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羽に積もる雪

 雪が降る季節。彼女はやってきた。

 その名の通り、肌が雪のように白く美しかった。すらりとした体型は誰が見ても羨むものだ。女からも男からも彼女は注目の的。その時、自らに向けられていたものが、そういうものなのだと理解する。

「痛いですね……」

 自らが感じていたものを向けて、改めて感じた。

 姿勢よく立つ彼女は深くお辞儀をする。彼女のそれは俗に言う最敬礼というもので、それもよく自身に向けられるものだった。しかし、堅苦しい嫌な感じは全くしない。そのかわり妙に熱苦しいと思った。

 彼女は前の席に座ることになり、隣の生徒に軽く挨拶をしていた。近くで見る彼女は先程と全く印象が違い、モデルのような体型にも係わらずやけに逞しさを含んでいる。

 何をすればそうなるのだろうか。目の前の彼女を観察していると、その彼女が後ろに振り返り、

「よろしく」

 と声をかけられてしまった。イントネーションが少し変だなぁ、などと思いながら挨拶を返す。

 それはごく普通の、ありきたりな出来事。転校生がやってくる、というイベントでは何の変哲もないものだ。

 その後も彼女を中心に人だかりができ、

「好きな食べ物は何?」

 だとか、

「前の学校では何の部活やってたの?」

 など、よくある光景が繰り広げられた。

 注目の的が少しでも和らいだのは嬉しかったが、すぐにそれは戻ることになる――――――


===========================


 彼女はしっかりしていそうで、実際は羽根のようにふわふわとしていた。どんな場所でも注目されており、それなのに気にすることなくマイペースだ。

 しかし、マイペースと言っても天然ボケをかましたりはしない。成績優秀、スポーツ万能で人当たりもよく、所謂完璧超人だ。故に普通の人たちとは違う意味でマイペースである。

 そんな彼女は周りから注目されるのに、どこか遠い存在。自身からか、それとも周りからか。

 だからだろう。初めて声をかけた時、彼女は驚いていた。

 今までの誰とも違う接し方に意表をつかれた、と後に彼女は語る。 友達になりたかった、というわけではない。ただ単純に声をかけただけ。それまでの誰とも変わらない接し方で。

 異常だったのは彼女を取り巻く環境だったのだ。だから、今こうして彼女と友人としていられるのは偶然であり、もしも環境が少しでも違えばただのクラスメイトのままだっただろう。


 ――――――――――――――――――――


 羨望の眼差し、妬む声。

 完璧超人は今日も一人だった。

 周りからどう思われていても、周りから何を言われても、行動に変わりはない。

「す、すみませんでした!」

 彼女の前で落し物をした女子生徒が、何故か全力で謝る光景を目にした。何か悪さをしたわけでもなく、勝手に筆箱とノートを落とし、勝手に謝っていった。彼女自身はそれに何の関与していない。女子生徒の行動を目にしていただけだ。

 それなのに、ある別の女子生徒はひそひそと、しかし彼女に聞こえるように言った。

「お嬢様は相変わらず怖いねぇ」

 だが、そんな言葉に耳も傾けず、彼女はいつものマイペースを貫く。

 そしてまた変な出来事が起こる。

「あ、あああ、あの、隣の席大丈夫ですか!?」

 移動教室での出来事。この授業は席が自由なので彼女の隣に座る人間がほぼ皆無だ。

 しかし、男子生徒の一人が彼女に声をかける。

 何故か?

 理由は簡単だ。見ればわかる。他に席が空いていないのだ。

「ええ、構いませんよ」

 当然断る理由もない。断れば男子生徒が授業を受けられないからだ。

 それなのに、男子生徒のそれは一世一代の告白をするかの如くの勢いだった。

 男子生徒がほっとするのも束の間。何故か次の日からはこんな噂が流れる。「お嬢様がまた一人従者を増やした」と。

 従者とはまた凝った言い方をするものだ。悪口で言うならば奴隷の方が効きそうなのに。

 それに彼女の周りには従者など一人もいない。表現としてそれは間違っている。

 まぁともかく、そんな出来事がしばらく続いていたわけだ。だからと言って、その状況をなんとかしようなんて考えなかった。彼女自身がマイペースであり続けるのだから、こちらとしても言いようがない。それが普通なのだと。

 いつの間にか自分もその環境に毒されていたのだろう。

 彼女に声をかけたのはほんの偶然。そして、そんな自分に彼女が興味を抱いたのも偶然。

 その変な環境がなければ、ただの日常の出来事して終わっていただろう。


 ――――――――――――――――――――


 ある日の放課後。

 職員室に呼び出され、その帰りでのことだ。ちなみに怒られていたわけではない。

 彼女を見かけた。大量のプリントを抱えて。重さは大したこと無いだろう。だが、高さが五十センチはあった。

 ああいう紙切れはホッチキスなどで留めていないとすぐに崩れ落ちる。そのバランスをとる彼女は、彼女にしてはやけに苦しそうな状況だった。

 困っている人間を見て助けない道理もない。その半分を持つ。それだけの行為だ。だと言うのに、

「手伝おか?」

「……な……っ!」

 彼女は妙に驚き、助ける前にそれを落としてしまった。

 落とさないように手伝うと言ったその矢先の出来事。これでは意味がないではないか、などと思いながら落としてしまったプリントをかき集める。

「どうしてですか?」

 こちらがせっせとプリントを集めていると言うのに、彼女は何もせず問いただした。

「何が?」

 その言葉以外出てこなかった。本当に何に対しての問いだったのだろうか。

「どうして……」

 彼女も何を問いたかったのかわからないようだ。

 この異常な環境での普通のやりとり。その普通は、異常な環境では異常だったのだ。だから、普通の出来事にどうしてもなにもなく、彼女自身も何を問うているのかわからなくなったのだろう。

「ほら、あんたも早く拾ってや」

「は、はい」

 それが普通の出来事だと認識すれば、後は何もおかしいことはない。普通にそのプリントを届けるだけ。

 何かが起きたのだとすると、その後に彼女からこんなことを言われた。

「今度、お食事でもいかがですか?」

「は?」

 随分と唐突でその提案に面食らったが、一緒に食事に行くなど学生では普通の出来事。勿論それを受けることにした。のだが――――――

「な、なんやこれ……」

 待ち合わせの場所に行くと、ものすごい車体が長い車がそこにはあった。道行く人々もそれに目を向けざるを得ない。

「お待ちしておりました。どうぞ」

 そして、彼女に招かれたのは自分だった。

 意味がわからない。

 彼女からしたら普通だと理解できるが、自分からしてみれば……否、一般的にはこれは普通とは言わない。

 言われるがままにその車体が長い車…リムジンに乗り込むと、勢いよくそれは発進した。

 行き着く先はレストラン、なのだが、これが普通のレストランなわけがない。どこからどう見ても一般人が立ち入れるような店ではなく、どう考えても自分は場違いで入ることさえ躊躇われる。

「ここの料理はとても美味しいのですよ」

 と彼女は笑顔で言っていたが、正直味など覚えていない。それどころか、そこでの出来事がまるまる記憶から抜け落ちている。

 いったい自分は何をしていたのだろうか。彼女とは何を話したのか。いや、そもそも緊張しすぎて言葉を発してすらいないかもしれない。

 その一日は非常に時が流れるのが早く、というよりは記憶が抜け落ちているのだからその一日は無いに等しいわけだ。

「今日はとても充実した一日でした」

 その彼女の言葉を聞いたのが、記憶を取り戻した瞬間だった。

「あ、ああ、そうやね……」

 楽しい時間は時の流れを早く感じると言うが、これのそれは違うものだろう。

 充実していたかどうかはともかく、この時間を過ごしたのは事実で、既にこの時から友人としての関係にほんの僅かだが踏み入れていたのだろう。

 それから過ごした二人の時間は特筆することなどなく、それこそごく普通の出来事だった。最初がおかしかっただけで、その後は普通の友人としての付き合いだった。

 一緒に町に出かけ、食べ歩き、買い物をする。そんな日常だ。

 いつしか、彼女を取り巻く異常な環境も和らいでゆく。自分と一緒にいることによって、彼女の普通である部分を垣間見たのだろう。彼女はお嬢様であるが普通の女の子でもあるのだと。


 ===========================


 自身は彼女に救われた、なんて言うと彼女は笑うだろう。だがしかし、実際に助けられているのだから仕方がない。

 所謂「いじめ」とは毛色が違ったが、他人からの目を痛く感じなくなったのは彼女のおかげだ。

 故に自身も彼女を助けたいと思っている。

 そう、思っている。

 それは今も進行形の話だ。

 彼女はそれでいて自然なのに、自分自身を見せていない。自分の欲を抑えて他人を優先する、という自己犠牲な人に見えるが、実際はそれとも違う。彼女には失礼だが、欲には忠実だ。

 なんだろうか、責任を背負っているという表現がしっくりくるだろうか。特に最近は、部活を引っ張っていかない立場にあるから余計にそれを感じてしまう。

 そんな彼女に助けられたのも事実だが、このままでは彼女自身がいつか潰れてしまう。自分の成すべきを成す前に終わってしまう。

 それは絶対に嫌だ。親友である彼女を放っておくなんてできない。

 でも、自身には救う術がわからない。

 ――――――誰でもいい

 ――――――力を貸して

 どんなものでも縋りたい思い。

 そうして手を差し出してくれたのはいつもの彼らだ。彼女を慕って、否、純粋に、立場など関係なく、表現するならば……友として。

 この言葉は実に使い勝手がいい。

 年齢、立場を越えてなれるもの。

 安くて重い言葉。

「いつもお世話になってますからね」

 少年の吐いた言葉。

 それは事実でもあり虚実でもある。

 理由がそれだけでないのはわかっている。でも、それをなんと表現してよいのかわからない。

 ――――――嗚呼、やはりこの言葉は便利だ

「友として、お願いします」

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