デート? 2
―――――友喜サイド―-―――
「とても面白かったです。また、対戦していただけますか?」
「ええ、いつでもいいですよ」
軽く微笑み掛ける先輩に、ドギマギしながら答える。
「あ、あれは・・・・・・」
しかし、そんな俺をよそに、先輩は映画館の方へと足を進めていった。
「どうしたんですか?」
「いえ、この映画に少し興味がありまして」
と先輩が指差したのは、とあるアニメの映画だった。
「これですか?」
それは魔法少女モノのアニメで、主に低年齢層の女の子に人気のあるものだった。
「どうしてこれなんですか?」
「先日、日本経済を支える重要なコンテンツの一つに、アニメが含まれていると説明したのは覚えていますか?」
先輩の言葉に頷き返し答える。いつだったか、内容は忘れたがそういった話を聞いたことは覚えていた。
「もしかして、アニメの業界にも姫川グループは関係しているんですか?」
と聞くと、先輩は言葉を選ぶように答えた。
「そうですね、直接的な関係はありませんが、アニメ関連のグッズも扱っている玩具関連の会社はあります」
「も、ってことは、それ以外にも扱っているものがあるってことですか?」
「正確に言えば、子供向け玩具店にアニメ関連のグッズが少しある程度です。」
つまり、アニメのグッズがメインではなく、子供向けのおもちゃ屋さんということだ。
「今の世の中、ごく普通のよくある玩具だけではやっていけないのです。ですから、子供達に人気のアニメグッズも扱おう、と数年前から取り組んでいるのですが・・・・・・」
「ですが・・・・・・?」
「アニメに疎い方達ばかりで、どうにも上手くいかないのです。そこでアニメなら学生に聞いた方が良いだろう、ということで姫川グループ最年少である私が最近流行のアニメを見ることになったのです」
なるほど、この映画は子供達の間でも大人気のアニメの作品だ。だから姫川先輩はこれに興味を持ったわけか。
「えっと、見たいですか?」
「はい、是非とも」
うぅ、すごい笑顔で答えられてしまった。
流石にアニメ好きでも、この歳で幼児向けの映画を見るのは少し気が引ける。
だが先輩と一緒に映画を見る、という素晴らしきシチュエーションは何物にも変え難い。嬉しいような辛いような、なんとも微妙な気持ちであった。
―――――柊サイド―――――
「あ、入ってっちゃったよ」
その後、後を追いかけた訳だが、映画館の中にまでは流石に入れない。というか佐藤先輩が断固拒否する。
「なんで子供向けの映画を見なきゃいけないんだよ。しかも尾行のためだけに金を払ってまで」
まぁ、普通そうですよね。そこは私も賛成だ。
「でも、どうするの? 二時間くらいは出てこないんじゃ」
優希の言う通りだった。こんなところで二時間も待つのは流石に辛い。だがしかし、諦めるわけにはいかないのだ。
「優希、これでジュースとポップコーン、あとナチョスを買ってきてくれないか」
と、500円玉を手渡した。
「いや、なんで? てか足りないし」
「もぅ、しょうがないなぁ。こいつがほしいんだろこいつが」
1000円札をヒラヒラとさせていると、ガバッと優希に取られてしまった。
「おい、まさか二時間も待つつもりか?」
「そうですよ」
「私は帰るぞ。こんな場所でそんなに待っていられるか」
佐藤先輩が立ち上がり帰ろうとしたそのときだった。
「アイスクリーム」
「―――――!」
「先輩、映画館のアイスクリームを食べたことはありますか?」
「い、いや、無いが、それがどうかしたのか?」
食いついた! 甘い物が大好きな佐藤先輩が食いつかないわけがない。
「実はこの映画館のアイスクリームは他とちょっと違うんですよねぇ」
まぁウソなんだけど。
「そ、そうなのか? ま、まぁ少しくらいなら待ってやってもいいかな」
そして落ちるのが早い。
「優希、そういうことで」
「ん」
しかし、優希は動かなかった。
「な、なんだいその手は?」
「お・か・ね!」
「ですよねぇ」
こうして財布からまた一枚英世が消え去った。
―――――友喜サイド―――――
幼児向けのアニメ。そう思ってた。しかし、それが俺の過ちだった。
「平日ですけど人が多いですね。それほどこのアニメは人気ということなのでしょうか?」
「そ、そうですね」
「それにしても、やけに大人の男性の方が多いようですが、やはりこういった人気作は大人子供問わず人気があるものなのですね」
「そ、そうですね・・・・・・」
ぬかった! 確かにこのアニメは幼児向けだ。だがしかし、同時に大きなお友達にも人気のある作品なのだ(俺は守備範囲外)。
平日なら空いているはずだ、という俺の予想を見事に裏切り、館内は異様な熱気に包まれていた。
「なにか飲み物でも買ってきましょうか?」
このむさ苦しい中、冷たい飲み物なしではやっていけない。
「すみません、ではお願いします。あ、あとパンフレットもお願いできますか?」
「いいですよ」
パンフレットも購入とは、やはり本気だこの人。あとで劇場限定版グッズとかも買いそうな勢いである。
―――――柊サイド―――――
「佐藤先輩はどうして陸上をはじめたんですか?」
「なんだ藪から棒に」
優希が買い物に行っている間、二人きりになったのでなんとなく聞いてみた。これで少しは佐藤先輩のこともわかるかもしれないし。
「そんなこと言われてもな。結構昔の話だし、はじめた理由なんて忘れたよ」
先輩ははぐらかすように顔を逸らした。
「え~ホントですかぁ」
「本当だよ。ああでも、はじめたときに美羽に言われた言葉は覚えてる」
だがその横顔は何かを思い出しているように見えた。
「なんて言われたんですか?」
「ああ、えっと―――――」
しかし、先輩が口にしようとした途端、何故か顔を赤らめその口を閉じてしまった。
「どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもない。なんでもないんだが、すまん言えない」
「え~、そんなぁ。めちゃくちゃ気になるじゃないですかぁ~」
「言えないものは言えないんだ。ほら、小野坂も帰ってきたぞ」
くそ、話を逸らされた。
「ちょ、彩音、佐藤先輩!」
優希は両手に大きな紙袋を抱え、小走りにやってきた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「と、トモ君に見つかっちゃた」
「なぬ! それはまずいじゃないかい。よし早く逃げよう」
優希の持っていた紙袋を3人で分け持ち、映画館の出口に向かった。
―――――友喜サイド―――――
それは数分前の出来事だった。
姫川先輩に頼まれたパンフレットを買った後、ジュースを買いに売店へ向かった時だ。
「オレンジジュース3つ。ポップコーンキャラメル味1つ、塩味2つ。ナチョス2つ。チョコチップアイス3つ下さい」
一人の客が大量の注文をしていた。見た目は細いのによく食べるんだなぁとか、なんか俺の知り合いに似てるなぁとか思ってたんだ。
うん、でもそれは本当に俺の知り合いだったわけなのさ。
「何やってるんだ小野坂」
「―――――!」
小野坂はビクッとすると恐る恐る振り返った。
「や、やぁ、偶然だねトモ君」
「小野坂も映画見に来たのか?」
「う、ううん、私は彩音とさと・・・・・・二人でちょっとそこまで」
柊とゲーセンにでも来ていたのだろうか。
「それにしても、その量を二人で食うのか?」
「そ、そうなの、ちょっとお腹すいちゃって」
ちょっとお腹すいてそれだけ食べるのか。女の子の胃袋はよくわからん。
「じゃ、じゃあね、彩音が待ってるから!」
と小野坂は風のように去っていった。
何をそんなに急いでいるのだろう、と思いながらもジュースを注文するのであった。
―――――柊サイド―――――
「うへぇ、疲れたぁ~」
駅近くの人っ子一人いない小さな公園。そこのベンチに3人で腰掛ける。
映画館から逃げるように去ってきたが、あることに気付いた。
「なぁ、なんで逃げる必要があるんだ?」
「そりゃあ尾行してるのがバレたらまずいじゃないですか」
「それは彩音が勝手に決めたことだろ。私たちは別に悪いことしてるわけじゃないんだからいいじゃないか」
言われてみればそうである。
「それにあいつらは映画を見てるんだから、逃げるにしても走る必要はなかっただろ」
ごもっともです。
「ま、まぁいいじゃないですか。とりあえずナチョスを食べましょう」
と袋の中から取り出したナチョスを渡した。
「何故にナチョスをチョイスした。私はアイスの方がいいんだが」
と言いながらもナチョスを食べる先輩。
「アイスは早く食べないと溶けちゃうんで、先に食べちゃってください」
優希は袋の中からカップに入ったアイスを取り出した。
「そいじゃあアイスも一緒に食べますか」
ベンチの上にお菓子を並べ、それを囲んで食べる。
なんだかちょっぴりパーティー気分・・・・・・んなわけがない。
「アイスの甘さが目にしみるぜ」
「ちょっと何言ってるかわからないですね」
―――――友喜サイド―――――
映画も見終わり、その帰り道。時間も時間なので先輩を家の近くまで送ることになった。
先輩の家は意外にも市街地から離れたところにあるらしい。よくよく考えれば、こんな街中より外の方がでかい家を建てやすい。先輩の家は一体どんなものなのだろうか。想像することさえ難しい。
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
結局先輩の意図は全くわからなかったが、楽しかったので良しとしよう。
「そろそろ日が沈みますね」
町から少し離れた場所にある河川敷。向こう側に見える山へ太陽が隠れようとしていた。
「あ、あれは・・・・・・」
「どうかしたんですか?」
先輩は河川敷にいる誰かを見ていた。
「あれはもしかして佐々木?」
佐々木はカメラを構え、じっとある場所を狙い定めていた。
「佐々木君の撮る写真はとても奇麗ですよね」
「へ~そうなんですか。俺あいつの写真見たことないんですよ」
「いえ、そんなことない筈ですよ。彼の写真は昇降口に飾ってありますから」
なんと、あの昇降口に飾ってある、週ごとに変わっていく写真は佐々木が撮ったものなのか。
「ずっとプロが撮った写真だと思ってました」
「そうですよね、私もはじめはそう思ってましたから。ですが、よくよく見ると、あの写真はほとんどが校内のどこかにあるものが被写体なのですよ」
そうなのか。前々からなんとなくどこかで見たことあるような感じがしていたが、なるほどそういうことか。
「彼の撮る写真は本当に美しくて、そして彼の感情が読み取れるのです。彼がその風景を見た時に感じたものが」
写真のことはよくわからないが、それってすごいことなんじゃないか?
「あいつは今、何を撮ってるんですかね」
佐々木の構えるカメラの奥を見てみる。
「・・・・・・」
なんかどこかで見たようなシルエットだ。
目を凝らして見ると、やはりというかなんというか、根岸星那であった。
「どうかしましたか?」
「い、いえ、なんでも」
なにやってるんだ、あいつ。
―――――そして翌週―――――
「う、まじか」
朝練を終え、教室へ行こうと昇降口に入ったときだった。
今週の写真―――――犬と戯れる少女―――――
「ん、どしたの藤井君?」
「あ、ああ、これを見てくれ」
後から入ってきた柊姉妹にその写真を見せた。
「これって根岸サンですよね」
そうです、根岸さんです。
彼女は彼女の知らないところで有名人になってしまったのである。
あいつ、この学校に来るって言ってたよな。うん、なんか、すまん。