月下のバレリーナ
ここは19世紀フランス。
パリ一番お金持ちのお屋敷の窓から少女が1人顔を出します。
彼女の名前はマーシャ。窓の外から街行く人々を眺めています。
一件のお店の前で馬車が止まりました。中からは毛皮のコートの少女が母親らしき貴婦人と降りてきます。少女はショーウィンドウに飾られたドレスの前で立ち止まります。
「お母様、この白いドレス素敵だわ。」
「じゃあ次のバレエの発表会はこの衣装にしましょうね。」
少女が見ていたのはバレエの衣装でした。
「羨ましいわ。あの娘はバレエも踊れてお母様もいるなんて。」
黒いドレスで車椅子に乗ったマーシャはネズミのぬいぐるみに話しかけます。
マーシャの母はパリオペラ座のプリマドンナでした。公演に来た貴族である父に見初められ結婚しました。母の影響でマーシャも躍りが大好きでした。母からバレエを習い6才のときにオペラ座の舞台に立ちました。
母がかつてクララを演じた「くるみわり人形」です。
小さいマーシャはネズミの役で出演しました。
「マーシャ 初舞台おめでとう。」
ネズミのぬいぐるみはその時に母からもらったものです。
「ありがとうお母様。」
先ほど店に入っていった少女をマーシャは昔の自分と重ねていました。
しかし10才のときに母は病気でなくなり、14才のときに舞台の練習中にマーシャはステージから転倒。命に問題はなかったが足を怪我して車椅子に。バレエができなくなりました。
それからというもの、マーシャは部屋に引きこもりきり、母からもらったネズミのぬいぐるみだけが友達です。
「お母様はどうして私を置いていなくなったの?」
マーシャは寂しくて泣き出してしまいます。マーシャが抱いたぬいぐるみを涙で濡らします。
その時です。
ネズミは素敵な王子様に変わりました。
「マーシャ、初めまして。」
「貴女はどなた?」
「僕はエドガー。人形の国の公爵家の子息です。満月の夜にこの姿になれるのです。今夜人形の国では女王様のお庭でダンスパーティーが行われます。貴女のダンスを披露して頂けますか?」
「ごめんなさい。私もうダンスは踊れないの。」
「その心配はありません。」
エドガーが指をパチンとならすと赤い靴が現れました。
「さあこちらを履いて下さい。」
マーシャはエドガーに支えられながら赤い靴を履きました。するとあら不思議マーシャは歩けるではありませんか。それだけではありません。マーシャの黒いドレスは純白なチュチュに変わっていました。おろしていた髪も高い位置でお団子に纏められ、ティアラも付けています。
「私、歩けるわ。」
今度はマーシャはターンをしてみました。
「回れるわ。」
「はい、この魔法の赤い靴があれば歩くことも踊ることもできますよ。」
その時です。
部屋の窓の外には空飛ぶ馬車が待っていました。
「お城からの使いです。まいりましょう。」
マーシャはエドガーと一緒に空飛ぶ馬車に乗り人形の国へと向かいました。
「マーシャ様、エドガー様こちらです。」
人形の国のお城に着くと従者人形が2人を庭園に案内してくれました。
庭園に着くとたくさんの人形達が待っていました。着物を着た日本人形、テディベア、マトリョーシカ、そして一際目を引くのが紫のドレスを着た美しい貴婦人。彼女はフランス人形です。
「女王様、マーシャ様を連れて参りました。」
フランス人形はこの国の女王様です。
「貴女がマーシャね。お会いできて嬉しいわ。是非今日は楽しんでらしてね。」
ダンスパーティーが始まると人形達が次々に踊りを披露します。マトリョーシカのコサックダンス、テディベア達のラインダンス、そして日本人形の日本舞踊。踊りが好きな女王様は国中の人形を招待して踊りの発表会をしているのです。最後に女王様もエドガーと組んでワルツを踊ります。
「さあ、次は貴女の番ですよ。」
マーシャが声をかけられます。バレエは好きですが踊るのは何年振りでしょうか。上手くできるか不安でいっぱいです。
「大丈夫ですよ。失敗してもかまいません。笑顔でおやりなさい。」
女王様がかけたのはかつてマーシャが母からかけられた言葉でした。
マーシャは笑顔を取り戻すと前へ出ます。満月の光がスポットライトのようにマーシャを照らすとうさぎのぬいぐるみのオーケストラが音楽を奏でます。
「この曲は?」
それは母がかつて主役になったくるみ割り人形の砂糖菓子のプリンセスの曲でした。マーシャは母の姿を思い出して踊り出します。
踊り終わるとマーシャは拍手喝采を受けます。
「マーシャ素晴らしいわ。」
「ありがとうございます。女王様。」
「マーシャ、わたくし貴女のバレエもっと見たいわ。是非宮殿の踊り子になってくださらない?その赤い靴があれば踊れるわ。怪我なんて気にしなくていいのよ。」
マーシャにとってはいい話です。しかし
「ありがとうございます女王様。だけど私お母様と同じオペラ座でお母様が踊ったくるみ割り人形を踊りたいのです。だからフランスに戻ります。」
「残念だけど仕方ないわね。」
翌日マーシャは自分の部屋のベッドの上で目を覚ましました。周りを見渡しましたがエドガーの姿もネズミのぬいぐるみもありません。
「お嬢様失礼致します。」
入ってきたのはメイドのナネットです。ナネットは贈り物の箱を持っています。中を開けると赤い靴がでてきました。
「どなたから?」
「イタリアに住むおば様からですよ。」
マーシャはナネットに赤い靴を履かせてもらいます。立ち上がって見ますが昨晩のように上手く立てません。
マーシャはベッドの上に腰かけます。
「ナネット、お父様に頼んで病院を紹介してもらえないかしら?私歩けるように練習したいの。」
あれから5年が立ちました。オペラ座ではくるみ割り人形の公演が行われてます。楽屋では主役のバレリーナが準備をしています。
白いチュチュにティアラを。
「マーシャさん、スタンバイお願いします。」
スタッフの少年が呼びに来ました。
マーシャはリハビリを受け1年で歩けるようになりました。その後バレエ団に復帰。マーシャは母が踊ったクララの役を復帰して4年で手にすることができました。
マーシャは踊りが終わると観客の拍手を受けお辞儀します。その様子をバルコニー席から見ている紫のドレスの貴婦人がいました。彼女はネズミのぬいぐるみを抱えています。
「女王様、これで良かったのですか?」
ネズミが貴婦人に語りかけます。
「ええ、良かったわ。確かにあの娘の傍にいられないのは寂しいけれど。でもわたくしが生前踊った役をマーシャが踊ってくれたのは嬉しいわ。さすがはわたくしの娘ね。」
貴婦人は満足したような笑みを浮かべると人形の国へと帰っていきました。
FIN