第2話 仲間殺し
ニオのVD-Oの加速は、尋常なものではなかった。
当たり前のように壁すらも駆け上がってしまう。
演習場には、あの嫌味な二人の女生徒もいた。
起動したVD-Oを抱え、真っ青な顔でへたり込んでいる。
ニオがその側を横切った時、二人の怯えた表情が見えた。
「早く、退避して! 早く、向こうへ!」
敵のVD-Oも、突如現れた白のVD-Oに一斉掃射をかける。
だが、ニオは躱す。まるで弾丸を置いていくかのように。
その様子を見た教官は叫ぶ。
「よし! ニオが引きつけてくれている間に、一騎ずつ落とすぞ!」
女生徒たちは、小銃で敵VD-Oへ攻撃を加え始めた。
相手は段違いの能力とはいえ、全身を覆っているわけではない。
幅広い掃射なら、どれかは本体へと命中する。
そして、約10分後。女生徒の即席部隊は、なんとか敵を殲滅した。
結局、ニオは一騎も倒せずに走り回っていた。
足の速さ以外、何の兵装もないのだからしかたがない。
だが、ニオの撹乱が功を奏したのは確かだった。
……ただし、あとで教官にこっ酷く叱られたのだが。
「全く……、適正試験では何も出なかったのにな。聞いたことはないが、後天的に開花したのかもしれん。ただ、この件は内密にな……」
*
それからすぐに情報が入る。
巨大な飛空艇の大船団が向かってきているという。
敵の侵攻が本格的に始まってしまったのだ。
そうして、敵の大船団を迎え撃つ作戦が決行される。
場所で言えば、まだずっと先だ。
だが、それは国防を揺るがすほどの規模。
もはや学校も安全圏とは言えない。
学生たちも参加するが、その名目は後方支援だった。
落ち着きのない周囲の様子に、ニオも不安を隠せないでいた。
「大丈夫かな……。アイサ、怖いよ……」
「今出ている部隊は精鋭だ。何とかしてくれるはずさ。でなければ……」
だが、その大規模な作戦は失敗する。
国の全戦力をもってしても、それを止めることはできなかった。
*
大作戦の失敗の後、ニオとアイサは教官室へと呼び出された。
そこには、軍服を着た士官らしき人物がいた。
眼光の鋭い彼女に、ニオはどうしても気後れしてしまう。
そして、ニオにとって最悪の命令が伝えられた。
「前回の作戦の話は聞いているな? だが、我々はこのまま手をこまねいているわけにはいかない。一矢報いる。……そこでニオ。貴様に将軍直々の特命だ。ラビットフットを使い、その機動力をもって敵旗艦へ侵入。爆薬でコアを排除せよ」
それは、無茶苦茶な作戦だった。
逃げ足に特化したラビットフッドは、VD-Oによる兵装が存在しない。
落ちこぼれのニオが、既存兵器の小銃を使用できるわけもなく。
しかも、ニオは単身で敵艦へ侵入しなくてはいけない。
これは、事実上の『爆弾を抱いた特攻』だ。
さすがに、これにはアイサも猛抗議する。
「そんなの……、死ねってことじゃないですかっ⁉︎」
「アイサ、貴様のことは知っているぞ。元特姫の……。だが、今は予備科の一学生に過ぎん。よって、今の貴様に発言の権利はない。ここに呼んだのは、貴様がニオのバディだからだ。ただそれだけだ」
そこで、教官が目配せと咳払いをする。何かを察しろということだろう。
「あー、アイサ。次のバディは、追って連絡する。今は、ニオの件が先だ」
「ちょっと待って下さい! そんなの……、って、ニオ⁉︎」
「アイサ、大丈夫。私、頑張るから。私、今必要とされているんだよね。なら、ここで役に立たないと、本当にダメな子になっちゃう。守るから。……私がアイサを守るから。安心してよ、……絶対戻るから」
「ニオ……」
ニオはそう言ったが、その手は震えていた。
学生とは言え、軍からの命令には逆らえない。
そこに、ニオの意志や想いは必要ないのだ。
そして、アイサには分かってしまう。……ニオに戻る気がないことを。
「ニオ。戻ってこないと、許さないからね。……絶対許さないから」
だが、ニオは笑ってはぐらかした。
*
結局、アイサは、ニオの作戦には直接関われなかった。
彼女が予備科の学生である以上、任されるのは後方支援や援護くらいだ。
実際、学生たちへの命令は、小型飛空艇からの援護射撃だった。
作戦が始まる前から、すでにニオには会えなくなっていた。
アイサは祈るように作戦中止を願ったが、作戦は開始されてしまった。
多数の小型飛空艇が空を埋め尽くす。
だが、敵の大船団にはあまり近付けず、どの艇も及び腰で距離を保つ。
それもそのはず、頼りない船艇は集中砲火を食らえば一溜りもないのだ。
援護部隊は、それでも敵の船団へ小銃による援護を行う。
その飛空艇の巨体からすれば、小銃など豆鉄砲でしかない。
今こうしている間も、少しずつ味方の艇は数を減らしていった。
ニオの参加する作戦──────
それは、上空からラビットフッドを降下させるというもの。
翼に特化したVD-O空挺部隊により、ニオは遙か上空へと運ばれている。
彼女は降りてくるのだ。これから、この銃弾の雨が降る戦場に。
──────それはもう、すでに決行されている。
アイサは、小型飛空艇で小銃を構えながら上空を見上げる。
高い空には何も見えない。だが、そこにはいるはずだ。
ラビットフッドに身を包んだ彼女が。
……手の震えを押し殺すニオが。
*
戦場が過熱していく中、アイサの乗った小型飛空艇にも一報が入る。
『ラビットフッド、敵旗艦へと侵入』
その瞬間、船艇内でワッとささやかな歓声が上がる。
そこにはあの教官や、あの嫌味な女生徒らもいた。
作戦はまだ第一段階ではあるが、予定通りだった。
それから10分以内に、ラビットフッドから連絡があるはずだ。
そうなれば、再び空挺部隊がラビットフッドの脱出を支援する。
それから敵旗艦を爆破する。トータルで15分程度だろうか。
そういう手筈だった。
少なくとも、アイサは教官からそう聞かされていた。
だが、実際はそうならなかった。
7分前後を過ぎた頃。敵の巨大飛空艇のど真ん中で、大爆発が発生する。
その爆風はビリビリと空気を伝わり、アイサのいる小型飛空艇にも届いた。
「ど、どうしてもう⁉︎ もう、ニオは脱出していたの⁉︎」
だが、そうではなかった。
これは、最初からニオを使い捨てにする作戦だったのだ。
アイサがそれに気付けたのは、つい今見た教官の態度だ。
予め、その爆風が分かっていたかのように、指揮を継続し始めたのだ。
敵旗艦に、次々と爆炎が伝播していき、巨大な船体が崩れ始める。
「嘘だっ、……嘘だぁ!」
アイサの想いを打ち砕くかのように、船体の崩壊は加速を始めた。
爆煙が戦線を覆い始め、視界がどんどん悪化していく。
アイサは、慌てて教官へと詰め寄った。
「ニオを助けに、……助けにいくべきです! 今すぐ!」
「ええい、離さんか! これはすでに決められた作戦であり、作戦通りだ。オマエのような末端の者が、おいそれと口を挟むことではない」
「これでは、ニオが……、ニオが死んでしまいます!」
「……分かっている、何度も言わせるな。すまない、それを含めて作戦通りということだ。オマエの言い分は分かるが、これも命令なのだ」
「そんなぁ……っ!」
その時、アイサの目に、教官の腕のVD-Oデバイスが映る。
それはリミッター付きの『Wild』だった。
アイサは躊躇なく、それを上官から奪い取った。
「貴様、何をする⁉︎ 軍法会議モノだぞ!」
アイサは奪いとったそれをこじ開け、リミッターを引きちぎった。
そして、それを装着する。
「やめろ! 貴様、自分が何をしているのか分かっているのか⁉︎ ……オマエは元『特別殲滅小隊・姫甲騎動』のエースだったな。それが今や、予備科の学生。まだスランプは治っていないのだろう? 大人しくそれを返すんだ」
だが、アイサはその上官の言葉を聞き入れない。
腕に嵌めたデバイスを力強く掴んで、震えを堪えている。
「どの道、オマエにそれは起動できない。怖いのだろう、VD-Oの暴走が。仲間を殺してしまったそうだな? それで『仲間殺しのアイサ』と呼ばれていた」
「……ああ、怖い。怖いですよ。とてつもなく怖い。……でも、私は、……ニオを失う方がもっと怖いんだぁあああ!」
アイサはそう叫び、小型飛空艇から飛び降りる。……何もない空へ。
教官の伸ばした手は、アイサには届かなかった。
「ああ! なんてことを!」
アイサは落下していく。
「ニオ……、私が言ったのだったな。……失敗を恐れはいけないと」
その瞬間、アイサの身体が白色に発光する。
そして、白色の外骨格が顕現した。
だが、ニオとは覆っている場所が違う。
アイサのVD-Oは、全身を覆うような完璧な姿だった。
「おかえり、メティス。……やっぱり、私の中にまだ居てくれたのだね」
そして、アイサのVD-Oは、更に形状を変化させる。
平らで幅広く広がっていく『それ』は、翼のように見えた。
「さぁいくよ、メティス。ニオを助けに行くんだ。早く……、もっと早く!」
アイサのVD-Oは大きな翼を広げ、空気抵抗を一身に受ける。
それは最初、グライダーのように滑空していた。
だが、次第に自身で推進力を発生し始めた。
それは、奇しくも空挺部隊のものとも違う、未確認の形状であった。
そして、未だ銃撃戦の中にある戦場を、高速のVD-Oが突っ切っていく。
*
その時、ニオはまだ生きていたが、それは全くの偶然だった。
「ハァ……、ハァ……」
実は途中で敵に発見されてしまい、身動きが取れなくなっていた。
銃弾の雨に晒されてしまい、手放してしまった爆弾を取りにも戻れない。
攻撃用の兵装を持たない彼女には、もはやどうにもならなかった。
そして、爆弾が爆発。
彼女もその爆風に巻き込まれてしまう。
ただ銃撃を避けるため、遮蔽物の陰にいたのが幸いした。
更には、コアの近くであったために、彼女の任務は偶然にも完了していた。
だが、ニオはそこに座り込んで動こうとはしなかった。
辺り一面吹き飛び、自分が来た方向すらもう分からなくなっていた。
彼女は、すでに帰還を諦めていたのだ。
「私、結構頑張ったよね……。うん、頑張った。……きっとアイサなら、そう言ってくれる。絶対、言ってくれる……」
ニオは、頬を伝う『それ』を止められなかった。
とめどなく溢れては、ゆっくりと心の熱を奪っていく。
「私、全然ダメダメだったなぁ……」
作戦では、使い捨てにされることを本人には伝えられていない。
だが、心のどこかでニオは察し、それを受け入れていたのだ。
役立たずの自分がやっと人の役に立てる、そう思ったから。
「ねぇ、アイサ、褒めてよ。最後にアイサに褒めてほしいんだ……」
だが、そう思った瞬間、アイサの顔が浮かぶ。
彼女はニオが死んで喜ぶだろうか、褒めてくれるだろうか。
「……フフフ、絶対怒るよね、アイサは」
ニオは、再び全身に力を込めると、そこには新たな意志が宿った。
「……そうだね、失敗を恐れちゃだめだ。私は帰るんだ、アイサのところへ」
そして、ニオは再び立ち上がり、出口を探し始める。
だが、再び敵のVD-Oに囲まれてしまった。
「私が怖いのは一つだけ。……アイサに二度と会えないのは、絶対嫌だ!」