不思議な出会い
学校の帰り道。
今日は試合の次の日、ということで部活動は休みだ。
そしていま、俺はとある場所へと向かって走っている。
とある場所とはズバリゲームショップだ。今日発売になるゲームを買うのである!
え?予約はしていないのかって?もちろんしてある。
ではなぜ急いでいるのか。少しでも早くゲームをプレイするためさ。
たった数分、数時間の先を行く。それがゲーマーというものなのである。
とある妹さんや教師さんには敵わないが。
言っておくがフラゲは邪道である。むしろ禁止。
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商店街の入り口。この時間は学生やら主婦やらがたくさんいる。
普段ならこの道は避けて通る。しかし今の目的はいかに早くゲームショップへとたどり着くかだ。快適に道をあるこう、などとは考えない。常に最短の道を行く。
実は商店街にはいくつもの細い道が脇に作られている。商店街の住民やその近くに住む人たちが通るための道である。
そこを通ることによって目的地への到達時間が遥かに縮まるのだ。
大通りの隅にある細道へと進む。
その時、いかにも俺たちワルですよ~的な集団が目の前に現れた。
「よお、ねえちゃん。俺たちにちょっと付き合わないか?」
そしてその集団の中に一人の女の子がいた。色んな意味でまずい光景だ。
囲まれている女の子の制服。それは見たことのないものだった。少なくともこのあたりの生徒ではないだろう。
髪は少しぼさぼさしている。身長は女の子にしては大きめだ。柊と同じくらいであろうか。
・・・っていうか、これ、あれだよな。「現実ではありえない、よくあるシーンBEST10」っていうのがあれば、必ず入りそうなあの状況だよな。
ホントにこんなのあるんだな。とか言っている状況ではなく、あの女の子を助けなくては。
・・・助けられるのか?一応作戦的なものはあるが大丈夫だろうか。
まずは当たり前だが女の子を逃がす。そして俺も逃げる。作戦終了。
とりあえず、喧嘩なんかしたことのない俺が、果敢に挑んでも返り討ちにされるだけだ。俺も女の子もあの集団も傷つかない方法。それは逃げることだ。
女の子さえ逃げ出すことができれば、あとは俺が逃げるだけ。これでも県で2番目に速い男だ。一般人に負けるなんてことはないだろう。
よし、いくぞ!と気合を入れる。
「はぁ、ホント、ついてないわよね。それが最後の言葉になるなんて。」
女の子はぼそっと言った。
言い終わった直後、目にもとまらぬ速さで1人を捉えた。
あまりにもの速さに男たちは反応することさえできなかった。
「え?」
その1人が崩れ落ちる。そうして初めて、なにが起こったのか理解する。
「これ、正当防衛になるわよね。男が集団で女の子を囲んでる、っていう状況で、もうアウトみたいなものだけど。」
そしてまた、言い終わった瞬間1人が崩れる。
「あ、これは忠告。こんなことしてると、ただの噛ませ犬になるわよ。」
1人また1人と沈んでいく。
「私みたいな奴のね。」
言い終わる前に男たちは全員地に伏せっていた。
「・・・・・。」
唖然とした。その出来事は一瞬だった。俺の入る余地などなかった。
俺の出番なし・・・。
「あんた、こいつらの仲間?」
少女はこちらに振り向いて言った。もちろん話しかけているのは俺だ。
「へ?い、いや、違うけど。」
「・・・あやしいわね。こういう状況でのあんたの立場って、高確率でアウトよね。」
ものすごい疑り深い声で、俺を問い詰める。
「いや、だから違うって・・・。」
「言い訳は見苦しいわよ・・・っ!」
少女は一気に間合いを詰め、右ストレートをくりだした。
「い!ちょっ・・・!」
こういう状況の俺の立場って、普通無関係じゃないのか!?っていう実際無関係だし!
彼女のこぶしは左顔面を狙っている。紙一重でかわす・・・ことなどできるはずもない。腕を内側に入れ、軌道をずらす。そして後ろへ飛び退き、間合いを取る。
「・・・ちっ。避けんじゃないわよ!」
「いや、避けるだろ普通!」
その時、彼女の構えが変わった。いや、初めて構えをとった。今まで彼女は構えらしい構えをとっていなかった。それはつまり、本気を出していなかったということだ。
って、どう見ても本職の人の構えだろ!いいのか人を殴って!
「・・・っふ!」
彼女の息がもれる。
は、速い!
腕で防ぐこともできず、胸へと一撃が入る。
「くっ!」
存外痛くはなかった。
「っは!」
彼女の攻撃は止まることなく、次がくりだされる。
その一撃は、再び胸のあたりを狙っていた。連続での胸への攻撃。同じ場所を狙うのであるならば。防ぐことは容易だった、が・・・。
曰く、雨のよう。上手く言ったものだ。それは避けることのできない連打。雨を避けることなど不可能である。
だが、全ての攻撃にたいした威力を感じない。ダメージを蓄積させる、というわけでもなさそうだ。
避けられない攻撃。いや、避けさせない攻撃だ。
彼女ほどの力なら、顔を狙うのが一番だ。当たれば一発でKOできる。
しかし、それをしたのは最初の一撃のみ。それをかわされたのだ。安易に顔を狙うはずもない。
顔を狙い、外した時には反撃が待ち構えている。そう考えるのが普通だろう。顔面への攻撃を避けるには、顔を軌道からずらせば良いだけのこと。片手しか使えない相手に攻撃を加えるのは容易いことだ。かわす可能性のある者に、いきなり一撃を狙うのは無謀すぎる。
ならば、胴体は?面積が広く、ガードするには2本の腕では足りない。かわすには、後ろに下がるか、大きく横に避けなければいけない。
後ろに下がってもすぐに間合いを詰められる。横にかわしても次の攻撃が待っている。どのみち彼女が有利である。
「うぐっ!」
いくら小粒の雨でも当たり続ければびしょ濡れになる。どんなに威力が小さくても、やはりダメージは蓄積している。
これが彼女の狙い?いや、そんなはずはない。どこかで必ず来るはずだ。最初の一撃以上のものが。
「はぁ、はぁ。」
腕に力が入らなくなってきた。体力もかなり削られた。そのとき・・・。
「っはぁ!」
右腕を大きく後ろに振りかぶる。
きた!
サッと顔を右に傾ける。しかし、拳は視界から消えた。
「・・・なっ!」
視界から消える、なんてことは無いはずだ。まっすぐに拳を打ち出せば、たとえかわしたとしてもその寸前までは目に見えるはずだ。
「・・・しまっ!」
そう、それはまっすぐには打ち出されなかった。視界から消えたのであれば、それは真横からの攻撃。
とっさに後ろに顔を下げる。
ブンッ!という音が目の前を通り過ぎる。
「はっ!かわ・・・した?」
当たっていないのだから、かわしたのは当然である。だが、気づいたのは、それが通り過ぎた数秒後だった。
「・・・・・!」
彼女は驚いた顔をしている。
「ホンっとムカつくわね!・・・もう、いいわ。」
彼女の目が変わった。
「あんた・・・死になさい・・・。」
「なっ・・・!」
彼女の周りにオーラのようなものが見えた。
それは錯覚だ。それでも見えてしまった。彼女の言葉と雰囲気がいわゆる殺気というものを見せてしまった。
肌で感じることができるこの寒気。まるで肉食獣に狙われる草食動物だ。
鋭い目つきで狙われ、狩られる瞬間を待つ。目を付けられた以上、逃げることはできない。
「・・・終わりよ・・・。」
言葉は静かだった。それだけは覚えている。
「がっ!」
見えなかった。なにも。何が起きたのかもわからなかった。分かったことは、彼女の拳が腹にねじ込まれている、という事実のみ。
「あ・・・ぐ。」
意識が遠のく。膝から体が崩れ落ちる。
だめだ!このまま倒れれば、殺られる・・・!
それはもう、気合いでしかなかった。倒れないことだけを考え、そして踏みとどまった。
「・・・・・!――――― あんた、何者?あんたみたいに、咄嗟に後ろに下がってダメージを減らす奴は、今までにもいたけど。倒れなかったのはあんたが初めてよ・・・。」
咄嗟に下がる?彼女の言っていることが理解できなかった。むしろそんなことを考えたら、今にもぶっ倒れそうだ。
「・・・は・・・っく。」
「・・・だ、大丈夫?」
大丈夫ではない。自分がやったのだから、分かってほしい。
「・・・お、お前は・・・な・・・。」
だめだ、立っていること自体に力を使いすぎて話せない。
ドサッと仰向けに倒れる。
「ちょ、ちょっと・・・!」
「と、とりあえず・・・もう、襲ってこない、よな・・・?」
若干の不安はあったが、もう限界であった。立っているより、やられた方がましだった。(おい!)
「え、えぇ。よ、よく考えたらあんた制服着てるし、違うかなぁ~とか・・・。」
「・・・・・。」
なんか色々言いたい事があったが、とりあえず誤解が解けたので良しとしておこう。ホントは良くないが・・・。
「――――― はぁはぁ・・・で、何が・・・あったんだ?」
息絶え絶えに聞く。
腹はまだ痛い。みぞおちに綺麗に入った拳。痛みより吐き気を誘う。
「み、見ての通りよ。なんていうの、たまたま通りかかった道にあいつらがいて。で、囲まれたからちょっと・・・。」
ちょっとぶっ飛ばしたってわけか。まぁ、その一部始終を見ていたので、大体なにがあったのかは分かっているのだが。
「あ、あんたは?あんなとこでなにしてたの?」
「俺も、たまたま・・・通りかかった・・・だけだよ。で、君が・・・囲まれていたから・・・助けよう、とか思ってしまって・・・。」
「な、なんか後悔しているような言い方ね。」
「そりゃそうだ。無視していれば・・・こんなことには・・・ならなかったからな。」
「ご、ごめんなさい。」
予想に反して、素直に謝ってくれた。
見た感じ、と性格からして、もっとツンケンしているかと思ったが、案外素直な子である。・・・ツンデレか。
「まぁ、分かってくれたなら、もういいけどさ。」
「・・・あ、ありがとう。」
なんだか恥ずかしそうにしながら言い放った。
「そ、その、助けてくれようとしたんでしょ。だ、だから、ありがとう・・・。」
「・・・やっぱり、ツンデレか・・・。」
「な、な、だ、誰がツンデレよ!べ、べつにあんたなんかにデレてないわよ!」
「思いっきりツンデレ要素満載なんだが。」
「・・・!やっぱ死ねー!」
「あ、いや、嘘です!ごめんなさい!うわあぁぁぁぁ!」
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「ってことがあったんだが。」
翌日のホームルーム前、昨日あった出来事をみんなに話してみた。
「おぉ、それは色々貴重な体験だったねぇ。」
それが柊の第一声であった。
「確かに貴重ではあったが、俺は死にそうだった・・・。」
「おつかれ・・・。」
小野坂、そんな一言で終わらせないでくれ。
「センパイ、ゲームってもしかして、8年ぶりの新作のあれですか!?」
「そうそう、昔ハマってたやつだから、もう嬉しくて嬉しくて・・・って。」
「・・・なんで彩夏がここにいるの?」
俺の言いたい事を柊が言ってくれた。
「はいこれ。」
と言って姉に渡したものは、弁当箱らしきものであった。
「お姉ちゃん、アタシの分は入れてたのに、自分の分は忘れてたから。」
「え!?あ、ホントだ。いやぁ助かったわぁ。ありがとね。」
「うん。じゃあ、失礼しまーす。」
彩夏ちゃんはお辞儀をして、教室から出て行った。
「家を出る前に言ってくれたら良かったのにな。」
「私が家を出るとき、あの子、まだ寝てた・・・。」
「な、なるほど。」
そういえば、今日も朝連に遅刻してたな。
しかし、この話でゲームの方を持ってくるとは。さすが柊妹。
「――――― ところでさ、その女の子の名前とか聞かなかったのぉ?」
「あ、そういえば聞いてないな。」
「え~、だめじゃん。そういうのはちゃんと聞いておかないとぉ。」
と言われても、とてもそんな状況ではなかった。
「そういう場合って、また、どこかで再会、ってパターンだよね?」
小野坂もパターンとか分かってきてしまったのか。
「おぉ、そうだそうだ。こういうのは、次の日の学校で転校生として再会ってパターンだね。」
「転校生ねぇ、この時期に?」
もう1学期も終わろうとしているのに、本当に転校生なんかくるのだろうか。
そのときガラガラとちょうどよく先生が入ってきた。
「センセー、今日って転校生とかいないですかぁ?」
「ずいぶんいきなりだな・・・転校生がこんな時期に来るわけないだろ。」
ですよね~。
一瞬で玉砕した柊であった。
「う~ん、でも、絶対なにかあるよねぇ。」
「そうじゃないと、面白くないもんね。」
なんだろう。最近、小野坂もこっちの世界に来てしまったのだろうか。
色んな意味で、不安を覚えながら、一日を過ごすのであった。