第3話 純潔の対
ニオは敵に囲まれ、絶体絶命の状態にあった。
敵の銃撃は、ラビットフッドであれば避けられる。
だが、それだけだ。ロクな兵装も持たない彼女はジリ貧だった。
しかし、ここで偶然が起こる。
避け損なったニオは、敵のVD-Oへと突っ込んでしまったのだ。
だが、姿勢制御により、敵に蹴りを入れて踏んづける形になった。
「そ、そうか! 武器がなくたって……、えいっ!」
別の敵にも、高速移動からの蹴りを食らわした。
幸か不幸か、ニオのVD-Oの脚は硬く、敵VD-Oを粉砕してしまった。
その隙に、ニオは高速で包囲を抜け出していく。
「で、でも、これって、どっちへ行けば……?」
結局、彼女は闇雲に走っているだけで、何か目星があるわけでもない。
その頃、見事に異界者の敵旗艦へ大打撃を与えた軍は──────
なぜか撤退を始めてしまっていた。
敵旗艦が沈み始めたことで、明らかに敵は混乱をし始めた。
ところが、敵は退くことなく、更に攻勢を強めてしまう。
弔い合戦とばかりに、我先にと突っ込んでくるのだ。
こうなると、小型飛空艇しかない軍は一溜りもない。
そして今度は、軍の旗艦が墜ちてしまう。
逆に軍は大混乱となり、撤退を余儀なくされてしまったのだ。
──────結局、我先に逃げるだけだった。
*
味方の撤退を知らないニオは、必死で出口を探す。
たとえ出口に出られたとしても、味方が待っているとは限らない。
なにせここは空の上。隠れて待っている、なんてこともできないのだ。
ただそれでもニオは走る。
先のことを考えると怖くなったが、なるべく考えないようにした。
だから彼女は、ずっとアイサのことだけを考えていた。
そして、ニオの視界にやっとそれが見えた。
「あ……、明かり! 出口だ!」
それは、甲板への出口扉だった。
上へ下へと移動し続け、もはやどこから来たかも分からない。
だが、甲板に出さえすれば、辺りを見回せる。
敵はいるかもしれないが、今大事なのは状況や現在地を知ることだ。
もしも近くに味方の船艇があれば、助けに来てもらえるかもしれない。
それに、近い距離ならラビットフッドのジャンプでも飛べるはずだ。
そうしてニオは扉を開け放つ。
しかし、そこにあったのは甲板ではなく、一面の空と煙だった。
「え……、ウソ……。なん……、で……?」
ニオの爆弾によって、船体は真っ二つになっていたのだ。
爆風で混乱していたニオは、全く気付いていなかった。
幸い、飛空艇は片割れになってもまだ浮遊力を失っていない。
だが、それも時間の問題だ。
いずれは、ニオのいる場所も落下していくだろう。
見渡す空には、落ちていく飛空艇の残骸。
それ以外は、敵の飛空艇しかない。
必死に見渡すが、味方の船艇など何処にもいない。
がっくりと膝を落とすニオ。
「ああ……、なんだ。そうだよね……、誰も……。だって、私が生きているなんて、誰も知らないもんね……」
ニオは扉を閉じ、膝を抱える。そして、膝に顔を埋めた。
いつの間にか、ニオのラビットフッドは消失していた。
「う、うぇ……。う、……んっ、ク、ハッ、クッ……。ああ……、う、かはッ、んく……っ」
もう止まらなかった。子供のように泣いた。
「うわああああああああああああああああ!」
雨のように太ももを濡らす。
堪えていたものが全部吹き出した。
必死に足掻いたものは、全部無駄だった。
そう思ってしまったら、もう負の思考は止まらない。
今までの人生、そのすべてが無駄に思えてしまう。
……その時、扉がゆっくりと開いた。
おそらくは、爆発で歪んでしまっていたのだろう。
ニオは慌てて、ドアノブを掴もうと手を伸ばす。
だが、その手は違うものを掴んだ。
「ハァハァ……、やっと見つけた」
ニオが掴んだもの。それはアイサの手だった。
「……なん、……で? ……なんでいるの?」
「ニオ、絶対、この辺にいると思ったんだ」
ここは、はるか上空だ。こんなところにアイサが居るはずがない。
だから最初、ニオは彼女のことを幻覚だと思ってしまったほどだ。
「なんで……? どうして……?」
「なんでって、ひどいなぁ。せっかく迎えに来てあげたのに。まぁ、私たち、バディだし。シンクロしてるから、場所だって分かるんだよ。……たぶんね。……って、泣いてるの? ゴメン、迎えに来るの遅くなっちゃって」
「ふぇ……、アイサぁ……」
更に涙が溢れてくる。思わず、ニオはアイサに抱きついた。
「わぁ、ニオ! ここ、空の上なんだけど、忘れてない⁉︎ ……まぁいいや、飛ばすから掴まっていて」
「え?」
そう言うと、ニオの身体はふわりと浮き上がった。
そして、すぐにとてつもない力で引っ張られる。
「うわわわ……、と、飛んでる⁉︎ アイサ、飛んでるの⁉︎」
「私のVD-Oは『Shapeshifter』。でも、可愛くないから『メティス』って名前を付けてたんだ」
二人は、上空をすごい速さで垂直に上昇していく。
空挺部隊や敵の飛行用VD-Oでも、そんな動きはできない。
二人の乗ったVD-Oは、明らかに規格外の動きをしていた。
「う、うわぁ……、綺麗……」
ニオの目には、広い空がどこまで続いていた。
日は沈みかけ、煌々と燃ゆる太陽もゆらゆらと朧げだった。
雲間には敵の船影が見えているが、そんなものもちっぽけに見えてしまう。
その瞬間だけは、少女たちに未来を見せていたのかもしれない。
*
アイサのVD-Oは、ニオを乗せたまま滑空を続けていた。
このまま敵の上空を抜けていけば、容易に離脱できるだろう。
「ニオ、もう味方は撤退を始めてるんだ。私たちもこのまま離脱しよう。さぁちゃんと掴まってて」
「あ、待って、アイサ。このまま戻っても、敵は攻めてくる。……でも、今なら出来る気がするんだ。アイサがいれば……。ううん、二人ならきっと出来る!」
「え⁉︎ 何を言って……」
ニオは、アイサにしがみついたまま、自身のVD-Oを起動する。
すると、白色の光と共に、ラビットフッドの外骨格が顕現した。
「私が敵をぴょんぴょんって踏んづけるから、アイサは私を拾いに来て!」
「ええ⁉︎ 何を言ってるの⁉︎」
「いくよ! えいっ!」
ニオはラビットフッドでジャンプする。
彼女の想定では、ラビットフッドで敵を跳ね回り攻撃するつもりだったのだ。
ところが、これは思わぬ状況になる。
ニオはてっきり離れたと思ったのだが、アイサもついてきてしまったのだ。
「あ、あれぇ⁉︎ な、なんで⁉︎」
「こ、これは……、ど、どういうことなの⁉︎」
ニオのVD-O外骨格と、アイサのVD-O外骨格が交差する。
それらは、混ざり合うかのように新たに形造る。
それらは、まるで最初からひとつであったように。
それは──────
金色の光を纏う
──────たったひとつのVD-Oとなった。
「う、うわぁ……。アイサ、なに、なにこれ……っ⁉︎」
「私も、こんなのは見たことがない……」
「よ、よく分からないけど……、これで……っ!」
「え、ちょっと、ニオ⁉︎」
ニオはそのまま空をジャンプし、敵の飛空艇に向かって飛んでいく。
だが、このままでは衝突してしまう。
「ちょ、ニオ! ぶ、ぶつかるっ⁉︎」
「いっけぇええええ!」
ニオたちのVD-Oによる、体当たりのような蹴り。
それは金色の光線となって、巨大な飛空艇をも打ち抜いてしまう。
飛空艇から、爆発と共に煙が吹き上がった。
だが、その後、空中で姿勢を制御できなくなる。
「う、わわわ……」
「くっ! な、なるほど、こういうことか……」
今度はアイサがVD-O操縦し、空中での姿勢を戻す。
「よし、コツは掴んだ」
「え、すごい! アイサ、これ⁉︎」
「ニオ、好きにやっていいよ。私が全部フォローしてあげるから!」
「……うん!」
*
その金色の光は、撤退中の飛空艇からも見えていた。
予備科の学生たちが身を乗り出すように、その状況を見守る。
その一つは、アイサの乗っていた小型飛空艇。
教官や、あの嫌味な女生徒らも乗っている。
「何、あの光? あれも敵のVD-Oなの?」
「いや、敵の飛空艇が墜ちていく。あれは、味方……?」
「まさか、あの光。あれが、旧世代にあったという二人乗りの……」
「二人乗り? 教官は何か知っているのですか?」
「新世代の子らは知らんだろうな。私の世代よりも前の話だ」
こうしている間も、その金色の光は止まることなく敵を圧倒していく。
「VDとは『verga duo』、つまり『純潔の対』という意味だ。だが、いつからか、我々は体内にそれを内蔵するようになった。そのせいで、汎用性は上がったものの、シンクロ率は下がったそうだ」
「純潔の対……。え、ちょっと待って下さい。VD-Oって、私たちの身体の中あるんですか? じゃあ、VD-Oデバイスって⁉︎」
「あ、しまった……。誰にも言うなよ? VD-Oは軍事機密が関わる。……今はもう、純粋な人間はいないのだ。試験管の中以外はな」
彼女らが見守る中、その金色の光は空を駆け回り、次々と敵を墜としていった。
そして、金色の少女たちは──────
ニオが笑うと、アイサも笑った。
「アイサ、行くよ!」
「ああ、ニオ。どこまでもいけるさ、……二人なら」
──────心を紡いでいく