を理解できずに戸惑う。


「はい。」


「……えっ……ええっ!? でも、司祭様が下さったのよ!?」


 驚きの声を上げ、思わずバスチアンを見つめた。

 それはあまりにも現実味がなく、彼女は思わず口元を手で覆った。

 頬が真っ赤に染まり、目をぱちぱちと瞬かせている彼女の姿に、バスチアンは思わず口元を小さく緩めた。


「司祭が祝福した水なのでしたら、それは『聖水』です。

 ただし、『聖水』の解釈は司祭次第、ということになりますね。」


 バスチアンは冷静に説明しながら、目を伏せてため息をつく。

 セシルはそれを聞きながらも、どこかふわふわとした気持ちが収まらない。

 彼の声を聞くだけで、身体に熱が伝わっていくような……そんな妙な感覚に襲われていた。


「ペレル司祭は、この『聖水』について何と説明しましたか?」


「ええと……たしか……『心を解き放ち、真実の想いを受け入れる力がある』って……。」


 セシルは顔を赤らめながら、落ち着かない様子で言葉を紡ぐ。


「……間違ってはいませんね。ペレル司祭は、嘘はついていない。

 ただそれは、私達が定義するところの『媚薬』だというだけで。」


 バスチアンの表情には苦々しさが混じっていた。

 一方で、セシルの中では、熱がどんどん増していく。

 彼の冷静な言葉が耳に届くたびに、どうしようもなく彼に近づきたくなって……。


「王女殿下。」


 ふいにバスチアンの声が、セシルの胸の中で跳ね返る。


「今、お部屋にお帰りになるのは少し難しいでしょう。

 さらに、この部屋は魔術師団の管理区域の近くです。転移魔法を使えばすぐに見つかり、面倒なことになります。」


「そ、そんな……。」


 セシルは顔を伏せ、唇を噛む。

 困ったように小さな声を漏らしながら、バスチアンにちらりと目を向けた。


「ですので……落ち着くまではこの部屋を出ない方がいいですね。」


 彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

 けれど、彼の言葉を聞いても、セシルの身体は一向に落ち着く気配を見せなかった。

 それどころか、バスチアンの静かな声が妙に心地よく感じられ、その低音が響くたびに胸の奥がじんじんと疼くようだった。


「そして、ここで、王女殿下のその……体調を、何とかして落ち着ける必要があります。」


 セシルは、バスチアンの少し硬い言葉に驚きながら顔を上げた。


「何とかして…落ち着けられるの?」


「それは……。」


 バスチアンは一瞬目を閉じ、大きく息を吸い込む。

 できるだけ冷静に、官僚らしい冷静さを装いながら口を開く。


「王女殿下のお身体に溜まった熱を、何らかの方法で外へ放出しなければなりません。」


 セシルは、顔を真っ赤に染めて、さらに尋ねる。


「何らかの方法って……?」


 バスチアンの淡々とした口調とは裏腹に、セシルはますます身体が熱くなり、彼の存在を感じるだけで全身がびりびりとした心地に襲われた。


「ああ……落ち着いてください、王女殿下。」


「落ち着けるわけないでしょう!」


 セシルは思わず声を張り上げたものの、その直後、身体の疼きがさらに強まり、声が震えてしまった。

 言葉の最後が掠れたことに、自分自身が一番驚いてしまう。


「……ティアン……。」


 絞り出すように名前を呼ぶと、バスチアンの眉が微かに動き、その赤い瞳が揺らめいた。

 普段は毅然としている彼が、今はどこか動揺しているように見える。

 その様子を目の当たりにしたセシルは、胸が高鳴ると同時に、どうしようもない焦燥感に襲われた。


 彼は、そんな彼女に、さらに、とんでもないことを告げた。


「……王女殿下、ご自身で落ち着かせることは可能ですか? 私は視線を外しておりますので。」


「ええっ!?」


 セシルは耳まで真っ赤になりながら口ごもるが、バスチアンは淡々と、けれどどこか余裕のない声で続ける。


「……大丈夫です、王女殿下。きっと上手にできますよ。」


「えっ……バスチアン、何を言っているのっ!? 意味が分からないわっ!」


 セシルは声を裏返しながら否定したが、じわじわと身体に押し寄せる熱の波が切迫感を増してきた。

 その感覚に抗おうとするたび、余計に熱が増していくようで、どうにもならない。


「で、でも、もし……それをしないと、どうなってしまうの?」


 セシルは混乱しながら、震える声で尋ねた。

 彼女の瞳は必死でバスチアンを捉えようとし、今にも涙が溢れそうだった。

 その様子に、バスチアンは一瞬だけためらいを見せたが、やがて深く息を吐きながら答える。


「飲まれた量にもよりますが……もう少ししたら、きっと王女殿下は……ご自身の熱を持て余して……」


 言葉を探るように少し間を置くと、さらに小さな声で付け加える。


「……耐え難い状態になるはずです。」


「耐え難い状態って……?」


「気分が悪い……だけで収まるならよいのですが、どうにもならなくなるかもしれません。

 おそらく、一時的に精神が錯乱して、とりかえしのつかないようなことをしてしまうでしょう。」


 バスチアンの落ち着いた声が、かえってセシルを不安にさせた。

 彼の言葉を聞くたび、熱がさらに募るのが分かり、セシルは胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚に陥った。


「……でも……どうしたら……?」


 セシルはもはや自分ではどうにもならないように思えて、震えながら呟く。

 バスチアンはその声に苦笑を浮かべたが、どこか諦めたような表情だった。


「せっかくの機会ですから、思い切り楽しまれてはいかがでしょう。

 ……お声が響きやすい部屋ですから、少し控えめにされると良いかもしれませんね。」


 そのからかうような提案に、セシルは顔を赤らめてムッとしたが、身体の高まりがそれ以上の感情を考えさせてはくれなかった。


 一方で、バスチアンもまた、自身の身体が徐々に熱を帯び始めているようだった。

 彼はあまり表情を崩さないようにしていたが、額に浮かんだ汗を袖口でさりげなく拭っている。


「私も、あまり余裕がありませんので……こちらはどうぞお気になさらず。」


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ