雨
「雨ってなんかワクワクするよねぇ」
いきなりである。ずいぶんいきなりである。
時期は7月末。そして期末試験の真っ最中である。一学期の山場だ。これを乗り切れば夏休みが待っている。とは言え、陸上部の俺に、夏休みはあってないようなものだが。
まあ、それはいいとして今日は雨が降っている。
教室の外を見ようと窓に目を向けると、かなりの勢いで窓ガラスに雨粒がぶつかっている。そのせいで、窓はモザイクがかかったように外の景色を遮断していた。ホームルーム前に外を眺めることが日課になりつつある今日この頃。そのひと時を邪魔された気分である。
そんなときにかけられた一声。
「藤井君はどぉ?」
「え、あー、さぁ?」
あまりにも突然だったので、質問された意味すら考えずに、適当に答えた。
「さぁ、って・・・・・・藤井君、ちゃんとこっちの世界にいるぅ?」
そんな言葉に、窓の外にいっていた意識を自分に戻す。
「ああ、悪い悪い。―――――で、雨がなんだっけ?」
「もぉ、ちゃんと聞いててよぉ。ワクワクするよねぇ、って話」
「うん、私はわかるよ」
と言ったのは小野坂優希。
どこから出てきた。
「だよねぇ、さすが私の親友」
2人は何故か手を取り合っていた。
「そうだな、家にいるときと学校で感じ方が違うかな」
とりあえず学校がある日は降ってくれるなと言いたい。部活ができないというのもあるが、何より登下校がものすごい憂鬱になる。傘を差してもズボンの裾は濡れるし、靴はグチョグチョで気持ち悪い。
反して、家の中にいると妙な安らぎを感じることができる。締め切った雨戸に当たる雨音がなんとも心地よい。
「私も似たような感じかなぁ。特に台風の日のワクワク感が尋常じゃないね。あの心の昂ぶり一体何なのだろうか!?」
「知らん」
「えぇ~、酷いよぉ、分かってくれよぉ」
と言われても分からんもんは分からんのである。
「にしても、今日は一段と大降りだな」
「今年は梅雨明けが遅いんだって」
「へぇ、そうなんだ。よく知ってるな小野坂」
「ニュースでやってたから」
と、小さな声で小野坂は答えた。
「そういえば、ここ数ヶ月雨の日が多かったかも」
「確かにそうだな。練習も中ですることが多かったし、大会も雨が降ってることがあったな」
雨の日の大会ほど嫌になるものは無いだろう。
「帰りまでに止んでくれると良いんだが・・・・・・ん?」
再び窓の外を眺めていると、ポケットの携帯電話が唸りをあげているのに気付いた。
「誰だ、こんな時間に」
とケータイの名前の表示を見てみると
「根岸星那」
何故に? いや、何故に?
「あ、私にも電話が来てた」
と、小野坂。
確かに、あの夜に二人とも彼女と電話番号の交換はしたが、なぜこのタイミングでかかってきたのだ。しかし、出ないわけにもいかない。
「はい、もしもし」
『あぁ、やっと繋がった。あんた、どんだけ待たせるのよ』
電話口からはけだるそうな彼女の声が聞こえてきた。
「一応、今学校にいるわけだし、ケータイは暗黙の了解でおおっぴらに使うことはできないんだ」
『ふぅん、そうなんだ。それよりも今度の休みって空いてる? 空いてるなら駅前の、あの~なんていったけ、まぁいいや。とりあえずそこに来てくれる?』
「別に何も予定は無いからいいけど」
『そう、じゃあ決まりね。朝の十時に集合で。小野坂さんにもよろしく。じゃあ』
と一方的に切られしまった。
「何の用だったの?」
「今度の休みに駅前に来てくれって。小野坂も一緒に」
「なになに、どうゆこと?」
興味津々な柊である。
その柊にこの間の出来事や他諸々を説明する。
「も、もしかして、三角な関係!?」
「ちげぇよ! っていうかどっちとも直線にすらなってねぇよ」
「え!? 私、トモ君のこと、信じてたのに―――――ッ!」
いやいやいやいや、何言い出すんだよこの人は。
「てへっ」
てへっ、じゃねぇよ。
「それじゃ遊びの誘いかなぁ?」
「たぶんそうだと思うけど、肝心の内容を言ってくれなかったからな」
「それじゃあ、行くしかないな」
どこから出てきたのか西山晃。いや、ほんとどこから出てきたんだよ。
「俺はずっとここにいて気配を隠していたのさ」
「ふぅん」
「興味ゼロかよ」
「お前に興味を持ったことは無い」
「ガァァァン!」
と、まぁ西山晃は置いといて。
「小野坂って今度の休み空いてるのか?」
「うん、特に用事は無いよ」
「私も無いよぉ」
いや、柊には聞いていないんだが。
「俺も無いぜ」
晃にはもっと聞いていないんだが。
「それじゃ、今度の休みは駅前に集合ってことで」
「おう」
何故か柊と晃の二人が仕切っている。
でもまぁ、遊ぶなら人数が多いほうがいいし、これでいっか。
「―――――あ、傘忘れてきたんだったぁ」
と、放課後の昇降口で、唐突に、そしてわざとらしい柊の一言。
「朝も雨降ってただろ」
「たまたま降ってなかったんだよぉ。だから、ね」
と言って、柊は小野坂の傘を奪い取った。
「あ、ちょっと」
「二人は一本あれば十分でしょ。家が隣なんだし」
いや、そう言う問題じゃない気がする。
「あれ、お姉ちゃん、折りたたみの傘もってきて・・・・・・」
「ふんっ!」
「がぶるっ!」
「そうなんだよぉ、折りたたみの傘も忘れちゃったんだよぉ」
おい、妹が泡吹いてるぞ。
「それじゃねぇ、二人とも仲良くゆっくり帰るんだよぉ」
風のように去っていく柊。妹を抱きかかえて。
そして残された二人。
「彩夏ちゃん大丈夫かな?」
心配するのそこなのか? いや、確かに心配だが。
「どうしよう」
本当にどうしよう、な状況である。
「ほ、ほら、これ。俺は別に濡れても気にしないから」
と、押し付けるように小野坂に傘を渡した。
「え、でも、それだとトモ君が風邪ひいちゃう」
「いいって別に。お前が風邪ひくよりは」
「ダメ。ほら、ふ、二人で、い、一緒に入れば、その」
小野坂は顔を赤くして言った。
そんな風に言われるとこっちまで恥ずかしくなる。
「わ、わかったよ。い、一緒に、帰るか」
――――― 帰り道 ―――――
相変わらず無言である。だが、今日の無言はいつもと違う。あの気まずさは無い。だが、この間の心地よさも無い。初めての感覚。
「いてっ」
「あ、悪い」
小野坂が濡れないように傘を傾けていると、さっきから何度も中軸を頭に当ててしまっている。
「ううん、ありがとう」
と、小野坂はそっと傘を真っ直ぐ戻した。
「私も、濡れるから、それでおあいこ」
「あ、ああ」
気付いていたのか、ってそりゃあれだけ頭にぶつけていれば気付くか。
「な、なんか、ちょっと」
「ん?」
「恥ずかしいね」
言うまいと我慢してたが、口にしてしまったか。
言われると恥ずかしさ倍増である。
「でも、嫌じゃない」
そして顔を真っ赤にして言った。
「お、おう」
それは俺も同じだ。
心地よくも気まずくも無い。
ただただ、恥ずかしい。
でも、嫌じゃない。
この気持ちが何なのか今の俺にはわからない。