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#14 護衛騎士が代わりました

 

 さすが有能な宮廷外務官は、仕事が速い。


 セシルが恋のリストをバスチアンに見せたその日から、彼女の周りの環境が、少しずつ、しかし確実に整えられていった。


 翌日の夕方、まず目についたのは護衛騎士の交代だった。


 これまで、セシルを担当するのは若く経験の浅い近衛騎士たちであるのが通例だった。

 それは、セシルが王族ではあっても、王宮内でそれほど重視されていないことの表れでもある。

 時折、引退間近の温厚な老騎士が配属されることもあり、彼女にとって護衛騎士とは、弟のように可愛らしいか、祖父のように優しい存在でしかなかったのだ。


 物語の中に登場するような、実力があり、大人の魅力を備えた護衛騎士など、セシルの周囲にはいない。

 仮にいたとしても、そういう騎士たちはすぐに出世して、日常的な護衛任務などからは遠ざかってしまうのが常だった。


 実際、今までセシルを担当していた騎士も、つい先日昇格して王妃様付きになったと聞いている。

 それ自体は、特に不思議な話ではなかった……表向きには。


 だが今回、新たに配属されたのは、セシルと同年代の若い騎士だった。

 そしてその人選には、偶然とは思えない意図的な何かを感じる。


「新しく王女殿下の専属に配属されました、エミール・フレアベリーと申します。

 この命をかけて、御身をお守りすることをお許しください。」


 剣を捧げ、片膝をついて恭しく頭を垂れる新しい青年。

 その名を耳にした瞬間、セシルは思わず目を見開いた。


 エミール・フレアベリー。

 彼はバスチアン・フレアベリーの数多くいる弟のひとりだったのだ。


 セシルは驚きながらも、その剣を受け取り、儀礼に従い、剣の平らな面をエミールの右肩、次いで左肩へとそっと触れさせた。


 この叙任(アコレード)の儀式が終わると、エミールは再び剣を携え、セシルを見上げた。

 その清らかで誠実な視線に、セシルは少しだけ安心した。

 けれども心の中では、確信していた。


「……これは、きっとティアンの仕業ね。」


 バスチアンは、表向きには人事に携わる立場ではない。

 だが、彼はいつだって『関係者の一人として話を通す』くらいの手段は、朝食のような気軽さでやってのける男なのだ。


 一方で、侍女のクロエはというと、予想に反してあっさりセシルの味方に付いてくれた。

 というより、クロエはセシルとバスチアンが「秘密の恋人関係」にあるという事実に、全く驚いていなかった。


 セシルは、これは本当の恋ではないと丁寧に説明したが、クロエはゆるく笑うだけで、


「ようございましたね、王女殿下。」


 などというのだ。


 ちなみにクロエは実は伯爵家の令嬢で、以前はセシルと同じ王立学園に通っていた。

  そのため、サフィールやバスチアンのこともよく知っており、そのせいか妙にロマンチックな勘違いをしているらしかった。


 ともあれ、クロエが味方でいてくれるのはとても心強い。


 *******


 数日後、王都から少し離れた村への訪問の予定が知らされた。


 今年の麦類の生育状況を確認し、無事に収穫を迎えられるよう、村を祝福し、農民たちを激励するのが目的だ。


 通常であれば、神官の視察団が組まれる仕事だが、去年の不作を受けて、今年は王族自らが出向くことで、農民たちの士気を高めようという配慮がなされた。


 日帰りで済む近隣の村が割り当てられたこともあり、セシルにとってはそこまで負担に感じない公務だった。

 実際、麦の生育状況は良好だと報告が上がっている。

 だからこの訪問も、形式的な激励と儀礼を果たせば十分だった。


 むしろ、広々とした田園地帯を馬車で通るのは、心弾む楽しみでもある。


 当日、セシルは準備を整え、同行予定の地方官が到着するのを待っていた。

 ところが、その地方官が急病で来られなくなったという知らせが届く。


「代わりの者が向かいます」とだけ告げられたが、誰が来るのかは知らされていない。


 少しばかり気を揉んでいると、部屋の扉が静かにノックされた。


「失礼します。」


 その声とともに現れたのは、見慣れた姿だった。


 バスチアン・フレアベリー宮廷外務官が、落ち着いた足取りで入ってきたのだ。


「……国内の仕事なのに、あなたが指名されたの?」


 セシルは驚きと戸惑いを隠せずに問いかける。


「人手が足りないのですよ。」


 バスチアンは淡々と、しかしどこか楽しげに答え、軽く肩をすくめてみせた。


 国内の仕事にまで彼が出てくることは滅多にない。

 だが、それを問い詰めたところで、彼が涼しい顔でとぼけて終わりだということも、セシルにはわかっている。


 そして案の定、それがどんな経緯で実現されたのか……それとも本当に偶然だったのかは、やはり謎のままだった。


「それにしても……」


 セシルが何か言いかけたそのとき、バスチアンがふと微笑んだ。


 その笑みは、穏やかで礼儀正しいはずなのに、どこか計画的で、自分の優位を楽しむような色を帯びていた。


 だからセシルは、何も言えなくなってしまった。

 

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