#22 ご自身で……できますか?
「……び、媚薬?」
セシルはすぐに意味を理解できずに戸惑う。
「はい。」
「……えっ……ええっ!? でも、司祭様が下さったのよ!?」
驚きの声を上げ、思わずバスチアンを見つめた。
それはあまりにも現実味がなく、彼女は思わず口元を手で覆った。
頬が真っ赤に染まり、目をぱちぱちと瞬かせている彼女の姿に、バスチアンは思わず口元を小さく緩めた。
「司祭が祝福した水なのでしたら、それは『聖水』です。
ただし、『聖水』の解釈は司祭次第、ということになりますね。」
バスチアンは冷静に説明しながら、目を伏せてため息をつく。
セシルはそれを聞きながらも、どこかふわふわとした気持ちが収まらない。
彼の声を聞くだけで、身体に熱が伝わっていくような……そんな妙な感覚に襲われていた。
「ペレル司祭は、この『聖水』について何と説明しましたか?」
「ええと……たしか……『心を解き放ち、真実の想いを受け入れる力がある』って……。」
セシルは顔を赤らめながら、落ち着かない様子で言葉を紡ぐ。
「……間違ってはいませんね。ペレル司祭は、嘘はついていない。
ただそれは、私達が定義するところの『媚薬』だというだけで。」
バスチアンの表情には苦々しさが混じっていた。
一方で、セシルの中では、熱がどんどん増していく。
彼の冷静な言葉が耳に届くたびに、どうしようもなく彼に近づきたくなって……。
「王女殿下。」
ふいにバスチアンの声が、セシルの胸の中で跳ね返る。
「今、お部屋にお帰りになるのは少し難しいでしょう。
さらに、この部屋は魔術師団の管理区域の近くです。転移魔法を使えばすぐに見つかり、面倒なことになります。」
「そ、そんな……。」
セシルは顔を伏せ、唇を噛む。
困ったように小さな声を漏らしながら、バスチアンにちらりと目を向けた。
「ですので……落ち着くまではこの部屋を出ない方がいいですね。」
彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
けれど、彼の言葉を聞いても、セシルの身体は一向に落ち着く気配を見せなかった。
それどころか、バスチアンの静かな声が妙に心地よく感じられ、その低音が響くたびに胸の奥がじんじんと疼くようだった。
「そして、ここで、王女殿下のその……体調を、何とかして落ち着ける必要があります。」
セシルは、バスチアンの少し硬い言葉に驚きながら顔を上げた。
「何とかして…落ち着けられるの?」
「それは……。」
バスチアンは一瞬目を閉じ、大きく息を吸い込む。
できるだけ冷静に、官僚らしい冷静さを装いながら口を開く。
「王女殿下のお身体に溜まった熱を、何らかの方法で外へ放出しなければなりません。」
セシルは、顔を真っ赤に染めて、さらに尋ねる。
「何らかの方法って……?」
バスチアンの淡々とした口調とは裏腹に、セシルはますます身体が熱くなり、彼の存在を感じるだけで全身がびりびりとした心地に襲われた。
「ああ……落ち着いてください、王女殿下。」
「落ち着けるわけないでしょう!」
セシルは思わず声を張り上げたものの、その直後、身体の疼きがさらに強まり、声が震えてしまった。
言葉の最後が掠れたことに、自分自身が一番驚いてしまう。
「……ティアン……。」
絞り出すように名前を呼ぶと、バスチアンの眉が微かに動き、その赤い瞳が揺らめいた。
普段は毅然としている彼が、今はどこか動揺しているように見える。
その様子を目の当たりにしたセシルは、胸が高鳴ると同時に、どうしようもない焦燥感に襲われた。
彼は、そんな彼女に、さらに、とんでもないことを告げた。
「……王女殿下、ご自身で落ち着かせることは可能ですか? 私は視線を外しておりますので。」
「ええっ!?」
セシルは耳まで真っ赤になりながら口ごもるが、バスチアンは淡々と、けれどどこか余裕のない声で続ける。
「……大丈夫です、王女殿下。きっと上手にできますよ。」
「えっ……バスチアン、何を言っているのっ!? 意味が分からないわっ!」
セシルは声を裏返しながら否定したが、じわじわと身体に押し寄せる熱の波が切迫感を増してきた。
その感覚に抗おうとするたび、余計に熱が増していくようで、どうにもならない。
「で、でも、もし……それをしないと、どうなってしまうの?」
セシルは混乱しながら、震える声で尋ねた。
彼女の瞳は必死でバスチアンを捉えようとし、今にも涙が溢れそうだった。
その様子に、バスチアンは一瞬だけためらいを見せたが、やがて深く息を吐きながら答える。
「飲まれた量にもよりますが……もう少ししたら、きっと王女殿下は……ご自身の熱を持て余して……」
言葉を探るように少し間を置くと、さらに小さな声で付け加える。
「……耐え難い状態になるはずです。」
「耐え難い状態って……?」
「気分が悪い……だけで収まるならよいのですが、どうにもならなくなるかもしれません。
おそらく、一時的に精神が錯乱して、とりかえしのつかないようなことをしてしまうでしょう。」
バスチアンの落ち着いた声が、かえってセシルを不安にさせた。
彼の言葉を聞くたび、熱がさらに募るのが分かり、セシルは胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚に陥った。
「……でも……どうしたら……?」
セシルはもはや自分ではどうにもならないように思えて、震えながら呟く。
バスチアンはその声に苦笑を浮かべたが、どこか諦めたような表情だった。
「せっかくの機会ですから、思い切り楽しまれてはいかがでしょう。
……お声が響きやすい部屋ですから、少し控えめにされると良いかもしれませんね。」
そのからかうような提案に、セシルは顔を赤らめてムッとしたが、身体の高まりがそれ以上の感情を考えさせてはくれなかった。
一方で、バスチアンもまた、自身の身体が徐々に熱を帯び始めているようだった。
彼はあまり表情を崩さないようにしていたが、額に浮かんだ汗を袖口でさりげなく拭っている。
「私も、あまり余裕がありませんので……こちらはどうぞお気になさらず。」