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第5話 鷲獅子王と戦姫の弱点

「さて。今度は〝破滅の女(ファム・ファタル)〟の尋問を始めましょうか」

「尋問て。では、お聞きしたいこと何でもどうぞ? 我らが〝メリアの悍馬〟よ」


 にこりと笑って見せるアルヴィアに、ジオンが不機嫌そうに眉根を寄せながら、声を潜めて尋ねてくる。


戦馬鹿(いくさバカ)ではありますが、そこそこ聡い殿下のことです。この十年、ただ無心で殺し合っていただけじゃないでしょう。いくらきみが呪いの効いた契約を交わしたからといって、あの破滅の権化がいつタガが外れて東方ラムヌスを滅ぼすやもわかったもんじゃない。鷲獅子王の弱みや生態等、詳しく俺にも共有しといてください」

「何だ、ハールバルズ卿。おれのことが知りたかったのか?」


 背後から無機質な声を刺されて、ジオンが弾かれたように振り向くと、シヴが隣室の扉から顔だけをひょっこりと出してこちらを見ていた。驚愕のままに目を瞠るジオンに、アルヴィアは苦笑を零して声を掛ける。


「シヴ、人間の何倍も五感が鋭いんだ。この距離だと、余裕で私たちの会話は丸聞こえだから、そこのところよろしく」

「ああ。じっくり聞かせてもらう」


 シヴはそう言ってまた隣室へと引っ込み、ジオンは頭を抱えて盛大な舌打ちを鳴らしながら俯いて長椅子に座り直した。


「……そういうことは前もって言っといてください」

「ごめん、ジオンさん。あ、シヴ! ジオンさんにシヴの弱点、喋ってもいい?」


 ジオンに一言謝ったアルヴィアが隣室に声を掛けると、扉の向こうから「いいぞー」という返事が聞こえてくる。アルヴィアはようやく顔を上げたジオンに笑って肩を竦めて見せて、語り始めた。


「まず、シヴの一番の弱みは夜だ。夜だとシヴは、グリフォンの力を使えなくなる。そういうことで夜になるとシヴは巧妙に姿を隠すから、強制的に休戦状態になって、私も城や砦に帰ることが出来ていたよ。この弱みがあったからこそ十年もの間、私はシヴと殺し合えた」


 アルヴィアは微かに視線を上に漂わせ、思考に耽りながらも話を続ける。


「これは私の推測に過ぎないけど。おそらくシヴのグリフォンの力は、陽の光によってより活性化するんじゃないかと思う。ミョルニルの調子によって、迅雷の台地の天候も変わるでしょう? それと同じく、シヴの調子も変化していた。少しでも晴れ模様が覗く日のシヴには何度も殺されかけたし、夜に近いくらい暗くなった雷雨の日は完全に私の力の方が押していた」


 そこまで語ったアルヴィアが隣室に向かって「どう?」と尋ねると、扉の向こうから「よくおれを見ている。正解だ。だが、必死に悟られまいとしていたのに見抜かれたのが結構悔しい」と淡々とした声が返ってきた。

 そんな二人のやり取りに溜め息を吐きながら、ジオンが長椅子の肘掛けに頬杖をついてアルヴィアを見上げる。


「なるほど。それなら俺の勘も捨てたモンじゃないですね。実際、ここ十年で一番迅雷の台地が晴れた今日、アルヴィア殿下は調子のいい鷲獅子王に殺されかけたところを付け込まれて、婚約に至ったみたいですから」


 ジオンの言葉に頷いて、アルヴィアは隣に立て掛けている天鎚ミョルニルの柄を撫でた。


「うん。今日はミョルニルの調子がすこぶる悪かったよ。〝竜の吐息〟を全然操れなかったからね」


「竜の吐息」。それは、このラムヌス大陸中心部を円状に覆い尽くしている、巨大な積乱雲の如き雲霧と乱気流の塊を指す。太古よりこの「竜の吐息」に覆われている大地には、何者であっても立ち入ることが出来ていない。如何なる者であろうと、少しでも足を踏み入れれば、凄まじい暴風雨によっていとも容易く身体を攫われ、無数の雷に打たれて灰となってしまうのだ。ラムヌス大陸は主に、この絶対不可侵領域「竜の吐息」を隔てた、西方ラムヌスと東方ラムヌスに別れて人間の国々が点在しているのである。


 そして、「天鎚ミョルニル」は巨大な「竜の吐息」の一部を操ることで、天候操作や雷の異能を発揮していたのだった。故に、メリア王国内で最も「竜の吐息」に近い場所に位置しているハールバルズ辺境伯領、迅雷の台地はアルヴィアにとって最大限に己の力を使いこなせる戦場とも言える。


 アルヴィアは天鎚ミョルニルの柄に触れながら、流し目でジオンに視線を寄越すと静かに語った。


「そして、この十年で私自身の弱点も痛いほど思い知らされた。十中八九、私は竜の吐息から離れれば離れるほど、ミョルニルの力を引き出せなくなる。それに加えて、ミョルニルは日によって調子がころころ変わる気分屋だ。しかも長くミョルニルと共に戦い過ぎたせいか、近頃は私の体調もミョルニルの調子に引っ張られる。こういう弱みを確実に突いて、上手く戦略を噛み合わせれば、ジオンさんなら容易く私を攻略できるよ」


 だから、また私と手合わせしよう。

 という二度目の挑発を含んだ笑みを向けてくるアルヴィアにそっぽを向いたジオンが、また無遠慮な舌打ちを鳴らして苛立たしげに足を組みなおす。


「……無敵の〝破滅の女(ファム・ファタル)〟が、馬鹿言ってんじゃないですよ。どんだけ俺とも殺り合いたいんですか」

「私は無敵じゃないよ。メリアの『無敵』はジオンさんだし。最近全然構ってくれなくて寂しいんだ」

「気持ち悪いこと言わないでくれます? というか、何で俺がじゃじゃ馬姫に構ってやらなきゃいけないんですか。死ぬほど迷惑なのでいい加減そういうのやめてください」


 心底嫌そうな表情を浮かべてアルヴィアを一瞥したジオンは、軽く天井を仰ぐと目を伏せて、呆れも混じったような細い息と共に、しみじみといった風に声を零した。


「それにしても、きみが破滅の権化をも婚約者にしてしまうとは。流石に恐れ入りましたよ……やはりきみは、ラムヌス一の〝破滅の女(ファム・ファタル)〟に違いありませんね。様々な意味で」


 ジオンの独り言に近い呟きに、アルヴィアは小首を傾げて見せる。


「そうかな? ジオンさん、私のこと〝破滅の女(ファム・ファタル)〟ってよく呼ぶけど。私からしたらジオンさんの方がよっぽど〝破滅の男(オム・ファタル)〟っぽいと思うんだけどなあ。最近も私の城にまで結構届くよ? ジオンさんの色っぽい話。まあ、英雄色を好むとは言いますが」

「うるさいですよ。人を抱くのは先の短い俺の余生における、数少ない趣味なんです。ほっといてください」

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