表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

真っ当な悪役令嬢は救済される

作者: あんず☆ゆんず
掲載日:2023/01/09

初投稿です。よろしくお願いします((。´・ω・)。´_ _))


◦⚬✧⚬◦⚬✧⚬◦⚬✧⚬◦⚬✧⚬◦⚬✧⚬◦⚬✧⚬◦⚬✧⚬◦⚬✧


1/12 異世界転生/転移ランキング1位頂きました!

もう驚き&感激で泣きそうです( ᐪ꒳ᐪ )

読んで下さった方々、ブクマ&☆評価・誤字訂正頂いた方々、本当に本当にありがとうございます!!


初投稿で正直戸惑いもあり、読み直しては書き直したい・書き足したいと葛藤してますが、これを励みに次の作品も頑張ります!٩⁝( `ᾥ´ )⁝و

「…はぁ…。」


クリスチーヌ・ロランスは誰もいない王城の控えの間で、何度目かのため息をついた。


今日は朝から5人がかりで磨きあげられ美しく装われた。いつもより数段気合いの入ったドレスや装飾品は、普段であれば心躍るが今はどうしても憂うつな気持ちが勝ってしまう。


いっそ逃げ出してしまえば良いのかもしれないが、無責任な事は出来ない彼女の真面目さがそれすら許容出来ず、こうしてため息をつくのが精一杯の抵抗だ。


帝国の次代皇帝であるセラフィナ・ザホ・ゾルツィが突如この王国に来ることが決定したのは1ヶ月前。属国ではないが絶大な権力を持つ帝国の貴賓を招く事になり、その対応で大騒ぎになった。加えて学園の卒業式も間近に迫っており、次期生徒会長のクリスチーヌは目の回る忙しさだった。


そしてついにセラフィナが到着するまであと数刻となった今日である。


本来、公爵令嬢のクリスチーヌが王城で出迎える必要はない。しかし今回はセラフィナたっての希望で次代の王族との懇談の場が設けられた。そのため王太子であるキリアン・ドゥラノアとその婚約者であるクリスチーヌがその場に臨むことになったのだ。夜には歓迎の夜会も開かれる予定になっている。


「…はぁ…。」


才色兼備、それでいて気さくなセラフィナは人気が高く、その相手役を担うのは栄誉であっても決して憂うつになるものではない。準備も大変ではあったが、十分に行って憂いはない。


彼女を憂うつにさせているのは、婚約者であるキリアンのことだ。


クリスチーヌがキリアンの婚約者となったのはクリスチーヌが7歳、キリアンが8歳の時だった。筆頭公爵家令嬢の王族との結婚は生まれる前から決まっていたようなものだ。


婚約当初は上手くいっていた。元々サボり癖があるキリアンだったが、厳しい王妃教育に励むクリスチーヌに触発され少しは改善された。それでも成績は中の下程度ではあったが、足りない分はクリスチーヌが代わって勉学に打ち込んだ。それなりに互いを信頼出来ていたと思う。


その穏やかな関係が変わったのはクリスチーヌが学園に通い始めてからだった。


この国では16歳から18歳までの貴族は学園に通い、勉学を学ぶと共に共同生活を体験する。王族及びそれに次ぐ爵位の者は生徒会に入り、学園の運営に携わる。


キリアンが入学するとすぐに宰相の息子アルノーと騎士団長の息子エリックと親交を深め、学園生活を楽しんだ。


1年後、クリスチーヌが入学。魔法団団長息子のパトリスも入学し、5人が生徒会で顔を合わせることになった。


すぐに関係は微妙にギクシャクしたものになった。優秀で非の打ち所の無いクリスチーヌに対し、クリスチーヌのいなかった1年ですっかりサボり魔になったキリアンの成績は下から数えた方が早いほどだった。


優秀なクリスチーヌの噂が流れる程に卑屈な発言が増え、次第にアルノー・エリック・パトリスを誘って学園に来ない日も増えていった。


そんな折、男爵令嬢アリス・ゲールが編入する。貴重な光魔法の使い手であったため、異例の編入が認められたのだ。貴族のしきたりにうとい元平民の彼女は、感情豊かで誰とも距離が近くマナーなど五月蝿くない。それどころかキリアンが何をしても凄いと褒め讃えた。荒んだキリアンが彼女に傾倒するのに、時間はかからなかった。


やがてキリアンは本来生徒会メンバー以外の入室が禁止されている生徒会室に、アリスを招き入れるようになる。


この時クリスチーヌは初めて苦言を呈した。しかし返ってきたのは衝撃的な言葉だった。


「私の寵が得られないから必死だな。なんと見苦しい。やはりお前は勉学だけで頭が固い。面白味もない。息が詰まってしょうがない。アリスに嫉妬するならお前が出ていけ!」


憎悪の眼差しでそう告げられ、クリスチーヌは固まり何も言えなかった。呆然とするクリスチーヌを見て愉悦を感じたキリアンは、それ以来酷い言葉を度々投げつけるようになっていった。それはアルノー初め、彼の周りの人間にも伝播した。


それでも“いつかは変わってくださる。いつかは自分の立場をわかってくださる。”とクリスチーヌは待ち続けた。


暴言を浴びせられても、時には苦言を呈した。アリスに忠告をした事もあるが、かえって事態を悪化させた。彼女のあの勝ち誇った顔は忘れられない。


やがてキリアン達は生徒会室にすら顔を出さなくなった。1つ年下の第二王子・レオナードが入学するまでのおよそ半年、膨大な量の生徒会の仕事をクリスチーヌ一人で行う事が続いた。


黒髪の前髪は深い青色の瞳を隠すほど長く、多くは語らないレオナードは近寄り難くもあるが、クリスチーヌにとっては不思議と話しやすく、唯一愚痴めいた事が言えた。彼からの同情ではない愛情を間違えるようなクリスチーヌではなかったし、彼女自身、レオナードが王太子であったらと考えたのは一度や二度ではなかったが、その全てに気づかないふりをして鍵をかけた。


最初こそ目立たなかったレオナードも、徐々にその才覚を発揮し始めた。彼は文武に優れ仕事が早く公平であった。彼の周りには優秀な仲間も揃っており、山積みの生徒会の仕事は大幅に減少した。いつしか“黒騎士”と呼ばれ、学園内での人気は凄まじいものになった。


当然そんな弟の存在はキリアンを苛立たせた。レオナードには口で勝てないため、結果的にクリスチーヌへのあたりが更に強くなった。顔を合わせる度に難癖をつけ罵倒する毎日。人前でも構わず繰り広げられるそれは、皮肉にもキリアンたちを孤立させ、クリスチーヌの周りには人を集めた。


そんな状態でもクリスチーヌは決して弱音をはかなかった。むしろどんな時でも優しく気高い彼女は羨望の的であった。それにクリスチーヌがキリアンを悪く言うことはなかった。


“きっと卒業すれば自覚してくださる。”


それだけを心の頼りにした。夫婦仲の良い家庭に育ったクリスチーヌが、冷え切った結婚生活を受け入れるのは抵抗があったが、もはや自分は子供では無い。政略結婚の意味を十分に理解していた。この国の未来が自分の両肩に掛かっている事実も。


そんな折、セラフィナの訪問が決まった。当然のように準備を丸投げしたキリアンに代わり、クリスチーヌがほとんどの準備を担当した。そして、最後の確認のためキリアンを訪ねた昨日、わずかに残っていた期待は木っ端微塵に砕かれた。


「明日のセラフィナ殿とのお茶会は庭園で行う予定だろう?偶然を装ってアリスを同席させるつもりだ。アリス本人に会えば、誰もが彼女の素晴らしさを理解するさ。夜の歓迎会ではアリスをエスコートする。そこでクリスチーヌに婚約破棄を告げてやるのさ!」


僅かに開いていたキリアンの部屋から漏れ聞こえた会話にクリスチーヌは凍りついた。


「ようやくですか。殿下、よく我慢されましたね。」

「よっしゃ!これであの高飛車の鼻をあかせるってもんだ!」

「アリスを王妃に。もちろん我々は協力を惜しみません。」

「頼りにしているぞ。婚約さえ破棄すればあの女は情報を持っているだけのお荷物だ。俺の治世になったら生涯牢の中で仕事をさせてやるんだ。」


次々聞こえてくる冷笑を伴った言葉の刃に震えが止まらない。そしてついに決定的な言葉が聞こえてきた。


「しかし小賢しいあの女の事です。土壇場で悪足掻きしないでしょうか?」

「大丈夫さ。アリスの胎には俺の子がいるからな。」


この国の貴族の間では未だ婚前交渉はご法度だ。子供が出来た場合、結婚する事が暗黙のルールとなっている。


あまりの衝撃に耐えられなくなったクリスチーヌは、音をたてないように後ずさった。そのまま自宅に帰ったが、どうやって帰ったかも覚えていなかった。


その様子をレオナードが見ていた事にも気づかなかった。


そんな事があった次の日が今日である。


「…はぁ…。」


何が駄目だったのだろうか。こうなる前にもっとキリアンに寄り添うべきだったのか。努力を怠った事などなかったが、そもそも成績だってそこまで頑張る必要なんてなかったのではないか。


アリス───彼女のように人懐っこい性格や口を開けた笑い方が良かったのか。水色の大きな瞳、フワフワのピンクブロンド、やや童顔な彼女は確かに可愛らしい。王族特有の深い青色の瞳と母譲りのブロンド、顔だけは良いキリアンと並んだ姿は良く似合っていた。


かたや鏡に映るクリスチーヌは意志の強そうな緑の瞳はややつり目で髪は鮮やかな赤色。美人ではあるが高圧的な印象を持たれることが多かった。また淑女教育を受けた彼女は、感情を露にする事を無意識に回避してしまう。


「…はぁ…。」


正直、気持ちを整える時間が欲しい。回りくどい事などせず、さっさと婚約破棄して欲しい。


それが今出来ないのも理解している。キリアンでは到底セラフィナの相手が出来ないからだ。


「…っ」


ため息をつこうと息を吸い込んだ所で、定刻を告げる従者のノックが聞こえた。こんなことすら思うようにならない事に何だか可笑しくなったクリスチーヌは苦笑いして立ち上がった。


※※※


「突然の訪問になり済まなかったな。我も次代皇帝として勉学に励む最中だ。親交ある貴国とは今後も良好な関係を築きたいと思っている故、そう堅苦しく捉えず楽に話して欲しい。」


そうおおらかに微笑む彼女は噂以上の美しさだった。長い銀髪は煌めき、紫の瞳を大きく彩る睫毛は濃く長い。会った瞬間に感じるオーラは凄まじかったが、話せば気さくと言われる理由がわかる。


自分の目標のような存在にクリスチーヌは単純に感動した。


今、クリスチーヌたちは王城の一室で向き合っている。会談の場所は彼女の一存で室内に移された。


「少々旅の陽射しにやられてな。室内だと有難い。」


彼女の申し出は偶然だろうが、クリスチーヌにとっては首の皮一枚繋がった有難いものだった。もっとも、入室の際に廊下の端にアリス達一行を確認しているので時間の問題ではあるだろうが。


暫くセラフィナの美しさに放心していたキリアンだったが、楽に話して欲しいとの提案に活力を得たのか早速切り出した。


「改めまして王太子のキリアン・ドゥラノアです。彼女は補佐をするクリスチーヌ・ロランス。お目にかかれて光栄です。もし良ければ是非紹介したい───」


「おぉ!貴殿があのクリスチーヌ嬢か!」


突然セラフィナはキリアンの言葉を遮って水を向けてきた。キリアンから“補佐”と呼ばれ傷ついていたクリスチーヌは、内心驚きながらも微笑んで言葉を返した。


「私のような者までご存知とは光栄の極みに存じます。」


「何を謙遜しておる。才女クリスチーヌの噂は周辺国では有名な話だぞ?5ヶ国語を操り、芸術・経済に精通しダンスは羽が生えたように軽やかで、しかも美しい。ドゥラノアの薔薇とはそなたの事であろうに。」


クリスチーヌも、この時ばかりはキリアンも驚愕した。滅多に他国に出る事がないため、まさかクリスチーヌにそんな二つ名があるとは夢にも思わなかったのだ。


「…身に余る事にございます。」


憧れのセラフィナに手放しで褒め讃えられ、クリスチーヌは堪らず赤面して下を向いた。同時にこれまでの苦労が報われたような気持ちがして、涙を堪えるのに必死だった。


そんなクリスチーヌをセラフィナは慈愛を込めた瞳で見やった後、キリアンに視線を向けた。


「キリアン殿もさぞ鼻が高いであろう。この様な素晴らしい婚約者を持てるなど、幸運と言って良い。彼女を補佐と呼ぶ程、貴殿にとってなくてはならない存在なのであろう?」


その言葉はクリスチーヌの涙を引っ込ませ、キリアンの舌を饒舌なものにした。


「クリスチーヌがその様に言われている事には驚きました。でも、噂が真実とは限らないのです。確かにクリスチーヌは勉学に優れているでしょうが、心根は酷いのです。やはり王族に必要なのは慈愛の深さでしょう?その点では同じ学園に通うアリス・ゲール嬢は素晴らしいのです。彼女は元平民なので色々な立場で物事を考えられてとても参考になります。貴重な光魔法の使い手で将来も有望です。その上誰にでも優しく、慈愛に溢れています。クリスチーヌはそんなアリス嬢に醜い嫉妬を向けているのです。」


まさかこんな形で貶められると思っておらず、思わずクリスチーヌはキリアンを見上げたが、返ってきたのは蔑んだ笑顔だけだった。


「───それで?」


セラフィナは微笑んだまま続きを促した。それに勢いをもらったキリアンは一気に捲し立てた。


「彼女の話に興味を持った私は彼女との親交を深めました。それが気に入らなかったのでしょう。彼女に婚約者のいる者にみだりに触るな、二人きりになるなと脅したのです。高位貴族の笠を着て、貴族には貴族のルールがあると言ったとか。可哀想に彼女は酷く怯え泣いていました。それに飽き足らず私にも学園内とはいえ、特定の女生徒と仲良くなるなと牽制してきました!アリスを生徒会室へも入室させないように意見したり。公爵令嬢ごときが何を思い上がっているのやら。婚約者で少し勉強が出来るからと調子に乗っているのです。よりによってこの俺に意見するなど!女は黙って後ろに控えて居ればいいんだ!」


後半は口調も崩れ、およそ高位の相手にするようなものではない。言い終えたキリアンは顔を上気させ、肩で息をしている。この暴挙にクリスチーヌは顔色を失くしたが、それすら秘密を暴露され焦っていると勘違いしたキリアンはニタリと笑うだけだった。


「ふぅん?その話は真実なのかい?」


相変わらず微笑んでいるセラフィナはキリアンにたずねた。これを好意的であると捉えたキリアンは鼻息も荒く答えた。


「もちろんです!ですのでこの場で是非アリスを」


「それでクリスチーヌ嬢のどこに非があるのだい?」


「───えっ?」


キリアンもクリスチーヌも思わずセラフィナを見つめた。キリアンに至っては腰を浮かせた状態で固まっている。それを見て可笑しそうに笑いながら、彼女は続けた。


「貴殿は慈愛が必要だと言ったが、それは治世の一面であると私は考えるよ。優しさだけでこの菓子は食べられるのかい?極端な事を言えばこれは何処かの鳥の大事な次代を心を鬼にして搾取し加工したものだろう?王族に求められるのは民がいかに飢えないか、幸せに暮らせるかが一番さ。そのためには当然相応の知識と情報が不可欠だ。時には非情な決断を躊躇無く行う事もね。」


変わらず中腰のキリアンを見てコロコロ笑いながら更に続ける。


「どうやら君のお気に入りは光魔法の使えるその子なんだね?確かに貴重な存在だ。元平民というのも興味深い。」


「っ!そうなのです。彼女は貴重で」


「でも、それは彼女だけではないよね?貴国には既に高名な光魔法の使い手もいると聞いている。民の話ならば直接多くの者と話す方が偏らなくて良い。対してクリスチーヌ嬢のように他国にまで噂が届くような才女は、替えのきかない唯一だ。持って生まれた才能だけではなく、相当な努力が必要だ。それに彼女はひけらかさないだろう?ますます素晴らしい。」


一瞬生気を得たキリアンだったが、すぐにまた石化した。今度はソファに腰掛けたが。


「高位の貴族が下位の者に指導するのはむしろ推奨すべきだよね?どうやら貴殿は光の彼女に傾倒し過ぎているようだ。それは良くない。“貴族には貴族のルールがある”実に真っ当だ。婚約者のいる者に触れたり二人きりにならない?当然だね。むしろクリスチーヌ嬢が指摘せざるを得ないほど、光の彼女は人との距離感がおかしいようだ。元平民だから仕方ないがね。」


もうキリアンはあ…う…しか言えないでいる。


「王族がいる学園はこの国の未来の縮図だろう?爵位による色眼鏡を持たずに、未来の側近候補となる優秀な人材を発掘する。人間関係を構築し、今後の治世のため出来るだけの繋がりを作る。その最たる物が生徒会だろう?関係者以外が入れないのは当然だね。まさか王族ともあろう貴殿が“学園は縛られる前の楽園。遊び呆ける場”などど馬鹿げた考えがあるなど───いや、さすがに失礼だな。忘れてくれ。まぁ良き側近に出会えるかは運もあるだろう。肯定のみで意見も言わぬカスしかいない時もごく稀にあるだろう。」


今キリアンをつついたら、ボロボロと崩れるかもしれない。あと顔に似合わずセラフィナは口が悪い。


「それから、俺に意見すると言ったが知識と良識ある者が、ない者に教えるのは必然だろう?ドゥラノアの薔薇の噂は良く聞くが、貴殿は何が得意なのだろうか?…あぁ!王族に伝わるという秘伝の魔法“祝福のフラワーファウンテン”。あれをやってはくれまいか?」


サボり魔で成績は下の下の下。もちろん出来るはずがない。キリアンは今日は調子が…準備が…とブツブツ言っている。そもそもフラワーファウンテンは、自身の結婚式で国民に披露する事が慣習となっているため不可避なのだが、本当に大丈夫なのだろうか。


「それから“女は黙って後ろに控えろ”だったか?いやいや吃驚したよ!そんな時代錯誤な事を言う王族がいるとは。他国の情勢を知らないのかい?今世界をリードするのはむしろ意欲的な女性ばかりさ。ああ、これはジョークか。今日一番だよ!」


そうしてあははははと豪快に笑った後、


「それとも次期皇帝たる私への侮辱かな?」


一気に室内の温度が下がった。セラフィナは微笑んでいるが、紫の瞳には怒りの炎がともっている。


───これはマズイ。


役に立たないキリアンに代わりクリスチーヌがフォローしようとした時、信じられない事が起こった。


「キリアン様ぁ~?まだですか~?」


最重要貴賓が王族と対談中の部屋に響く、ノック音と間延びした女性の声。


アリスだ。


この会談に何らかの形で関わってくるとは予想していた。それでも偶然を装うか、キリアンがどうにか正式な入室の許可を得るか。まさか向こうから直接凸する暴挙に出るとは全く予想していなかった。


許されるならクリスチーヌは頭を抱えるか、床に額が擦れる程平伏しただろう。警備はどうなっているんだと思った時、扉の向こうが騒がしくなり「何するのよぅ!キリアン様と約束なの!邪魔しないでぇ!」という声が遠ざかって行った。


「おぉ。約束があったのか、行くがいい。私はクリスチーヌ嬢と話せれば良いからね。」


信じられない事にセラフィナは気にした様子もなくそう言った。いたたまれなくなっていたキリアンはこれ幸いと腰を浮かせた。


「申し訳ありません。どうしても外せない用事で」


「最大権力を誇る帝国の次代皇帝である私との会談が分かっていながら、組み込む用事とはどんな物なのだろうねぇ?」


優雅な所作で紅茶を飲むセラフィナの表情は窺えない。もう何度目か中腰のまま固まるキリアンの腰がそろそろ心配だ。ただでさえ独特な音感を持つ彼を密かにリードして踊るのは至難の業なのに、腰まで痛めては今夜の夜会のダンスは絶望的だ。


「さぁ、クリスチーヌ嬢!まずはかの有名な贋作、ソラファンの聖杯についての見解を聞かせておくれ。やはり贋作であると言うのが今の定説だが、私は本物だと思っているんだ。そのほうがロマンがあるだろう?作成者とされるジャン・フォルチエは確かに素晴らしい作品が多いし、聖杯には彼特有の個性が見て取れる。失踪していたという2年間で作られたという話も良く出来ているが、出来すぎていて違和感が───。」


キリアンのフォローをすべきか迷っていたクリスチーヌだったが、突如始まったセラフィナの話は止まらず聞き役に徹した。


隣の中腰キリアンがこちらを睨んでいるのを視界の端に捉えてはいるが、無茶を言わないで欲しい。自分は公爵令嬢でしかないのだ。話を遮ることはおろか、視線を外す事すら出来ない。何なら集中せねば理解出来ない内容だ。面白過ぎてキリアンを気にする余裕が無い。


やがてキリアンは小さく舌打ちした後、退出していった。


程なくして一旦話を終えたセラフィナと、合わせるように紅茶を口にする。


キリアンのフォローをすべきなのだろうが、クリスチーヌには良案が思い浮かばなかった。そもそもが彼女を貶めるための発言を発端にしているため、否定すれば自分の行い全てを肯定するようではばかられる。


かと言って意味のない謝罪はセラフィナには通用しないだろう。笑顔で「何がだい?」と返された場合、ウチの王太子が阿呆ですみません、とはさすがのクリスチーヌも言えない。


ぐるぐると思考を回していると、セラフィナはため息混じりにこう言った。


「…貴殿も色々大変だな。」


クリスチーヌがはっとして顔を上げた時、再びノックが部屋に響いた。


悪夢の再来か。思わずセラフィナを見つめると彼女はやれやれと言わんばかりの表情で肩をすくめ、入室の許可を与えた。


しかし、意外な事に入ってきたのはレオナードだった。


「ご歓談の最中に申し訳ありません。第二王子のレオナード・ドゥラノアです。…兄が火急かつ重大な用事で席を外したと聞きまして。代わりに同席させて頂けないでしょうか?」


セラフィナは「火急かつ重大ねぇ…」と小さく呟いた。


「まぁいいよ。今はクリスチーヌ嬢とソラファンの聖杯について語っていたところさ。」


「なるほど。ジャン・フォルチエの空白の2年間は実に興味深いですからね。実は私もあまりに気になって、ジャンがその期間過ごしたと言われるボラドゥ地方へ視察に行ったことがあるのです。───父には別のそれらしい理由を提示して視察に行ったので、内緒でお願いします。」


最後の一文の声を潜めたレオナードをセラフィナは暫しキョトンとした顔で見つめたが、その後盛大に笑い転げた。


「あっはははは!もちろん、それについては内密にしよう。貴殿は武芸に優れ古代語と歴史に造詣が深いのだったな。それで?視察で何か分かったのかい?」


それからは三人で様々な事を語り合った。セラフィナはもちろん、レオナードの知識量は舌を巻く程だった。クリスチーヌにとっては純粋に心から楽しく、満ち足りた時間だった。


「実に有意義であった。また夜会でな。」


そう言いながらも名残惜しそうに、セラフィナは予定した時間を少し超過して退出していった。これ以上は今後のスケジュールに影響が出るギリギリの時間。見送ったクリスチーヌ達も準備に急いだ程だ。


「…あれがドゥラノアの黒獅子か。なるほど面白いじゃないか。」


上機嫌なセラフィナがある人物に面会を取り付けたのは、夜会が開始される直前の事であった。



※※※


「…はぁ…。」


誰もいない王城の控えの間で、ため息をついたのはクリスチーヌだ。


夜会用に再度磨きあげられ、より華やかに装われた。用意されたのはキリアンの瞳と同じ深い青色のドレス。縁取るレースやサシュは黒色でいつもより大人っぽく、クリスチーヌの気持ちは浮き立っていた。


いや、浮かれていたのだ。セラフィナとレオナードとの会談があまりにも楽しかったから。


知識量の豊富さ故に、これまで同世代の誰かと学術的な話で楽しめた事などなかった。教師以外から知らぬ知識を得る事も、考えもしなかった切り口から展開する推測も。それがどれ程荒唐無稽な物だろうと新鮮で心が躍った。


興奮したまま夜会の準備に取り掛かったため、うっかり忘れていたのだ。全ての準備が整い一人になった控えの間で、はたと現実に戻った。


セラフィナにあれ程言われて心を入れ換えたかもしれないと少しだけ期待したが、予定時刻を過ぎても迎えが来ない事がそれを否定している。


自分はこれから婚約破棄を告げられるのだろう。それ自体はもはや歓迎すべき事だが、費やした10年という歳月。支えてくれた両親はじめたくさんの人達。良くしてくれた両陛下。その全てに申し訳なく感じてしまう。


同時にキリアンに比べ遥かに努力してきた自分が簡単に切捨てられることに、憤りを感じてもいたのだ。


あと単純にこの国の行く末が心配だ。


「…はぁ…。」


朝と同じようにため息がこぼれる。そろそろ会場へ向かわねばと思い始めた時、控え目なノックの音が聞こえた。


間違ってもキリアンではない。彼なら扉を開く前から響く声と足音で分かるし、なんならクリスチーヌに対してノックなどで気を使った事は無い。


不思議に思いつつも入室の許可を与え、入ってきた人物を見てクリスチーヌは驚き固まった。


いつの間にこれ程背が高くなったのだろう。いつもは下ろしている少し癖毛の黒髪は後ろになでつけられ、顕になった形の良い額が知性を漂わせている。元々学園で騒がれる程の美形であることはクリスチーヌも分かっていたが、いつもと違うのは本当に髪型だけかと思う程に、今日はその美貌が際立っている。


何より彼が着ているコートこそ金の縁取りをした黒色であるが、その裏地やウエストコートに施された刺繍は赤色、クラヴァットや片耳に着けられた宝石は透き通るような緑のエメラルド。


その色彩が指すのが自分である事くらいクリスチーヌは十分に分かっていた。そして自分が身に着けている深い青色のドレスは、何もキリアンの瞳の色だけではない。むしろ目の前にいるレオナードの色彩そのものであることに気づき、頬が熱くなった。


「遅くなってすみません。少々事情が変わりまして、今日は俺がエスコートします。行きましょう。」


そう言って出された手に自分の手を重ねる。きっと迎えの来ない自分に気を使ってくれたのだろう。それにしては、色々と揃い過ぎている気もするが。お礼を言おうと口を開きかけたクリスチーヌに、爆弾が投下された。


「今日はいつにも増して美しいですよ。俺の色がよく似合ってる。」


内緒話をするように近づいたレオナードが耳元で囁く。耳朶に触れたのは息か唇か。わずかに香ったムスクの匂いは異性として意識するのには十分だった。今までだって愛情を感じたことはあるが、こんな直接的なアプローチは初めてだ。


これは一体誰だ。色香の塊のようなこの男は本当にレオナードなのか。だとしたら急にどうしたというのだ。さすがのクリスチーヌも何処から髪か分からない程真っ赤だ。脈拍もおかしい。病気かもしれない。


「…ありがとう。」


蚊の鳴くような声でお礼を言ったクリスチーヌは、会場までのわずかな時間で、平静を取り戻すのに必死だった。


※※※


会場はすでに熱気に包まれていた。入場は爵位の低い者からが基本となる。


婚約破棄を告げてくるならば、会場近くのこの辺りだろうと思っていた。そうして大事な夜会にパートナーなしで入るクリスチーヌを嘲笑し、二人で華々しく入場するつもりだろうと考えていたのに何事も起こらない。首を傾げるクリスチーヌに構わずレオナードは堂々と入場した。


するとあれ程熱気に満ちていた会場が、途端にシーンと静まり返った。


覚悟をしていても何とも居心地が悪い。クリスチーヌは気合いを入れ、殊更背筋を伸ばし口角を上げた。


その時レオナードが繋いだ手をぎゅっと握りこんだ。驚いて見上げると返ってきたのは蕩けるような笑顔だった。爆弾の二投目だ。


「っっっキャ───!!!」


余波を受けた令嬢の何人かが倒れた。違う、何人かの令息もだ。無差別なテロだ。誰でもいい。一旦誰かこの男を何とかして。


「あはは。こんばんは、クリスチーヌ殿。レオナード殿、見違えたな。」


クリスチーヌの願いは最上の救世主の登場により叶えられた。


上半身から太腿までは細身でそこからふわりと広がるドレスは、濃い紫から薄い紫のグラデーションとなっていて、セラフィナの美しいプロポーションがよくわかる。全体に銀糸で刺繍を施され、随所に散りばめられたダイヤモンドが輝く。銀髪は複雑に結い上げられ、のぞくうなじは白い。


昼間とは違った美しさのセラフィナが笑いながらこちらに歩いてきた。慌てて礼をとるが、セラフィナは片手を上げてそれを制した。助かったけれど注目度はさらに跳ね上がった。


「先程はありがとうございました。アドバイス通り変えたのは髪型だけですが…。」

「はは。効果は十分だろう?」

「もうご入場とは知らずに失礼を。」

「こちらが無理を言ったのだ。出来るだけ多くの者と話してみたくてね。」


穏やかな談笑は直ぐに終わりを告げた。


「見つけたぞ!クリスチーヌ・ロランス!!」


宣言通りアリスをエスコートしたキリアンたち一行が突進してきたからだ。


白をベースに金糸で所狭しと刺繍を施されたコートにドレス、キリアンはピンクダイヤモンド・アリスはサファイアをメインに惜しげも無く宝石使った装飾は、誰が見ても揃いと分かる。なんならこのまま結婚式でも出来そうだ。あと多分値段がヤバい。


彼らを確認したレオナードが守るように前に出たが、クリスチーヌは敢えてそれをやめさせて単身彼らと対峙した。言い訳か難癖か、今日は早めに終わらせなければと考えていたクリスチーヌに、3個目の爆弾が投下された。


「クリスチーヌ・ロランス!貴様との婚約を破棄する!!新たな婚約者はこのアリス・ゲールだ。それからアリスは今日会場に来る途中ナイフを持った何者かに襲われかけた。幸い無事だが犯人が赤毛の女だったことは俺がこの目で確認しているし、他に証人もいる。クリスチーヌ、嫉妬に狂ったお前の仕業だろう!今すぐ捕らえてやる!!」


“え───!”


さすがのクリスチーヌも脳内で絶叫し固まった。阿呆だと思っていたが、ここまでとは想像もしていなかった。婚約破棄はまぁまだいい。取ってつけたその暴行未遂は一体?どうして誰も止めなかった?本当にいけると思ってるの?えぇ?まさかの自信満々?あとセラフィナ様、これは余興か?とかやめてください。


怒るべきか笑うべきか悲しむふりか。クリスチーヌは珍しく未だ立ち直れずにいた。代わりに動いたのはセラフィナとレオナードだった。


「今夜は我の歓迎の夜会と聞いていたが…。貴殿は突然どうしたのだ?」

「兄上、周りを良くご覧になってはいかがです?」


ようやく二人に気づいたキリアンは僅かに動揺したが、真面目な顔で続けた。


「御騒がせして申し訳ありません。しかしセラフィナ殿は次代を担う者との交流を望まれたと聞いております。兼ねてよりクリスチーヌではその大役は務まらないと思っていたのですが、ついにアリスの命を狙うまでになったのです。これは一刻を争う事態です。そこで今日この場で断罪し、誰が次代に相応しいか、皆に知らせるべきだと考えたのです!」


言い切ったキリアンはとても良いドヤ顔だ。絡みついているアリスもうっとりと見上げている。


セラフィナは扇で口元を隠しながら続けた。なお、彼女の肩の震えは隠せていない。


「確かに命と言われれば事は急を要するのう。ちなみにそれは今日のいつ頃の話だい?」

「…に、二の刻くらいだったと」

「ほう?その時間ならば我との会談中であるな。」

「いや、三だ。三の刻にクリスチーヌを見たのです!」

「…殿下。その時間も会談中でございました。」

「馬鹿か!お前如きがそれ程長く会談にのぞめるはずが無いだろう。」

「馬鹿は兄上です。私も同席していましたし、元々予定されていた時間ですよ。スケジュール確認もしてないのですか?」


初手で躓いたが大丈夫だろうか。


「まぁいい。目撃者がいると言っていたが、誰になるのかね?」

「ここにいるアルノー、エリック、パトリスです。爵位も人柄も十分に信用出来ます!」

「男四人もいて暴漢一人制圧出来なかったのかい?しかも相手は赤毛の女性だったのだろう?」

「「…………。」」

レオナードの肩も揺れだした。セラフィナは咳払いで声を整えると襲撃場所を聞いた。返ってきた答えは王族の居住スペースに近い普段は人通りの少ない廊下だった。待っていたようにレオナードが騎士団長を呼んできた。


「王城内に暴漢が出たそうじゃないか?」

「…キリアン殿下のお言葉ではありますが、そのような報告は一切受けておりません。平時は元より、今日は大事な御身を預かる日。虫1匹すら入れぬ警備体制である事はこの命にかけて誓えます。恐れながら何かの間違いではないでしょうか。」


こめかみに青筋をたてた騎士団長が返答した。セラフィナは満足そうにそうだと思ったよ、と労った。彼は踵を返しかけ、一言だけ放った。


「エリック、お前は勘当だ。」

「えっ!?何でだよ親父!」


次に呼ばれたのは魔法団団長だった。魔力当たりした何名かが倒れた。珍しく魔力が制御出来ていないが相当お怒りか。


「…こちらにも暴漢の報告はありません。ご指定の時間の魔道具による監視映像を確認しましたが、警備兵とメイド以外に通った者もおりませんでした。…パトリス、二度と家の敷居を跨ぐな。」

「父上!お待ちください!」


更に宰相が呼ばれた。


「暴漢については何かの間違いでしょう。キリアン様とクリスチーヌ嬢との婚約破棄については、理由は別ですがお聞きしております。…アルノー、お前はもう私の息子ではない。」

「聞いていたなら良いではないですか!父上!」


三馬鹿が片付いたところで呼ばれていない財務大臣が来た。


「王城宛に今期予算5分の1の請求書が届いているのですが、ご説明頂けますか?」

「大袈裟だな!夜会用の服などいつも仕立てているではないか。」

「えぇ、ええ。しかし限度があると申しているのです。今季予算5分の1ですよ?」

「そんなもの、どうにかするのがお前の仕事だろう!」

「…では、殿下の結婚に関わる支度金に計上しておきましょう。宜しいですね?」

「やだぁ!結婚だなんてまだはやいですぅ。」

「何言ってるんだアリス。すぐに決まってるさ。」


今の所、暴漢に襲われた事は勘違いにされ、腰巾着の三馬鹿はそれぞれ勘当、結婚支度金のマイナス計上が決定しているが、当の本人たちは何故かイチャつき始めた。そろそろ収拾が付かなくなってきた所でついに


「何やら騒がしくしておるな。」


野次馬の壁が分かれ、国王・王妃両陛下が入場した。


※※※


「これは一体どういう事だ、キリアン。」


感情の読めぬ表情をした国王陛下がキリアンに問いかけた。後ろにはクリスチーヌの両親の姿も見える。


ゴクリとのどを鳴らしたキリアンは、それでも再度はっきりと直訴した。


「父上!私はクリスチーヌ・ロランスとの婚約を破棄し、ここにいるアリス・ゲールと新たな婚約者としたく」

「良いぞ。」


アッサリとそう言った。


「何を驚いておる。そなたが言い出した事ではないか。」

「は、はい。ありがとうございます!」


一瞬呆けていたキリアンは頭を下げ、勝ち誇った顔でクリスチーヌを見た。


「フハハハハ!聞いたかクリスチーヌ!これで」

「ついでと言っては何だが、儂から発表しよう。」


キリアンの言葉を制し、国王は高くなった玉座の前に移動し高らかに宣言した。


「儂の名においてキリアンとクリスチーヌ・ロランス嬢との婚約を破棄し、新たにアリス・ゲール嬢を婚約者とする!」


喜色一色のキリアンとアリスに対し、放心状態で成行を見ていたクリスチーヌに、次の宣言が聞こえてきた。


「それから、この度キリアンの王太子位を剥奪、第二王子のレオナードを新たに王太子とする事が決定した。キリアンはゲール男爵に婿入りする事となる。」


一瞬その場が静まり返った。クリスチーヌも他の貴族たちも、国王の言葉を理解するのに暫し時間がかかった。驚いてレオナードを見上げたが、こちらはニヤリと笑っている。


最初の拍手はセラフィナだった。


「おめでとうキリアン殿、レオナード殿。貴殿たちの新たな門出に立ち会えるとは光栄だな。」


それを皮切りに会場はわっと沸き返った。


「おめでとうございます!」

「レオナード王太子殿下、万歳!」

「キリアン様も御婚約おめでとうございます!」


この国の行く末を憂慮していた多くの貴族に歓迎された宣言に、もちろん反論する者はいた。


「お待ちください!父上!!」


蒼白となったキリアンとアリスが、人を押しやって進み出る。


「何故です!?私が王太子を剥奪されるなど…納得出来ません!!」

「なんで?」

「…………え?」


国王の心底不思議という顔に、キリアンは次の言葉を失った。


「何故自分が王太子でいられると思っておるのじゃ?本気で思っておるのか?」

「…そ、それはこれまで王太子として」

「え?お主、王太子の自覚あったのか?」

「もちろん、そのために教育を」

「え?してたの?いつ?」

「………。」


アリスが必死で何かを言っているが、キリアンは続かない。


「キリアン、王と言うのは誰かに言われて自覚するような人間には務まらんのだ。小さな子供ならまだしも、お主はもう大人じゃろう。これでも小さな頃は口酸っぱく忠告はしておったが忘れたか?あまりに逃げるので騎士団の足の早い者を配置しても、魔法団に依頼しても掻い潜るものでな。そちらの才能を磨くべきか迷ったほどじゃが、いざ隠れんぼとなると途端に何故か下手くそになりおるので断念したのじゃ。」


道理で教師の中に何人か異色な人間がいた訳か。突然隠れんぼに駆り出されたのは、クリスチーヌも覚えている。何度やってもキリアンのおしりが出ていた事も。


「視察に連れて行っても駄目。クリスチーヌ嬢やレオナードに刺激を受けるかと期待したが駄目。最後のチャンスが学園生活だった訳じゃが…残念じゃ。」

「そんな!こ、これからは自覚を持って精進します!どうか私にチャンスをください!!」

「いや、無理じゃから。」


すん、と表情を消した国王は続ける。


「お主がどの面下げてそれを言う。先程の暴行未遂の話も聞いておるぞ?公爵家に対しでっち上げの冤罪をかけるとは、予想の斜め上をいく阿呆じゃの。」

「……そ、それは」

「公爵が婚約祝いに不問にすると言うので呑んだが…本来なら極刑は避けられぬところぞ。」

「………。」

「それに父親たるもの、もっとしっかりせねばならん。」

「っな!んで、それを…。」


キリアンにとっての切り札が特大ブーメランで返ってきた。アリスはオロオロするばかりだ。


「自分の尻は自分でぬぐえ。金はなくとも健康な体があれば何でも出来るぞ。」


膝から崩れ落ちたキリアンの横で、アリスが喚き出した。


「何よ何よ!私の何が悪いのよ!どうせ可愛い私がチヤホヤされるのが気に入らないだけでしょ!何さお高く止まりやがって!」


レオナードが黙って前に進み出る。その時初めてレオナードを見たアリスは急に大人しくなり、上目遣いで瞳に涙をためて懇願し始めた。


「わ、私はキリアン様の言いなりになっていただけですぅ。だって王族に男爵の私がたてつけないじゃないですかぁ…。」

「アリス?何を言い出すんだ?」

「や、止めてください!」


キリアンが伸ばしてきた手を思い切り払い除けた。


「アリス?そんな!愛してると言っていたじゃないか!」

「な、なんの事ですかぁ?レオナード様、助けてくださぁい!」


走り寄ってきたアリスをレオナードは華麗にかわす。アリスはその場ですっ転んだ。


「もういいか?あばずれ。」

「あ、あばずれ!?」

「そりゃそうだろ。もしくは男好きか?貞淑を重んじる貴族社会で婚約者のいる男四人に擦り寄ってるんだぞ?いい気分だったのはあんたたちだけで、こっちは見苦しいの一言だぞ。」

「ひ、ひど」

「それから言っておくが俺に媚びても意味はないからな?貴族としての立ち振る舞いもなっていない子供など興味はない。好みでもない女の涙などうっとおしいだけで可愛くもないしな。」

「か、可愛く…ない……。」

「あんたは自分の出来る最大限の成果を手に入れたから、もういいんじゃないか?その点だけはすごいと思うが、これ以上は関わらないでくれ。」

「………。」


レオナードの言葉が響いたのかは分からない。それでも喚くのを止めたアリスは、とぼとぼと会場を出ていき、それを追ってキリアンも退場した。


それを目で追っていたクリスチーヌは何とも言えない気持ちになっていた。ずっとずっと言いたかった事。耐え続けてきたことの多くが今日報われた気がする。自爆した彼らを見てスッキリしたし、爽快感もある。けれども結局自分の口からは言えなかったフラストレーションと。とにかく朝から色々あり過ぎてとてつもなく疲れていた。正直帰って寝たい。


「クリスチーヌ。」


呼ばれてぼんやりと振り返ると、そこにはレオナードがいた。いつになく緊張した面持ちにどうしたのかと心配する。が、それも長くは続かなかった。


おもむろに跪いたレオナードに、クリスチーヌはついに爆発した。


「これ以上は無理!日を改めさせて頂きます!」


真っ赤になって脱兎のごとく逃げ出すクリスチーヌの背中に、セラフィナの爆笑が響いた。



※※※


帝国のごく私的な部屋でセラフィナは両親と午後のお茶を楽しんでいた。先程広間で公的な帰国報告は終わっている。今は人払いをした部屋で、久しぶりの家族水入らずの時間だ。


「それにしてもセラフィナ、ずいぶんと機嫌が良いじゃないか。」

「ドゥラノアはそれ程楽しかったのですか?」


そう問われて無自覚だったセラフィナは苦笑いした。だが、確かに満足感は高い。


「まぁね。有意義な時間だったよ。再来年には結婚式で念願のフラワーファウンテンも見れそうだ。」

「ほぅ?来年ではなく再来年とな?」

「あぁ、次期王妃は赤薔薇のままだけど、次期国王は黒獅子に変わったからね。」

「…セラフィナ、あまり他国の政に口を出してはいけないわよ?」

「今回は不可抗力だよ。喜ばれたしね。」


私、セラフィナ・ザホ・ゾルツィが前世の記憶を持ったまま、死ぬ間際にプレーしていた乙女ゲームに転生したと気づいたのは最近の事だ。幸いにも思考レベルも感覚も元の彼女と大差がなく、すんなりと受け入れ出来た。


問題だったのは転生した乙女ゲーム。前世ではクソゲーと言われる部類に入る、ヒロインが可愛いから全て許されるという理不尽極まりない設定だった。


攻略対象もよくあるテンプレで、どのルートを選んでもハッピーエンド、悪役令嬢は断罪という物だったが、唯一他と違うのは更に“リアルエンド”が存在する事だった。


安易にハッピーエンドに辿り着きリアルエンドを覗いてみると、阿呆が国のトップになった故衰退し、暴動により没落し、帝国の属国となる様子がそれはそれはリアルに描写されているのだ。ちなみにこのエンドを観るかは本人の希望制なので、別に観なきゃ観なくてもクリアとなる。


このリアルエンドまで視野に入れてプレーするとなると、物凄く時間と労力がかかる。初期段階から攻略対象との逢瀬を勉強会に限定するか、阿呆王子を引きずり下ろして隠しルートの黒獅子に入るか…とにかく狭き門なのだ。


その中でも健気な悪役令嬢が全く救済されない設定は、恨みでもあるのか!?という程の徹底ぶりで、むしろ彼女が大好きだった私は何度も憤慨した。


そんな私が原作ではチラッと出るだけの帝国次期皇帝なんてチート設定に転生したら、もちろんやる事は悪役令嬢救済の一択だった。


内情を探らせ急遽訪問して実際会ってみれば、原作と大差のない状況に苛立ち、うっかり第一王子を論破してしまった。その後国王陛下との面談を取り付け単刀直入聞いてみれば、近々王太子の変更予定とのこと。別に来なくても良かったかと拍子抜けしたところに、レオナードから“アリスがキリアンの子を妊娠している”との告発がなされたのだ。


そこからは怒涛の後半戦だった。王妃と宰相、公爵が呼ばれ、速やかに婚約の破棄が決定した。そして王太子のレオナードへの変更。その後は知っての通り、論破祭りにクリスチーヌの脱走と実に愉快な1日だった。


その後のドゥラノアについてはわからない。それぞれどんな処分になったのか、気にならない訳では無いが、セラフィナの目的は達成した。


願わくば末永い幸せを。


「美しい花が咲くには誰かが剪定して水をやる事も必要だよ。」


セラフィナは晴れやかに笑った。


2/19 一部文章を変更しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] スッキリ終わって面白かったです。 [気になる点] 帝国であれば、君主は「皇帝」となります。 王との違いは、ヨーロッパ兼の例を出しますが、王はあるひとつの民族により作られた国の支配者。 皇帝…
[一言] 面白かったです。
[良い点] すごく読みやすかったし、クリスチーヌの真面目で可憐な印象や、レオナードの腹黒だけど真っ当なかっこよさが生き生きと描かれていて、楽しく読めました! ラストのセラフィナ視点が物語をより味わい深…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ