インターハイ
「え~、今日は私たちにとって一番重要な日です。この日のために毎日毎日頑張って練習してきたと思います。今まで自分がしてきたことを信じて悔いのないように頑張りましょう。それじゃあ、インターハイ予選、頑張っていきましょう!」
『はい!』
佐藤先輩の激励に合わせ、気合いを入れるように全員で返事をする。
今日は高校生活の中でも一番盛り上がるであろうインターハイの予選日である。他にも大きな大会はあるが、高校生にとってはこれが一番重要であるだろう。
「ふむ、まぁバトンとかその辺はあまり気にするな。確実に次の奴に回してやれ。この大会でやるべきことは決勝に残ることだ。わかったなぁ?」
『はい!』
「じゃあ、ぱぱっと決めてきなぁ。」
やる気なさげな声でリレーメンバーにアドバイスをしている女の人。この人がこの陸上部の顧問、河野先生である。
この人が練習に来ることはほとんど無い。しかし部員全員の癖などを知っており、たまに顔を見せては的確にアドバイスをしている。
そしてこの人には教師以外にももう一つ顔を持っている。その正体はただのヲタクである。この人のヲタクとしての能力は俺たちの想像をはるかに凌駕しているらしいが、その実態を知る者は誰もいないと言われている。しかし、俺の周りにもヲタクって言うのは結構いるんだな・・・。
実はこの人自身、かなりの実力者であったらしいが、本人はそれを語ろうとはしない。色々な意味で謎が多い人である。
ちなみに独身で彼氏募集中らしい。しかし募集しているにもかかわらず、全く女としての魅力を感じさせない。俺が言うのもなんだが・・・。
「あ、佐藤先輩、頑張ってください。」
先生の話しは終ったらしく、先輩はウォーミングアップの準備をしていた。
「ん?おう。まぁあんまり気を張らずに適当にやるよ。私たちには最終兵器がいるからな。まず負けることはないよ。」
と彩夏ちゃんを見ながら言った。
「確かにみんなの持ちタイムだけでも十分なのに、あの子のおかげでまた随分とレベルが上がりましたからね。でもバトンミスで失格とかしないで下さいよ。」
「大丈夫だよ。このメンバーでのリレーは初めてだからな。そんなに無茶はしないよ。」
女子のリレーメンバーは今までのメンバーでも十分に戦えるレベルであった。しかし4年生が抜け新しくメンバーを組みなおしていたのである。そのときに彩夏ちゃんが入り込んできた。そしてここに加わったことによって、さらにレベルが上がったのである。ということでこのメンバーで走るのは今日が初めてなのである。
「それじゃあ、頑張ってください。」
「あぁ。お前も頑張れよ。」
そう言って先輩たちはウォーミングアップに向かった。
どの大会でも、だいたいリレーは一番最初の種目である。そしてリレーの次には400mがある。俺はその400mにでるわけであるが、リレーで結構時間を使うので、まだ少しウォーミングアップには早い。
「おぃ、藤井。」
そのとき河野先生に呼び止められた。
「はい、何ですか?」
「・・・・・。」
謎の沈黙である。
「あの、何か・・・。」
数秒後。
「・・・いや、やめておこう。」
「えぇ!ちょ、気になるじゃないですか!」
これだけ待たされて、この扱いである。
「今のお前には、特に言うことは無いと思ってな・・・。」
「じゃあ呼び止めないで下さいよ!」
「ふむ、では一つだけ。頑張れ!」
そう言ってグッジョブポーズをした。
「それってアドバイスですか?」
「いや、違う。」
「ですよね・・・。」
「まぁ、それだけお前に期待しているということだ。」
「・・・すいません、どういう流れでそうなったんですか?」
「わからん。」
「・・・・・。」
なんだかよく分からない時を過ごしてしまった。さっさと行くとしよう。
準備していた荷物を持ちサブトラックへ向かった。
サブトラックには多くの人がアップをしに来ていた。おそらく400mに出場する選手が大半だろう。
トラックを見わたしてみたが、すでに男女ともにリレーメンバーはメイントラックに向かったようである。最後に一言声をかけたかったのだが、まぁあの人たちなら問題ないだろう。
アップも終え、招集も終わり、400mのスタート地点で最後の準備をしていた。俺は1組目なので少し早めに来ていた。まだ男子のリレーをやっていたが、俺の高校はすでに終わっていたようだ。
「よう、藤井。」
「あ、伊熊先輩、どうも。」
俺を呼び掛けた声の主は同じ400mに出場する伊熊先輩であった。
この人は県内の高校生の中で最も速いであろう人物である。去年の全国大会でも決勝に残り6位入賞を果たした。しかし、それでもこの人の上にまだ5人もいると考えると世の中は広いと感じる。
「どうだ調子は?」
「まぁまぁですね。」
なんともよくありそうな質問に適当に答えた。実際、調子が良いとも悪いとも言えないのでこれが的確であったのだが。
「まぁまぁか・・・。去年はそれで負けそうになったからな、用心しとかないとな。」
「ははは・・・。」
とか言っている先輩であるが、この人に勝ったことは1度もない。去年の最後の試合で勝てそうなところまできたのだが、結局抜くことはできなかった。
「ま、当たるとしたら決勝だろうな。ちゃんと上がってこいよ。」
「先輩こそ予選落ちなんてしないでくださいよ。」
「お、言うようになったねぇ。ま、決勝を楽しみにしてるよ。」
先輩はじゃあなと手を振って去っていった。
朝の日差しが徐々に上へと傾いて行き、適度な気温になってきた。
「それでは400mに出場の選手の最終コールを行います。まず1組目・・・・。」
俺の名前が呼ばれ前へ出る。
「1組目の選手はすぐに準備してください。」
自分のレーンへ行きスターティングブロックを合わせる。
「すぅ~、はぁ~。」
今までいろんな試合に出てきたが、この緊張だけは何度やっても収まることは無い。どんな試合でもスタートの直前は緊張するものである。むしろ適度に緊張していた方がアドレナリンがどうとかで良いらしい。
「それでは行います。位置に付いて!」
いつものようにトントンとジャンプをしてから左足、右足の順にブロックに合わせる。頭をからっぽにして、審判の合図だけに耳を傾ける。
「よーい・・・。」
腰をスッと上げる。
競技場全体が一瞬無音になる。
『パァン!』
乾いた音が一瞬で競技場に広がり、それと同時に俺たちはスタートした。
「ふぅ!」
一歩目を踏み出した時に息がもれる。
一歩一歩いつものイメージで地面を押していく。このスタートがうまくいけば、基本的にずっと同じイメージで走ることができる。
予選で大事なことは、今日1日の自分の走りを作ること。この予選でちゃんとした走りができると良いイメージで走ることができる。逆に悪い走りだと悪いイメージになってしまう。
「はっはっはっ。」
第2コーナーを回りバックストレートに入る。
スタートは良いリズムで入ることができた。このままいけば問題は無いだろう。あとは順位だけであるが。
「はっはっはっ。」
チラチラっと横を見る。
前との差はそこまでない。当たり前だが外のレーンの奴は俺よりも前を走る。
内側のレーンも後ろから追ってくるような感じはしない。
そのまま第3コーナーから第4コーナーを回る。このコーナーで外のレーンを抜き去る。
「はぁはぁはぁ。」
メインストレートに来た時には既に俺の独壇場であった。
「はぁはぁはぁ。」
ワーという声援が耳に入ってきた。
いつの間にか競技場内が応援の声や歓声でいっぱいになっていることに気が付く。
「藤井く~ん!ラストー!」
柊の声がフッと耳に入ってきた。集中していたら普通は歓声すら聞こえないのだが、集中を切らしている証拠である。
もう一度頭をからっぽにして集中する。といっても体中に乳酸がたまってきて体がうまく動かない。どんな人間でも、だいたい40秒くらいで乳酸がたまってくるらしい。乳酸がたまると体は自分の意思に反して、いうことをきかなくなってしまう。
なので、このメインストレートは正直、気合と根性で乗り切っている。まぁ他にもそれまでの勢いとか色々あるが。
「はぁはぁはぁ・・・っ!」
最後にフィニッシュを決めゴールする。
「はぁはぁはぁ。」
フッとタイムを見る。
「はぁはぁ・・・っ、マジッすか、はぁはぁ。」
まさかの自己ベスト更新である。
自分でもびっくりであった。そこまで本気で走ったつもりではなかったので、まさかの出来事である。
「ほい、お疲れ。いきなりやってくれるじゃん。」
伊熊先輩はポンポンと背中を叩いてそのままレーンへ向かった。
「はぁ、頑張ってください。はぁ。」
先輩は圧倒的な力の差を見せつけ悠々とゴールした。
「はぁはぁ、どうや。」
タイムは俺よりも速かった。それでもまだこの人は本気を出していない。まだまだ走りに余裕がある。
「はは・・・、さすがですね。」
「まだまだ後輩には負けられないからな。」
圧倒的な力を持つこの人に俺は挑もうとしている。
「なんか勝てない気がしてきた・・・。」
とぼそっとつぶやいたことは内緒で・・・。
次の準決勝までには時間がある。
少しダウンをしてベンチに戻ることにした。
「よう、お疲れ。」
「あ、どうもお疲れ様です。」
ダウンの途中で佐藤先輩と彩夏ちゃんにあった。
「おつかれさまです、センパイ。」
「一応、準決出場だな。」
「ですね。」
「まぁ、お前なら問題なく決勝にいけるだろ。」
とか言って地味にプレッシャーをかけてくる先輩である。ただでさえ緊張するのにこんな所でプレッシャーをかけないでほしい。
「だといいですけどね。」
と適当に返しておいた。
「センパイ、弱気になっちゃだめですよ!」
彩夏ちゃんは素直に応援してくれた。うん、彩夏ちゃんはいい子だ。
「どうしたんだ?」
「あ、いや、何でもないです。」
藤井と別れて私たちは召集所へ向かった。
「私たちって結構まえの方だったよな。」
いまさらだがどの組で走るかあまり覚えていなかった。プログラムを見たときはサーッと読みとばしてしまっていたからである。
「はい。確か、センパイが2組目で、私は5組目でしたね。」
「2組目か・・・。」
組が先頭の方にあるとプログラムに書いてある時間通りにアップができるので楽である。男子の場合はプログラムの開始時間の30分後に開始などざらにあるらしい。
「じゃあ、そろそろ行くか。」
「そうですね。」
私たちは100mのスタート地点へ向かった。
「どうだ、初めての試合は?」
と彩夏に聞いてみた。考えてみれば彩夏が出た試合は先日の記録会のみであった。まぁ、そこであの驚異的な記録を叩きだしたわけだが。
「なんか記録会と違って緊張しますね。でも緊張するけど、なんか楽しみです!」
緊張するけど楽しみ。そこは私と一緒だな。やっぱりこういうことは楽しまなくちゃダメだよな。私の場合は緊張の方が勝っているが。
「ここにいる人たちって、みんな各学校から選ばれた人たちなんですよね?みんな速いんだろうなぁ。はやく走りたいなぁ。」
「はは・・・。」
たぶんこの中で一番早いのはこの子だろう。というより、すでにこの子に勝てる高校生はいないかもしれない。
「佐藤さん。」
と後ろから肩を叩かれた。
「ん?おぉ、木嶋じゃん。久しぶり。」
ふと振り返り、そこに立っていたのは私の知り合いの木嶋だった。
こいつは恐らくこの県で知らないものはいないであろう人物だ。それも当然で木嶋は前年度全国大会の100m優勝者である。いわゆる現女王である。
「久しぶり、元気にしてた?」
ハラハラと手を振って聞いてきた。
「まぁな。そっちは?」
「実はあんまり・・・。」
と下に顔を向けて言った。
「そうか。」
「なんてね、冗談。てへっ。」
木嶋は舌をペロッと出し、手をグーにして自分の頭をコツンと殴った。
その仕草は見ていて身震いし、そしてなんだかムカついた。
「・・・・・。」
一瞬、時が止まる。
「あ、そうだ。彩夏、もう一回プログラム見せてくれないか?」
「はい、ちょっと待ってくださいね。」
彩夏もこいつは関わると危険だということを覚ったらしい。
「・・・ねぇ、ちょっと、ねぇってば。」
「・・・なんだよ。」
できるだけ無視をしようとしたが、ここまでからまれると相手にしない訳にはいかない。
「もうちょっと、なんかいいツッコミないの?」
「ない。」
「考えてよ。」
「いやだ。」
「なんで?」
「あんたと知り合いと思われたくないからだ。」
「えぇ~、それはひどいよ~。」
「いや、まえから思ってたけど、あんたのノリは結構めんどくさいっていうかなんていうか・・・。」
木嶋は私にはわからない世界の住民の性格をしている。例えるならば彩音の言動をさらに理解不能にした感じだ。
「これって結構恥ずかしいんだよ。結構頑張ってるんだよ。」
「いいよ、そんなところで頑張らなくても。」
いちいち返事をするのも面倒だ。うん、なんか本当に面倒になってきた。
「あのぉ~、ちょっといいですか。」
ちょうどいいところ?に彩夏が入って来てくれた。
「あれ、その子って・・・?」
「あぁ、今年入ってきた1年の・・・。」
「柊彩夏です。」
「柊さんかぁ。私は木嶋、よろしく。」
「あ、よろしくお願いします。」
やっとまともな話になった。
ひとまず危機は逃れたようだ。ここはこのまま話を流していこう。
「確かあんたたち一緒の組だよな?」
自分の組は覚えていないのに、この二人が一緒ということは何故か覚えていた。
「ん~どうだったけ?」
木嶋は顎に指を立て、う~んと考えるしぐさをしながら言った。
自分は二人とも知っていたから目に留まったが、ふつう会う前の人のことを覚えている方が珍しい。
「あ、アタシ見てみます。」
彩夏はさっき取り出したプログラムをパラパラとめくった。
「あ、ホントだ。アタシと木嶋先輩いっしょです。」
「そっか一緒かぁ、じゃあお互い頑張ろうね。」
木嶋はサッと彩夏に手を差し出した。それに答えるように彩夏も手を差し出した。
「はい!」
2人はガシッと握手をした。2人の目は何やら見えない火花を散らしている。
似た者同士というわけではないが、彩夏はこういうやつの扱いはわかっているのかもしれない。
「あ~、ちょっと。」
そんなことよりも木嶋に言っておくことがあった。
木嶋を彩夏から離しコソコソっと話した。
「一応言っておくと、あの子私より速いから。」
すると木嶋はさっきまでのおちゃらけた態度とは裏腹に、目が真剣になっていた。
「それってホント?」
コクンと頷く。
「へぇ~、そんな風には見えないけど。ま、あんたが言うんだから本当なんでしょうね。」
「あぁタイムだけ見るなら、間違いなく全国トップレベルだ。」
「そっか、そう・・・ふふ、ふふふふ。」
木嶋は何やら意味深な笑い方をした。
「ど、どうしたんだ?」
「あなたも知ってるでしょ?私は相手が速ければ速いほど、燃える女なのよ。」
そういえば前にそんなことを言っていた気がする。その時は冗談なのか本気なのかよく分からなかったので聞き流していたが。
しかし木嶋がベストや良いタイムを出すときは、基本的に自分よりもレベルの高い選手と走る時である。コイツよりレベルの高い選手といえば社会人くらいだが。
「う~、そんなこと言われたら、早く走りたくなってきたじゃないの。」
「まぁまぁ、すぐに出番が来るから楽しみにしときな。」
ちょうどその時、競技が始まった。自分の組もすぐに始まる。
「佐藤さん、期待してるから。」
にこっと含みのある笑いでそう言った。
「いつもそう言ってるけど、そんなに期待されても困るんだが。」
「ふふ、いいのいいの。いつかはあなたも分かるから。」
「結局それってどういう意味?」
「それはね、自分で考えるの。」
今まで何度も聞いているが、結局、今回も分からずじまいだった。
1組目はまだ準備をしている段階であった。2組目が始まるまでまだ少しある。といってもほんの数十秒であるが。しかしこの待っている時間は非常に長く感じる。
ドクンドクンと心臓が高鳴っている。
ふぅ~と息を吐き鎮めようとする、がなかなか治まらない。
「ったく、まだまだ予選だってのに・・・。」
自分では分かっていても、この緊張は抑えられない。
普通の人なら気にしない程度なのかもしれない。でも私に取ってはこの場から逃げ出したくなるくらいなのである。もっとも、私は逃げもしないし、むしろなんでこんなにも緊張しているのかが分からない。彩夏ではないが、私も陸上を楽しんでやっているはずなのに。
「位置について!」
そんなことを考えていたら、いつの間にか順番になっていた。
頭を切り替えるために頬をパァンと叩く。
「よーい・・・。」
スッと腰を上げる、と同時にスーッと目一杯息を吸い込む。
『パァン!』
その轟音と同時にスタブロをガッと蹴る。
20mを過ぎた辺りから自然に体が起き上がってくる。
目には見えないが、まだ左右には人の気配がする。だが、次第にその気配も消えていく。そしてゴールラインが近づいて来て・・・そのままラインを越えていく。
「はぁはぁ。」
タイムはあまり良くなかったが、一応1位で通過することができた。
しかし、自分ではあまり納得のできる走りではなかった。まぁ終わったことを悔やんでいても仕方がない。じきにに彩夏と木嶋の組も来る。それまでここで見ているとしよう。
結果は予想通りといえば予想通りであった。彩夏が1位で木嶋が2位で通過した。
「・・・・・。」
木嶋が黙って彩夏をじーっと見つめている。
「あ、あの、えっと・・・。」
木嶋はふぅ~とため息をついて
「あなた、本当に速いのね。完全に油断してたわ。」
驚きとも怒りとも取れそうな声でそう言った。おそらく驚きは彩夏に怒りは自分に対してだろう。
「決勝では絶対に勝つから。覚悟しておいて。」
今までとは違う真剣な眼差しだった。
「・・・はい!」
彩夏も真剣に返した。
木嶋はそのまま去っていった。
「しかし、あの木嶋の真剣な顔、久しぶりに見たな。」
「え?」
「あいつ、いつもはあんなだけど、本気の時は別人みたいになるんだ。」
そう、怖いくらい冷静になって誰も寄せ付けないオーラを放っている。
しかし、今回はやけに早かった。いつもならもっと上のラウンドに行ったときになるのだが。
「それだけこの子が強いってことか・・・。」
チラッと彩夏を見る。
「・・・?私の顔に何か付いてますか?」
「いや、何でもないよ。」
木嶋が本気になった以上、今の彩夏でも勝つことは難しいだろう。もっとも私自身も負ける気なんかないが。
競技場内を舞う風にサワサワっと木々が揺れる。日はすでに西に傾き空を赤く照らしている。
「・・・・・。」
「決勝っていつもこんな感じだよなぁ。」
「黄昏たくなりますよねぇ。」
この夕日の感じと風のせいで感慨にふけってしまう。しかしこの感じは好きだ・・・。
「400m決勝に出場の選手は準備をしてください。」
審判が準備を促してきた。
「・・・は!」
いつの間にやらどこか遠くの世界に行っていたようだ。
「何やってるんだよ・・・。」
「いや、すいません、つい・・・。」
「まぁ、分からんでもないが・・・。さぁ、ちゃっちゃと決着をつけますか。」
「そんなに簡単にはつけさせないですけどね。」
「あぁ、ライバルが簡単にやられちゃ困るからな。」
こうして2人は決勝へ向かうのであった。
ドクン、ドクンと胸の鼓動が早く、大きくなっていくのが分かる。
「位置について!」
一度空を見上げ、深く息を吸い込み、そして一気に溜めこんだ空気を吐き出す。
ふと前にいる伊熊先輩を見る。
俺が4レーンで伊熊先輩が5レーンだ。俺が伊熊先輩を追いかけるという形になる。
もともと俺は追いかける方が好きだ。相手が見えているのと見えていないのでは、随分と気分が変わってくる。特に相手が速ければ速いほど、追いかけられるとかなりのプレッシャーになるのである。
「よーい・・・。」
『パァン!』
快音が辺りに鳴り響いた。
トン、トン、トンとリズム良く地面をけっていく。
次第に体が起き上がってくる。自然と前にいる伊熊先輩が目に入る。
「・・・!」
伊熊先輩のスピードが異常に速く感じる。というより実際に速いわけだが。
元々この人は前半からとばしていき、後半はそのスピードをそのまま維持していくタイプである。なので速く感じるのは当たり前と言えば当たり前だ。
しかし、簡単に言ったが、実はこんなことは相当レベルが高くないとできない。後半になれば酸素が足りなくなり、苦しくなってフォームも崩れ減速していく一方である。最初に力を使いきればますますフォームを維持するのは難しくなる。なので前半からとばしていくには、自分の実力にかなりの自信がないとできない。
しかし、この人はそれだけの自信と実力を持っている。だからこそこのようのことができるのである。
それでも、このスピードはいくらなんでもとばし過ぎである。このままいけば後半に本当に走れなくなってしまう。この人には何か作戦でもあるのだろうか。
さて、どうするか。先輩について行くことは可能だが、後半、潰れてしまうのは目に見えている。なにより、今からペースを上げると完全にリズムを崩してしまう。ここはこのまま自分のペースを維持し続けることにするべきだ。
もうすぐバックストレートを走り切り前半の200mを過ぎるところである。
まだ先輩のスピードは落ちてきていない。このバックストレートで先輩との差がかなり広がった。しかし、これくらいの差なら、まだ十分に追いつくことができる距離である。
ここからのコーナーが一番きついところである。カーブを走ることによってスピードも少し減速し、体が徐々に動かなくなってくる。ここでスピードが落ち、そのまま最後まで減速したまま、ということはよくある。なのでここが一番の踏ん張りどころと言ってもよい。
コーナーの真ん中を過ぎたあたりで斜め後ろから風に押されるのを感じた。ということはメインストレートも追い風になっているはず。追い風であれば無駄な力を使わずにスピードを維持して走ることができる。
このまま風を味方につけることができればスピードに乗ることができる。しかし・・・。
300m地点。なかなか先輩との差は縮まらない。ここまで来たらどんな人でもスピードは落ちてしまう。それをどれだけ減速させずに走るか。それがラスト100mのカギになる。
この人が後半に強いのは知っている。それだとしてもこの距離が縮まらないのはおかしい。先輩は前半に100m選手のようにとばしていった。普通ならそれだけで後半は走れなくなってしまうのに、この人は少なくとも俺と同じスピードもしくはそれ以上で走っている。いったいどうなっているというのか。
その時ふわっと後ろから風に押される。心なしか先輩との距離がひらく。
俺と先輩の走力に差は無いはずだ。むしろ今なら俺の方が勝っているはず。しかし現実は逆になっている。
おそらくこの原因は、先輩がこれだけの追い風の中、理にかなった走り方をしていること。
俺の今の走り方は陸上のやったことのない人が見ても、きれいとは言えないだろう。むしろ、これだけの距離を走ったあとにちゃんと走れる人の方が少ない。
しかし、先輩はどう見てもフォームが崩れていない。スタートしてからずっと、この綺麗な走り方を維持しているのである。
追い風の力を大きく受けるのはもちろん先輩の方である。それは俺と先輩の走力の差を僅かばかり拡げることができる。
一度はそう考えた。しかしそれでも、力を使い果たした先輩の走力が俺を上回っているのはおかしい。それとも単に俺が、この人と互角だと思い込んでいたのか。
「・・・っく、はぁっ!」
最後の力を振り絞り、という表現は間違っているかもしれない。すでに最後の力は使いきっている。それでも動かない体を気迫で何とか動かそうとする。しかし前との差が縮まることは無い。
そしてゴールラインを越えたときには、優勝を確信した伊熊先輩が目の前にいた。
「はぁはぁはぁ。」
両膝に手をつき肩で息をする。2人とも足りなくなった酸素を取り入れることに精一杯で、一言も喋ることができない。
ワーっと言う歓声が辺りに響き渡ってる。
「はぁはぁはぁ。とりあえず、はぁ、一勝だな、はぁ。」
「はぁはぁ、そうですね、はぁ、でも次は、はぁ。」
「ああ、はぁ、楽しみにしてるよ、はぁ。」
伊熊先輩は手を振りそのまま去っていった。
結局、俺は2位という結果になった。6位以内に入れば次の試合に進むことができるので、とりあえずこの大会での最終的な目標は達成できた。
「よぉ、藤井、惜しかったな。」
スタンドから河野先生が話しかけてきた。スタンド側から太陽の光が差し込み逆光になっているので、先生の姿はシルエットになっていた。
「どうだった?」
「・・・・・。」
それは何のことを聞いているのか、理解できなかった。
この結果について、自分の走りについて、あの人の走りについて、それとも・・・。
「・・・ふむ、お前がもし伊熊との実力差で負けたと思っているなら、それは間違いだ、と言っておこう。」
「・・・それってどういう意味ですか?」
「それは自分で考えるんだな。」
ふっ、と笑い言うだけ言って去っていった。
先生の言った言葉が頭をよぎる。
実力差で負けたわけではない。しかし同じ力を持った者同士が走れば、ああはならない。だとすれば一体どういう意味なのだろうか。
背中からから吹きつける風は昼間と比べ若干涼しくなっており、空は真っ赤に染まっている。
「すごいですね。」
「あぁ、そうだな。」
木嶋の顔はいつになく真剣だ。いや、こちらの顔が木嶋の本当の顔と言った方がいいだろう。
何者も近寄せないオーラを放ち堂々としている。これが木嶋の女王たる所以なのだろう。
「柊さん、予選での借りは返すから。」
離れた所に座っていた木嶋がこちらに来て彩夏に言った。
「・・・はい。でもアタシも負けません。アタシにはお姉ちゃんとの約束があるから・・・。」
「そう。でも、勝つのは私よ。」
木嶋は自分の力に絶対的な自信を持っている。そして、その力は真に絶対的である。だからこそ断言できるのだ、絶対に勝つと。
「・・・・・。」
木嶋が立ち去る時にチラッとこちらを見たが無言のまま去っていった。
俺が出る種目はすべて終わったので、スタンドから競技を観戦することにした。スタンドにはスクリーンに映し出される記録を書き写している柊がいたはずだ。
これだけ人がいると見つけるのは難しいと思ったが、案外すぐに見つかった。しかし柊は記録用の紙を手に、ウトウトと頭を上下にさせながら眠っていた。
「なにやってんだ・・・。」
とは言っても、この炎天下の中ずっと記録だけを書き写ししていたら疲れてしまうのも無理は無い。
この時期はどうしても雑用をマネージャーにまかせっきりになってしまう。
「しょうがない、俺がやっとくか・・・。」
柊を起こさないように記録用紙をとる。ペンは何故かベンチの下に転がっていた。おそらく寝ているときに落としてしまったのだろう。
記録が書いていないのは400mの決勝からであった。ということは、ついさっき寝てしまったということか。
自分の記録はさっき見てきたのでそれを書き込む。
「えっと、あとは・・・。」
どの種目が残っているのかを確認したところ、残りは決勝の種目だけであったのですぐに終わりそうだ。
「それでは、女子100mに出場する選手の紹介をします。」
ちょうど女子の100mが始まった。
これに出ているのは佐藤先輩と彩夏ちゃんである。
タイムでは彩夏ちゃんの方が速いが、なにぶん経験が少なすぎる。数をこなしてきた佐藤先輩と比べればまだまだ初心者と言える。そして何より、あの人は全国の試合にも出場している。全国大会の空気というものを知れば、県予選くらいなら不思議と楽に走ることができる。この差は2人にとってタイム以上に大きいだろう。
そして、1番の壁は前年度全国大会優勝者の木嶋さんだ。全国トップレベル。その域に2人が達していないとは言わないが、それでも勝つことは難しい。
「それでは行います。位置について!」
競技場内が、しーんと静まり返る。
観客としてこの場にいるだけでもこの感じは緊張する。
「よ~い・・・。」
辺りはよりいっそう静まり返る。というより時が止まったという表現の方が近いかもしれない。
『パァン!』
その轟砲とともに選手が一斉に飛び出る。
スタート直後、1人だけ飛び抜けた人がいた。木嶋さんである。
この人の強さはスタートの爆発力である。この人にスタートで勝てる人はそうそういない。そして長身から繰り出すストライド。それでいて足の回転が速い。これほど短距離に適した身体能力を持っている人は見たことがない。まさに天性の才能と言えるだろう。
しかし、天性の才能をもった人物があそこにはもう一人いる。彼女の力は未だ未知数だが、記録がその才能を物語っている。
「ふむ、難しいな・・・。」
「・・・・・!」
いきなり隣に河野先生が現れた。一体いつこの場に現れたのか、気配すら感じなかった。
「ちょ、ビックリするじゃないですか。」
「・・・・・ふっ。」
ふっ、ってなんですか、とか言っている場合ではなかった。
40mを過ぎたあたり。先頭は言うまでもなく木嶋さん。そしてそのすぐ後ろに佐藤先輩、彩夏ちゃんが並んでいる。2人ともスタートの爆発力は木嶋さんに劣るが、それ以外の走力は拮抗している。
彩夏ちゃんは身長の差もありストライドは長くないが、ピッチが異常なまでに速い。
ピッチが速いということは同じ秒数でも歩数が多くなるということである。歩数が多くなればストライドが短くても歩数分距離を稼ぐことができる。つまりストライドが大きい人よりも前にいける可能性もある。しかし、この100mという短い距離で稼げる歩数はほんのわずかである。
普通ならどちらかに偏るのではなく、両方共を無理しない程度に稼ぐ走り方をする。しかし、この子の場合は別である。目で見てはっきりとわかる回転数の違い。皆が1回転させている間に2回転しているのではないかと思うくらいの速さである。
対して佐藤先輩。この人はおそらく木嶋さんと同じく、全てにおいて長けているスプリンターである。そのことは誰が見てもわかる。それなのに木嶋さんとの差は、この高校生活では縮まっていないらしい。それだけ木嶋さんがすごいのか、それとも・・・。
「ふむ、決まったな、あとは・・・。」
依然としてトップを走るのは木嶋さん。変化があったのはその後ろであった。
彩夏ちゃんのピッチが落ちてきている。
いや、そうではない。落ちてきているのではなく、隣を走っている佐藤先輩のピッチに合わせてしまっているのである。本人は無意識だろうが確実に2人の回転数が同じになっている。
「これじゃあ・・・。」
「あぁ。・・・ふっ、経験の差だな。」
同じ回転数であれば、当然ストライドの大きい方が勝つ。徐々に差が開いていき、焦ってしまい余計に相手を意識してしまう。こうなってしまっては元に戻すことは難しいだろう。
1、2、3ときれいに差が開いてきた。
残り30m。佐藤先輩と木嶋さんの差も縮まることは無かった。いや、むしろスタート時に比べるとほんのわずかだが、広がったように見える。
そして順位は変動せず・・・。
タイムはさすがと言うべきだったが、まだ彩夏ちゃんの持ちタイムの方が速い。
「なんていうか、凄いですね・・・。」
「あぁ、木嶋は速さだけでなく強さも持っている。それがあの2人との差だな。」
「強さですか・・・。」
強さとは何か。陸上競技の中ではほとんどの場合、速い=強いというイメージだったがそれは違うのだろうか。違うとしたら強さとは何なのだろう。
「痛っ!」
その時、背中にゴスっと何かが当たった。
ハッと振り返ると柊が不思議な格好をしていた。不思議というより完全に何かを蹴ったあとのポーズだが。
「ん~・・・ねむ。」
「おーい、起きたかー?」
顔の前で手をヒラヒラさせる。
「・・・あと5分。」
「はぁ、なに言ってんだか・・・。」
「ふむ、それを現実で聞いたのは初めてだ・・・。」
「た、確かに・・・。じゃなくて、お~い!起きろ~。」
ゆっさゆっさと体を揺らして起こす。
「・・・?あれ、なんで藤井君が・・・。」
柊は目をこすりながら起きてきた。
起きた柊はクルクルと辺りを見回して状況を確認していた。
「え、あれ!?ちょ、えっ!なっ?」
「あ~、大丈夫か?」
挙動不審になった柊をなだめる。
「う、うん。っていうか、えっとぉ・・・もしかして終わっちゃった?」
「ああ。」
「これ、藤井君が書いてくれたとか・・・?」
「ああ。」
そっか、と顔を下に向けすごく申し訳なさそうに
「ごめん、私・・・。」
柊はいつもふざけている、と本人に言ったら怒られるが、根は真面目なのである。というよりその真面目な部分をふざけて隠しているようにも見えるが。
「・・・大丈夫だって。俺も、もう出る種目なかったからな。」
「ううん、そういう問題じゃなくて・・・。私マネージャーなのに、その仕事もちゃんとこなせないなんて・・・。」
落ち込んでいた柊がさらに落ち込んだ。
「いいんだよ、いつも頼りっきりだからな。こんな時くらい手伝わせてくれよ。」
実際、本当に頼りきりなので、心配しているのは確かである。
「・・・うん。」
「ふむ、青春だな。」
隣で見ていた先生が冷やかしてきた。
「ちょっと、茶化さないでくださいよ。」
「いやいや、若いということはいいことだ。この年になると恋愛なぞろくにできん。ふむ、ひとつ男でも紹介してくれないか?」
などとふざけたことを聞いてきた。もちろん紹介する気などない。というよりこの人と釣り合う人がどんな人なのか、逆に気になる。
「そんなこと生徒に聞かにでください!」
「む、ダメか。それでは柊・・・。」
「ダメです。」
と当たり前のように返される。
「・・・そうか。ところで藤井。」
「何ですか?」
半ばあきれながら聞きかえした。
「あまりフラグを立てすぎるなよ。」
「それ、教師がするアドバイスですか・・・。」
「ふっ、分かっていないな藤井は・・・。」
恋愛相談も教師としての仕事だと言いたげだ。
「そもそも、そんなにフラグを立てたつもりは無いですけど。」
「主人公というものは、そういうことには疎いのだよ。」
「まぁ、それは分かりますけど。っていうか主人公って俺ですか?」
「ふっ、分かっていないな藤井は・・・。」
さっきと同じセリフをもう一度言った。
「さて、そろそろ帰る準備でもするか。」
先生はそう言ったがすでに準備はできていた。
「って、答えてくれないんですか・・・。っていうかリレーは見ないんですか?」
「あのメンバーなら落ちることはまず無いだろう。」
「まぁそうですけど。」
「それに、今のうちに帰らないと、出遅れて渋滞に巻き込まれる。」
「そっちが本音ですか。」
試合が終われば観客も選手も一斉に帰る。そうなれば渋滞するのは当たり前である。
「ふっ、私もいろいろ忙しいのでな。」
「やっぱり教師って大変なんですか?」
「ふむ、今年に入って積みゲーが一段と増えたからな。」
「・・・・・。」
「まぁ、あとは任せた、と佐藤に伝えておいてくれ。」
先生はさっさと帰ってしまった。
「ダメだあの人・・・。」
「えー、お疲れ様でした。今日はみんな良い成績を残せた思います。残念ながら上のラウンドへ進めなかった人もいますが・・・・・」
先生の言う通りリレーは男女ともに堂々の1位を飾った。特に女子のリレーは圧倒的な力の差を見せつけた。
「みんな、お疲れ様でした!」
『お疲れ様でしたー!』
ぼーっとしていたらいつの間にか集合が終わっていた。
「はぁ、結局センパイ達2人ともに負けちゃった。」
「まぁまぁ、いいじゃない初めての試合なんだからぁ。次、頑張りなさい!」
「む~、でもやっぱ、くやしいよ~。」
先ほどのレースで負けたことがよっぽど悔しかったのか、彩夏ちゃんは柊に愚痴を漏らしている。
「そんなに簡単に勝たれても困るんだが。こっちも3年の意地ってやつがあるからな・・・って、げぇ!」
佐藤先輩は急に不思議な声を上げた。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。とりあえず私を隠してくれ。」
「いや、その言動は何でもあるでしょう。」
「いいから、黙っていてくれ。」
訳が分からなかったが、とりあえず先輩を隠すことにした。しかしどの方向に隠せばいいのか・・・。
「あ、木嶋センパイ。」
「お、柊さんじゃん。おつかれ~。」
「って、あ゛ぁ゛ぁぁ・・・。」
また佐藤先輩が奇声を上げた。
「ど、どうしたんですか?」
「はぁ、もういいよ・・・。」
これまでの佐藤先輩の言動の意味が全く分からなかったが、とりあえずそこは流しておいた。
「佐藤さん、おつかれ。」
「・・・あぁ、おつかれ。」
「なに、そのびみょ~な間は?」
「何でもないよ。」
目の前にいるのは先ほど100mで優勝した木嶋さんだった。この二人と知り合いというのは別に不思議ではなかったが、やはり佐藤先輩の言動は気になる。
「・・・・・!」
その時サッと柊が俺の後ろに隠れた。
「どうしたんだ?」
「・・・・・。」
俺が聞いても柊は答えなかった。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
木嶋さんが俺に話しかけてきた・・・のではなく柊に話しかけていた。
「・・・・・。」
「間違いだったらごめんなさい。あなた、柊彩音さん?」
「・・・うん。」
柊は少し黙ってから答えた。
「やっぱり!うわぁ、久しぶり彩音!元気だった?」
「・・・うん。先輩も元気そうだね・・・。」
「そりゃね。私はいつだって元気だよ!」
木嶋さんはガッツポーズをして見せた。
2人のやりとりを見ていて2人が知り合いだということはわかったが、なぜ2人が知り合いなのか疑問だった。
「あんたたち知り合いなのか?」
タイミング良く佐藤先輩が聞いてくれた。
「うん。えっと、いつからだっけ?もう3年前だっけ?」
「ううん。私が中1の時だから4年前。」
「そっかそっか、もうそんなに経つのか~。いや~、それにしても久しぶりだねぇ~。元気だった?」
「お前、さっきもそれ聞いただろ・・・。」
木嶋さんは久々の再会で楽しそうだが、柊は若干元気がない。
「そっか~、まだ陸上やってたんだ。高校に入ってからずっと見てなかったから、やめちゃったのかと思った。」
「・・・・・。」
相変わらず柊は無言だった。
「でも、あのままだったら彩音の勝ち逃げだからね~。それでどうなの調子は?って試合に出てないってことは怪我かなんか?」
「あ、それは・・・。」
彩夏ちゃんが間に入って話を止めた。
それにしても木嶋さんの発言からして、若干、話が食い違っているようだ。
木嶋さんの質問は明らかに選手としての質問だ。しかし、柊は中学の時からマネージャーしかやっていない。それに中1の時に出会ったってことは・・・いったいどうなっているのか・・・。
「・・・柊さん?」
「・・・・・。」
間に入った彩夏ちゃんは黙ったまま何も話さなかった。
「・・・彩夏、いいよ。」
柊はフルフル震える彩夏ちゃんの頭をポンポンとなでた。
「ねぇ、先輩。ちょっと長くなるけどいいかな?」
「・・・?別にいいけど。」
「・・・えっと、どこから話そうかな・・・。それじゃあ、私が陸上を始めたところから・・・。」
そうして柊はぽつぽつと話し始めるのであった。