ボウリングに行こう
「よ、久しぶり」
ビルの前に立つ大きな時計の下で、携帯電話を弄くる少女に声をかける。
まだ日は昇りきっていないが、初夏の日差しはいつに無く強い。先日の大雨が嘘の様だ。
こんな日であるのに、少女は日差しを遮るものを何一つ持っていない。それどころか半袖のTシャツにショートパンツと、全身日を浴びまくりである。
女の子なのにそういうのは気にしないのだろうか。
「あ、おはよう。元気してた?」
「まぁ、ぼちぼちかな」
などと他愛ない会話を続けていると、二人の姉妹がやってきた。
「やあやあ、お待たせし申した。むむ、あなたが優希の恋のライバルですかぃ」
初めて会って早々によく分からない挨拶をする柊。そんな柊に若干ひいている根岸。
「こ、この人があんたの言ってた友達?」
根岸は柊には聞こえないように耳打ちした。
「なんていうか、その、ちょっと無理」
「大丈夫、そのうち慣れる」
不安げな根岸の肩をぽんと叩いた。
「うわ、慣れたくないな」
「それよりも、ほら、一応自己紹介を」
なかなか話しが進まなそうな雰囲気なので、とりあえず自己紹介を促す。
「うん、そうだね。私は柊彩音。で、こっちが妹の」
「柊彩夏です。よろしくお願いします」
二人は揃って頭を下げた。
「あ、えっと、私は根岸星那。よ、よろしく」
柊の態度の変わりように少し驚いてるようだった。二人とも運動部だから、そういうところはしっかりしているのである。
「おっと、噂をすればなんとやら。おーい、優希ー!」
と柊は、道の向こう側に手を振る。そこには小野坂の姿が見えた。
「ごめん、ちょっと遅れちゃったかな」
「いや、俺たちも今来たところだよ」
小走りにやってきた小野坂は息を整え、全員に軽く挨拶を済ませた。
「コレで全員?」
と聞く根岸だが、生憎もう一人いるのだ。ものすごく面倒なやつが。
「呼んだか?」
「呼んでねぇよ。ってどこから出てきたんだよ」
相変わらずどこにでも現れるやつだ。
「この人は?」
根岸は聞くので、適当に答えた。
「西山晃。とりあえずテキトーにあしらっておけば大丈夫だ」
「おい、その扱いは酷いだろ!」
「いつものことだろ?」
「ああ、そういえばそうだな」
と、いつも通りのやり取りを済ませる。
「それでいいの・・・・・・?」
「これでいいんだ」
ということで、互いに自己紹介が済んだ訳で、どこに行くかを決めることになったのだが
「ここに来てちょっとしか経ってないから、色々遊ぶトコとか教えてほしいんだけど」
という根岸のリクエストに答えることになった。
「遊ぶところ、って言われても俺が行く場所はゲーセンぐらいだしな」
それにうんうんと頷く柊妹。
「あとはカラオケぐらいかなぁ。私もそんなに遊びに来るわけじゃないし」
「そうだよね。食べ物屋ならいくつか知ってるけど、遊ぶ場所ってそんなに無いよね」
と言う柊と小野坂。
「ちょっと外れにプールがあるけど、行くならもうちょい後だな。あと、あのビルの二階にボウリング場があるぞ」
と西山晃。流石に地元なだけあって、それなりには知っているようだ。
「他に行くところってあるか?」
「・・・・・・」
全員特に無いらしい。ほんとにみんな高校生かよ。自分もだけど。
「じゃあ、ボウリングでも行くか」
ってなわけで、ボウリング場へ向かうことになった。
こんなところにボウリング場なんてあったんだな、と心の中で呟く。生まれてこの方十余年、何度も来た筈の駅前にボウリング場があることを初めて知った。
「こんなところにボウリング場なんてあったんだね」
「ね、知らなかった」
「ですよね」
柊姉妹と小野坂も同じかよ。
「何を隠そう、ここは地元民にしか知られていないボウリング場だからな」
晃は胸を張っていった。
それって自慢するものなのか?
「私、ボーリングは小学生の時以来かも」
根岸は珍しいものを見るようにボウリング場の中を見ていた。
「へぇ、いまどき珍しいな」
と言いつつ、自分もボーリングは数えるほどしか行ったことが無い。
「おーい、友喜。適当に登録しといたから早く行こうぜ」
「おう、サンキュウ。ほら、行こうぜ根岸」
と呼びかけたが返事が無かった。
「根岸?」
彼女はカウンターの横に並ぶオリジナルマイボウルとやらを見ていた。
その横には、月間ランキングというものが表示されていた。
「へぇ、このランキングで一位になるとマイボウルを作ってくれるのか」
だが、そのランキング一位の点数は300点である。
「満点かよ」
しかも、毎月同じ人が一位で満点を取っている。
いいのかコレ。客を呼ぶための捏造じゃないのか。いやしかし、本当に毎月満点を取っている人なのかもしれない。
「ふっ、上等! 腕がなるわ」
「もしかして、満点取るつもりか?」
「当たり前よ。一位なんて言われたらやるしかないじゃない」
マジかよ。
根岸は相当やる気のようだ。
「どうでもいいけど、早く行こうぜ。みんな待ってるぞ」
「あ、うん」
ボウリング大会
―――――西山晃―――――
「ということで、これより始球式を行います」
シーーーーーーーン
「っておい、無視かよ」
「ああ、悪い。ちょっとジュース買いに行ってた」
「まぁいい、俺の華麗な美技に酔いな」
奇妙なポーズをとる晃。
『ガコン!』
『ガコン!』
「ま、こんなもんだな」
2連続ガターでなに言ってんだよ。
―――――柊彩音―――――
「ふっふっふ、この程度の球遊び、どうと言うことは無いぃ!」
妙に自信たっぷりな柊だが、投げたボールは見事にガターに吸い込まれた。
「ふ、私のボールに恐れをなしたか」
「・・・・・・」
「なにか言ってよぅ!」
「いや、さっきも同じ光景を見たし・・・・・・」
―――――柊彩夏―――――
「いきます!」
何の前触れも無く、柊妹はボールを投げた。しかし、それは見事にガターに落ちていった。
あれ、もしかして三回連続で同じオチ?
「右に8cm、角度1度修正。リリース地点3cm奥へ」
なんか呟きだしたぞ。
「アタシが投げる、アタシが壊す、全てを無に、全てを有に。十の悪を善とす。十の悪を壊し壊し壊し壊し壊し壊し壊し壊し壊し壊し壊す。ハァァアアアア!」
脱兎のごとく駆ける。
唸りを上げる四肢。
放たれた球は轟音を纏う。
『スコーン!』
快音を鳴らしたそれは弾ける様に飛び、全てを薙ぎ払った。
「よし!」
柊妹は小さくガッツポーズをした。
うん、何も言うまい。
―――――小野坂優希―――――
「私、あんまり自信が無いんだけど」
「大丈夫だって、なんとかなるよぉ」
ダブルガターの柊に言われても困ると思うんだが。
「うん、なんとか頑張ってみる」
と言って、勢い良く・・・・・・いや、勢い悪くボールが投げられた。
ゆっくりと転がって行くそれは、更に勢いを失い
「あ、あれ?」
ピンの手前で止まってしまった。いや、ピンには当たっている。と言うことはピンの耐久が球速を上回っていたと言うことかッ!
「ドンマイっ! 次はいけるよぉ!」
「うん」
しかし、結果は無情にも同じであった。
―――――藤井友喜―――――
「久しぶりだからな、ちゃんと投げられたらいいけど」
ボールを持ちレーンへと入る。
「よし、いくぞ」
一呼吸置いてレーンを駆ける。投げられたボールはレーンの左側を通り
「あ~、ちょっと左に寄ったか」
倒した本数は僅か3本だった。
「今度は狙いを定めて・・・・・・」
2投目。ボールは少し右によっている。だがしかし、コレは計算どおり。このボールは左へ曲がる!
『スコーン!』
予想通り。全てのピンが倒れていった。
「よし! スペアゲットだぜ」
「・・・・・・」
ってあれ、なんかみんなの視線が冷たいんだけど。
「藤井君、そこは空気読もうよ」
と柊彩音。
「見損なったぜ」
と西山晃。
「センパイ、あの、すみません!」
と柊彩夏。
「・・・・・・」
と小野坂優希。
「えっと、まぁ、次があるさ」
と根岸星那。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
―――――根岸星那―――――
「・・・すぅ・・・・・・はぁ・・・」
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「ど、どうしたんだ」
「話しかけないで」
「はい・・・・・・」
目が怖いよ根岸さん。
「・・・・・・」
ゆっくりと、だが、しっかりとした投球フォーム。
投げられたボールは確実にピンのど真ん中を貫き、全てのピンを倒した。
「ま、こんなもんね」
「すげぇな、なんかプロみたいだったぞ」
「え、ああ、あれを真似しただけよ」
と言って彼女が指差したのは、プロボウラーの投球が連続した写真になっているポスターだった。
あれを見ただけで完璧に真似するとは末恐ろしい。
―――――結局、昼飯も食べずにボウリングだけで一日を過ごしてしまった。
「くぅ~、疲れたー! こりゃ明日は腕が筋肉痛だな」
駅前の夕日に照らされたショッピングモールを六人で歩く。みんなとは少し離れて根岸と二人で話をしていた。
「たるんでるわね、もっと身体を鍛えなさい」
と言う根岸はオリジナルボウルを抱え満足そうにしていた。
まさか本当に全部ストライクを出すとは思わなかった。
「なんていうか、お前ってホントにすごいよ」
「ありがと、そう言ってくれるのは素直に嬉しい」
と根岸は微笑みを見せた。それは、まるで無邪気な子供のよう。
「どうだった、今日一日は?」
「うん、楽しかった。みんな面白いし、こんな感じに遊ぶのは久しぶりかも」
「お前の言う「自分で気付ける好き」ってやつは見つかりそうか?」
「あんた、そんなこと覚えてたの?」
根岸は驚くようにした。
「そりゃ、覚えてるさ」
根岸との出会いは驚きの連続だったから、彼女のいった言葉はすごく印象に残っている。
「そうね、たぶん、すぐ見つかると思う」
「そっか、そりゃ良かった」
「あんたの友達って、すごい変わってるし、意味わかんないけど」
すごい言われようだぞみんな。
「でも、一緒にいるとすごい楽しくて面白い」
「だろ、俺もそう思うよ」
「よし決めた!」
そして突然、根岸は叫んだ。
「ど、どうしたんだ?」
「私、あんたたちの学校行くから、よろしく。あ、みんなには内緒ね」
と言うと根岸はみんなの輪に走っていった。
「ほら、早く行きましょ。私もうお腹ぺこぺこなんだから」
彼女の笑顔は夕日に照らされ、とても眩しかった。初めて出会ったときとは全く印象の違う、すごく楽しそうな笑顔。こんなに短い時間で人は変わるのだろうか。いや、たぶんこれが本当の根岸星那なのだろう。
案外、彼女の言う「自分で気付ける好き」ってやつは、もう手に入れているのかもしれない。