ボイスドラマ『天輪の咲く夏空』
【登場人物】
大狐
銀子 姉
金子 妹
大治郎
龍樹
ナレーション【N】
男
女
【作品ジャンル】
和風テイストファンタジー?
んー、なんかそんなような感じで書きたい感じだったんだけど、いやぁ、本気で不得手だったので中々にしてニーズに合わないかもしれないですはい。
【コンセプト】
日常系ほんわか妖怪カフェを書く……つもりでした。
しろくまカフェとか、まちカドまぞくとか、なんかぽわぽわしながらもゆったりほんわかできるような作品書こうとしたんすよね。
書けませんでした。
カフェじゃなく洋食屋になりました。
しかも料理一切出ません。
更に、クロスオーバー作品にしてしまいました。
いや、だって、あの作品書く時に先にこっちを思いついちゃったから、コレ書かないとアレが完結しない感じになっちゃって。
更に本作品はキャラを大量投入!
役者のことを一切考えてません。
配役頑張れ!演じ分け頑張れ!
他人事ですはい。
そして、そのせいでくっそ長いです。文量だいぶあります。
使い勝手が悪い作品になってしまった感が半端ない。
行間を書いてない分、かなり理解しづらいことこの上ない作品。
それが『天輪の咲く夏空』です!
すいませんっ!
【舞台・設定】
都内のとある下町。その一角にある古めかしい小さな洋食屋。赤茶色をした瓦屋根が特徴の二階建て。
扉をくぐると左側には少し長い仕切りがあり、その奥にテーブル席が四つ。仕切りに沿って歩いていくと目の前にカウンターテーブル席がある。
舞台中央がカウンターテーブルだとするならば、右に厨房、左に二階へ続く階段。
二階は個室になっており全てが座敷。四客分は受け入れ可能。
カウンターに肘を突きながら、まるでブラックニッカをちびりながら飲むおっさんみたいにしたり顔で蘊蓄を語る銀子。その彼女を置いて忙しく開店準備をする大狐、金子、厨房の大治郎。
【本編】
銀子「いいかい?みんながどういう見解を持ってるか知らんけどさ。この際、それは置いておこう。要はね、物質ーーーつまりは質量を持った物ってのは光の速度を超えられんのさ。それって暗に時間を超えることも出来ない証明をしているわけ。もし光の速度を突破しようとするものならば途轍もないエネルギーが必要になるわけで、規模にするとブラックホールの質量をも超えてーーー」
大狐「これ」
銀子「ぃてッ、なにすんだよぉ〜」
大狐「アホなこと言ってないでさっさと仕事手伝いな。キンにばかりやらせるんじゃないよ」
銀子「アホとはなんだい。せっかくオイラが量子学と相対性理論を」
大狐「なにが『せっかく』だか。あんたのはこの間来た客の受け売りだろうが。ほれ、さっさとバケツと雑巾持って窓拭きする」
銀子「ちぇ〜、またオイラ窓拭きかよ。なぁ、タイコさんやい。たまにはオイラにも厨房を手伝わせてくれてもいいんじゃないかえ?」
大狐「料理の一つもまともに出来ないアンタが厨房に行ってできるのは、さっきみたいな無駄口叩くか、摘み食いするかのどっちかだろう。私はもう懲りたんだよ」
銀子「諦めんなよ〜。オイラの眠れる才能に賭けてみておくれよぉ〜」
大狐「そういうところだって気づきなさいよ」
金子「タイコ〜?外の掃き掃除終わったわよ」
大狐「ああ、キン。ありがと。悪いんだけど厨房のダイさんを手伝ってくれないかね」
金子「わかった。任しといて。ギン。タイコを困らせてないでさっさと仕事しなさい。でないとアンタの分までプリン食べちゃうんだから。じゃ、手伝ってくるね」
大狐「よろしく〜」
銀子「あっ、ちょ!キンっ!オイラのプリンまで食べたら許さないからなっ!」
大狐「んで。やるの?やらないの?」
銀子「やる。やるってば。ったく、狐使いが荒いんだからさぁ〜。オイラみたいな子供を働かせてる時点で犯罪なんだぜ?知ってるの?」
大狐「400年も存在し続けてる私らに人間の枠を当て嵌めてどうすんのさ」
銀子「人間に寄り添う的な?地域密着型ってやつ?」
大狐「なんで私に聞くのさ。全然意味が違うだろ。ほら、なんでもいいからさっさと終わらしてくれよ。私は少し上に上がって今日の天気を見てくるからさ」
銀子「やっぱり今日、来そうなの?」
大狐「それを観に行くんさね。ほれ、開店まで時間がないんだから、手を動かした」
銀子「はあ〜あ、めーんどー。こんなもんでいいかな?いいんじゃない?第一、窓ガラスを雑巾でって昭和初期じゃあるまいし。化学洗剤吹きかけておいとけば二、三週間は掃除ーーー」
大狐・金子「ギンっ!」
銀子「やってる!やってるよ!ほら、ほらほら、あー綺麗だなっ!」
大狐・金子「はぁ……」
【N】『都内の下町にある、とある洋食屋【狐の振袖亭】。ここは名前の通り、狐の化身たちが切り盛りをしているちょっと変わったお店である。お世辞にも繁盛しているとは言い難いが、赤茶の瓦屋根が特徴のこの店を懇意にする客は少なくない。どうやら従業員が人であろうとなかろうと、関係はないということらしい。まあ、お客の中にも人でないものが混じっていることもよくあるのだが、そこは今は置いておこう。さあて、今日も今日とて従業員の狐たちは開店に向けて大忙し。店主である大狐が天気を気にしていたが、果たして今日はどんな客が来るというのだろうか』
銀子「ふぁあ〜………。来ないんだけど。……ねぇ、誰も来ないんだけど〜お!?」
【N】「誰も来なかった」
大狐「うるっさいわねぇ。まだ開店したばっかなんだからそんなすぐ来るわけないだろう」
銀子「いやいやいや、一時間近く経ってるから。誰一人来てないの店的にどうなのよ」
大狐「別にどうもしないわよ。いつものことじゃないこんなの。ああ、ダイさん。ちょうど良いところに。今のうちに切らしてた調味料とか買ってきてもらって良いかい?」
大治郎「分かった。行ってくる」
銀子「あっ、ダイさん!オイラも一緒に」
大狐「アンタは店の掃除だよ」
銀子「ええ〜〜!?なんでさっ!散々掃除したじゃん!誰も来てないのに、汚れてないのに、また掃除するの?なんでよ!」
大狐「仕事だからよ」
銀子「嫌だー!オイラいい加減掃除飽きたっ、嫌だっ!買い物行きたいっ!」
大狐「いい歳なんだから駄々捏ねるんじゃないよ。アンタ何年生きてんだい」
銀子「オイラたちに生きてるとかそういう概念ないから!タイコが一番分かってんでしょうが」
大治郎「タイコ、他に何か必要なものあるか?」
大狐「いいや」
大治郎「じゃぁ、行ってくる」
大狐「いってらっしゃい」
銀子「ぁあああ、待ってダイさーんっ……ぁ」
大狐「私は厨房見てるから、お客さん来るまできっちり掃除してんだよ。分かったね」
銀子「……へ〜〜ぃ。……はぁ、なんでオイラはいつもいつもこんな雑用ばかり。もっとオイラに相応しい仕事をおくれよ。そしたらやる気だって出るってもんさ。オイラは労働改善を求めるっ!奮起する時は今この時!さあ立ち上がれ!不遇に耐え忍ぶ社畜たちよ!己の可能性を社会に潰されてたまるかっ!決起するは今!拳をあげろ!咆哮せよ!我らを食い物にする悪しき社会に革命という名の鉄槌を振り下ろさんが為にっ!!」
【SE:カランカランッ、と扉が開く】
龍樹「おうおう、こりゃまた随分元気じゃねえか。なあ、ギン」
銀子「あ?……なんだ、龍の字か。何の用?キャッシングはATMでするもんだぞ」
龍樹「あんのなぁ、せっかく来てやったってのになんだよその口の聞き方は。あと金を借りる前提で話を進めるな。お前らに金借りたことなんて一回もねえだろ」
銀子「うちの賽銭盗もうとしたくせに」
龍樹「あっ!?てんめっ、そりゃ何百年前のこと言ってんだ。どんだけ根に持ってんだ、ったく」
銀子「で、注文は?するの、しないの?」
龍樹「客だって言ってんだろが。するよ、するに決まってんだろ」
銀子「雑巾とバケツ、ワンセットですね〜。オーダー掃除用具入りましたー」
龍樹「誰がいつそんな奇抜な注文口にしたよ。どうすんだそれ。俺に掃除押し付ける気か、この万年子狐」
銀子「なあに、皆まで言うな龍の字。我は労働改革を実行したまで」
龍樹「んー、なんでそこでカッコ付けちゃうかなコイツ。言葉の使い所間違えてんだよなぁ。さては思考回路がぶっ飛んでるの自覚してないな。頭蓋開けて雑巾で磨いてやるから頭貸せ」
銀子「はぁ、これだから苔の生えた龍は頭が硬い。こんな子供の冗句すら理解できないなんて。そろそろ介護が必要なんじゃないの?ああ、そっか。さては酒の飲み過ぎで柔軟性をしょんべんと一緒に出し切ったな?」
龍樹「おい、タイコ!コイツ、食事処でとんでもないことを口走ってっぞ!あと、生一つくれ」
銀子「ぁあ゛ッ、なんてことを!タイコ呼ぶのは無しでしょ!」
龍樹「へへ、ざまあ子狐」
大狐「なんだ、騒がしいと思ったらやっぱりタツさんかい。毎度言ってるけどウチは酒屋じゃないんだよ。せめてコーヒー、それか定食の一つでも注文しなよ」
龍樹「おっほ、やっとお目当てが出てきた。ありがとよ。ギンに言っても何も出てこないからな」
大狐「あのねぇ、ギン。知った顔だろうが何だろうが客は客だ。いい加減まともに仕事なさいな」
銀子「その“客”に合わせた接客を心掛けただけですがナニカ?」
大狐「アンタってやつは……」
龍樹「ちょいとタイコさんやい。こいつ、“しょんべん”がどうとかも言ってたぜ」
銀子「にゃっ!?言ってない言ってーーー」
大狐「ギィィイン〜〜ッ」
銀子「ひゃああ〜〜〜うそうそうそうそうそ!にゃーーー離してぇええ、ああそうだ、オイラ掃除しなきゃぁあああ待って待って待ってエエエ朝っぱらから説教はやめておくれよ〜〜〜」
龍樹「線香の一本くらいはあげてやる。安らかに眠るんだな」
銀子「龍の字のバァカーーー!いでっ、殴ることないだろタイコのバカァ」
龍樹「落ち着くなぁここは」
金子「あ、タツさん。いらっしゃい」
龍樹「やあ、キンちゃん。お前さんだけだよ、俺を客だと認めてくれるのは。ダイさんも裏かい?」
金子「ううん。買い出し行っちゃった。ほら、暇だし」
龍樹「暇、ねぇ。前にも言ったけど。お前さんたちが神気をもっと抑えれば人間共ももっと入ってくるだろうに。なにせ、ほんの僅かでも縁がなければ、この店は凡人には見えにくいからな」
金子「そ〜ね〜。でも私たちにもどうしようもないわ。社があるならいざ知らず。既に御身体もない私たちには変化するのが精一杯なのよ。あんま無理すると耳も尻尾も簡単に出ちゃうし、神気の調節なんて狐には無理よ」
龍樹「ふむ。そんなもかねぇ。でもいいじゃないの、耳と尻尾。いっそ、そういうお店ってことでやれば、話題が広がって人間なんてわんさと来るだろ」
金子「嫌よ」
龍樹「何でさ」
金子「だって全部バレちゃうもの」
龍樹「感情の脊髄反射とは不憫よなあ。そこが可愛いんだが」
金子「もぉ、揶揄わないで」
龍樹「わるいわるい。たく、これくらいギンの奴も可愛げがあればな。お前ら本当に双子の姉妹なのかたまに疑いたくなるんだが」
金子「やめて、私も考えないようにしてるから」
龍樹「頑張れ、妹」
金子「はぁ…………」
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銀子「ほんで。龍の字は仕事すんの?」
龍樹「んー?ああ、まあなぁ、そのつもりなんだけど」
大狐「私も今日だと思ったんだけどねえ」
龍樹「こちらさんが来ないのは……まあ分からなくもないが、あちらさんもとなると。もうダメかもな」
銀子「あちらさんも気配ないの?おかしくないそれ」
龍樹「門が開く兆候があれば俺が開けるだけですぐに来れるんだけどな。兆候なく開けても意図的に呼び出せるものじゃない。おかしかろうと何だろうと、俺はこうして待つしか出来んのさ」
大狐「相当複雑な間柄か。或いは、雲の上で何か了承し難いことがあったか」
銀子「お願いだから店の忙しい時に来ないで欲しいよ。オイラ面倒は嫌いだ」
大狐「お前さんは仕事が嫌いなだけだろ」
銀子「何にも言ってませーん」
龍樹「タイコ。俺、少し上を眺めて来るよ。ハロが月に出るかもしれない」
銀子「あのさあ〜〜、ハロは太陽の周りに虹のような輪が出来る、大気と太陽光の屈折の現象なの。天気が下り坂になるってだけの気象現象なの、お分かり?月にハロは出来ないって」
大狐「オカミってのは、それでも何らかの標を天に示すんだ。いい加減、私たちに科学を当て嵌めるんじゃないよ」
銀子「ふん。待遇改善をしてくれない仏にオイラは説教してやってるのさ」
龍樹「まだご機嫌斜めか、この子狐は。しゃあねえなあ。コンビニでおやつ買ってきてやるからブー垂れてないでシャキッとしろ」
銀子「えっ!本当にっ!?オイラ、エクレア食べたいっ!コンビニ限定の!」
龍樹「ブームが周回遅れしすぎなんだよなぁ……」
大狐「こちらさんが来たら2階に案内しとくからね」
龍樹「あいよ」
【N】「お天道様に虹の輪が浮かぶ時、彼岸の者がこの世の門を叩く。神はそれを聞き届け、秘める思いを仏に伝え、生者の元に文が送られる。そうして本来二度と時を交えることのない者たちは、僅かばかりの縁を頼りに神の遣いが営む聖域で再会を果たす。それが『狐の振り袖亭』の本来の役割。生者と死者の橋渡しをするのが、彼ら“獣”の役目なのである。決して定食屋を背伸びして洋食屋と名乗っている訳ではない」
銀子「ちょっとナレーション。ダメ。やり直し」
【N】「え」
銀子「そんなんで説明した気になってんじゃないよ」
【N】「あれ?今私怒られてます?」
銀子「ナレーションってアンタしかいないでしょ」
【N】「ああ、はあ……へ?」
銀子「あのさ。そんなファンタジー丸出しの台詞がどこにあんのさ。もっと説明することあんでしょ。オイラたち狐のこととか、龍の字の役割のこととか、時間とか」
【N】「ちょと、急にそんなこと言われましても。こっちも原稿読んでるだけなんで勘弁してくださいよ。因みに今は16時を過ぎたくらいですね」
銀子「時間なんてどうでもいいんだよ」
【N】・大狐「いいんかい!」
大狐「というか、ナレーションがぺらぺら入ってくんじゃないよ。ギンも人の仕事に噛みつかない。馬鹿やってないで、帰った客の皿を下げてきな」
銀子・【N】「すいません」
大狐「まったく、目を離すとすぐこれなんだから」
大治郎「タイコ。2階の門が開きかけてるぞ。来たかもしれない」
大狐「ダイさん。分かった。ありがとう。こりゃ、タイミングが悪いね。ギン、今すぐタツさんを呼び戻してきておくれ。ようやくお出ましだよ」
銀子「ええ〜、今手が離せないんですけど〜」
大狐「皿なんて後でいいんだよ。ほら、早く行った」
銀子「狐使いの荒いことで、もぉ〜」
大狐「文句は後にしな。私は先に2階に上がるから、タツさん来たら呼んでおくれ。ダイさん。キンをホールに回してもらっていいかい?」
大治郎「問題ない。だそうだ、キン」
金子「は〜い」
大狐「よし。それじゃ、みんな頼んだよ」
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【SE:カランカランと店の扉が開く】
銀子「ええええ〜〜〜〜ん!!変なおじさんに捕まった〜〜」
男「おい、人聞き悪いこと言うな」
金子「ギン!?なに、どうしたの?」
男「双子、か?すいませんが店員さん、この子が迷子になってまして、それで言われるままに連れて来たんですが」
金子「えっ、迷子……。ギン、あんたその歳でどうやったら迷子になるのよ」
銀子「なっちゃったんだから仕方ないでしょ」
金子「なんでそこで威張るのよ。あの、すいませんでした。ウチの馬鹿がご迷惑を」
男「いえ、これくらい別に」
金子「あのよろしかったら、御礼に食事していってください」
男「いいえ、そんな。ついでだったのでお構いなく」
金子「遠慮しなくていいんですよ。この馬鹿がご迷惑をお掛けしたのは本当なんですから。ささ、こちらへ」
銀子「ええ〜いいな〜ごはんいいなあ〜」
金子「アンタは黙ってなさい」
男「ああ、じゃあお言葉に甘えて。ちなみにここが『狐の振り袖亭』で間違いないんですよね」
銀子「合ってる合ってる。我ら狐が営む店さ」
男「その耳と尻尾も制服なのか。すごい凝ってますね」
金子「こらっギン!あははは、これはまあ、そうですね。本物……ですから、あははは」
男「狐の本革を使ってるんですか。本当に凝ってますね。いやね、実はそちらからこんな手紙を頂きまして。予約の電話とかした覚えないんですけど、これに見覚えとかありますか?」
金子・銀子「手紙?」
男「ほら、ここに店の名前が載ってるんです」
金子「!ギン、タイコ呼んできて。今すぐ」
銀子「ん、りょーかい」
金子「お客様、こちらで少しお待ち頂けますか」
男「……わかりました」
【SE:2階から降りてくる足音】
大狐「お待たせ致しました。私、この店の店主のタイコと言います。お客様は桐嶋智鶴様でお間違いないですね」
男「は、はい。そうですけど……」
大狐「では、2階へご案内します。こちらへ」
男「いや、あの。これって一体どういうことなんですか。俺はこんな予約した覚えないんですよ。今からでもキャンセルできませんか。見に覚えないんで」
大狐「本当にそうですか?」
男「え」
大狐「その手紙、しっかりとお読みになったんですよね」
男「それは……」
大狐「昔、あなたは『おじさん』なんて呼ばれていたことありましたよね」
男「ッ!?何でそれを」
大狐「こちらへ。ギン、お荷物をお持ちして差し上げて」
男「…………まさか、そんな」
銀子「ほら、貸して。行くよ。待ってるんだから」
男「待ってる……そんなはずないだろ」
銀子「行けば分かるよ」
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【SE:襖が開いて龍樹が出てくる。そっと閉まる音もアリ】
大狐「タツさん、戻ってたのかい」
龍樹「あちらさんはもう席に付いてる」
大狐「やるじゃないか」
龍樹「あの世とこの世を繋ぐのが龍ってもんよ。で、そちらのお客様が?」
大狐「ああ。たった今」
龍樹「あの子の言ってた通りだ。本当にぎりぎりに来たな。稀有な間柄ってのはどうしてこうも俺たちの予想を斜め上を行くのかね」
銀子「なにカッコつけてんのさ。いいから早く通してよね。こちらさんの顔見て分かんないの?」
男「……なんですか。俺の顔に何か」
龍樹「いえ、失礼。じゃあ先ずはあの奥の部屋でギンの話を聞いてもらいます。質問はその時に」
男「待ってください。さっぱり話が見えない。もしかしてあなたたちはその……あいつの知り合いか何かなんですか?それとも、闇金とか暴力団とかそういったことですか?」
龍樹「いいえ、違います。私たちはあちらさんーーーあの子とは一切関係ありません」
男「だったらじゃあこの手紙はどう説明するんですか。なんでこの人は俺の名前を知っている。俺があいつから、っ……、あいつから言われていた呼び方まで知ってるんだ」
大狐「ギン」
銀子「はぁ。はいよ」
男「やめろ、掴むな。話ならここで聞く」
銀子「だ〜か〜ら〜」
男「俺はあんたらを信用できない。これを書いて出した奴に会わせろ。俺はその為にここに来たんだ」
大狐「分かりました。では、個室ではなく下でお話をしましょう。ちょうど他のお客様もいないことですし」
銀子「ええ〜〜、いいのぉ?」
大狐「タツさん。すまないが、あちらさんにもう少しだけ待ってもらうように伝えてくれるかい」
龍樹「その必要はない。あの子はそれも見越して“待ってる”と言っていたからな」
大狐「そうかい。私も会ってみたくなったよ」
龍樹「あの子なら喜ぶだろうさ。ギン、終わったら呼んでくれ。俺は門を見てなきゃならないからな」
銀子「へいへい。すぐに連れてく。じゃあ行くよ、おじさん」
男「おい、その呼び方だけはやめろ」
銀子「めんどくさいなぁ、この人」
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銀子「というわけ。じぁ、行くよ」
男「待て。そんなすぐ納得できるわけないだろ」
銀子「なんでさ」
男「そんなの当たり前だろ。あり得ない。あいつがあの世から俺にコレを書いて出したって。そんな馬鹿な話、どうやって信じろってんだ」
銀子「信じるもなにも現実としてその手紙が存在してるんだから疑いようの余地はないでしょ。それにほら、オイラの耳と尻尾。これがコスプレか何かだとまだ疑ってるわけ?言っとくけど触らせないからな!」
男「……っ。来るんじゃなかった」
銀子「それは無理だな。その手紙にはオカミの神気が籠められてる。どんなに抵抗しようと、いずれはここに来るようになってる。細かく破いたり燃やされたりしない限りはだけどな」
男「んなことできるか。でも、やっぱりどう考えてもあり得ない」
銀子「はぁ、頑固だなあ」
男「あり得ないものはあり得ない!」
銀子「……」
男「あり得ないんだよ。あいつが俺に手紙なんて。絶対にあり得ない。だってーーー」
銀子「リンを見捨てたから?」
男「ッ!?」
銀子「恨まれて当然、か?」
男「ーーーーーーっく」
銀子「そんなに怖い顔しなさんなや。仕方ないだろ?オイラには見えちゃうんだから」
男「見えるだって?何がだ!そんなに俺を揶揄って楽しいか!どうなんだおい!言ってみろ!」
金子「え!ちょっ、ちょっとギン!?あんた何したのよ!お客さんっ、ごめんなさいっ!お願いだからお姉ちゃんを離してください」
男「……っ………………。悪い。すまなかった。乱暴をするつもりはなかったんだ」
銀子「ふう。別に。いいさ、こんなのどうってことない」
金子「こらっ、ギンッ!いい加減にしなさい。アンタが余計なこと言ったんでしょ。お客さん、ごめんなさい。ギンは別に悪気があって言っているわけじゃないんです」
男「いや、悪いのは俺だ。大丈夫だから、頭を上げて」
銀子「ほら、そう言ってんだから。キンは戻ってな」
金子「誰のために言ってると思ってんのよ!」
銀子「いいから、ほら行けって」
金子「もお〜、次はどうなっても知らないんだから」
銀子「妹がうるさくてすまんね。で、真面目な話。あの子は今、あの部屋であんたを待ってる。あの世からあんたに会うためだけに、手紙を寄越してここに来てるんだ」
男「それは……だから」
銀子「あんたがあり得ないといくら言おうが事実だ。もう時間がない。ここでうだうだやっている間に、あの子が帰る時間になっちまう」
男「…………おれ、は」
銀子「ちゃんと手紙読んだかい?読んでないなら今すぐ読みな。一語一句漏らさずに。そこに書いていることはほんの一部だ」
男「ほんの、一部」
銀子「当たり前だろ。あんたが最後にあの子に会ったのはいつだ?どれだけ話したいことがあったと思ってる。どれだけあの子があんたに伝えたいことがあったと思ってる。手紙一つで事足りるなら世界の理を越えて会いに来るはずがないだろ」
男「…………」
銀子「時間は何も解決してくれない。その事はあんたが一番よく知っているはずたろ」
男「………………嗚呼、その通りだ」
銀子「話題に困ってるなら、あの子のスケッチブックを見た感想を言ってやればいい。あんたが思ったことを。伝えたかったことを。そのまま言ってやればいい」
男「くそ……店先で迷子になる奴なんかに、なんで、そんなこと」
銀子「だまらっしゃい。泣いてる暇はないぞ、お客さん。悪いけど、雑巾しか持ってないからな」
男「サービスが最悪だな」
銀子「タイコにそれ言ったら酷い目に遭うからな。ほら、行くよ」
男「待ってくれ」
銀子「?」
男「手紙を」
銀子「はいよ。なる早でな。オイラの神気はもうあんたに掛けてあるからあの子のことは心配せずともちゃんと見えるよ。上に行ったらタツキに声を掛けな」
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【SE:襖がゆっくりと開く音、しばらくしてから閉まる音も入れる。ゆっくりと部屋に入る足音アリ】
女「やあ、おじさん」
男「おう」
女「なに?目ぇ真っ赤。ウケる」
男「うるせ」
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金子「あの二人、何話してたんだろうね」
大治郎「気になるのか?」
金子「だってぇ〜」
大治郎「なら、ギンにでも聞けばいいだろ。あいつのことだ。きっと覗き見てる」
金子「ええ、やだ。愚痴とか蘊蓄とか言ってくるし」
大治郎「かもな」
金子「かもじゃないわ。絶対よ。むしろそっちの方が長いんだもん。わざわざ自分からそんなの聞きに行きたくないわ」
銀子「おやおやおいおい。聞き捨てならんぞ、妹よ」
金子「な、なによ。まだ何も言ってないからね」
銀子「いや、めちゃくちゃ言ってたよね。ちゃんと聞こえてたからね」
金子「いいから。あんたはタイコの手伝いに行ってなさいよ」
銀子「終わったんだなそれが。というか二人に言っておくけど、今回ばかりはオイラ何も盗み見てないから」
金子「うそ〜ぉ?そんなこと言ってずっと見張ってたんじゃないの」
大治郎「神気の悪用はお前の専売特許だろ」
銀子「本当だってば。あと、ダイさん。それは本気で傷付くからやめて」
金子「ふーん。珍しい。あんたなら絶対見てると思ったのに」
銀子「そういう日もあんのさね」
大治郎「お前、説得する時にあの男の過去を見たんだろ。何かあったのか」
銀子「ふふん。そこはほら、プライバシーってやつ」
金子「うわ。ギンの口から常識が」
大治郎「今日は早く寝てゆっくり休め」
銀子「……はは、傷付くなぁ〜も〜」
龍樹「ん、なんだ。こんなところにいたのか」
金子「あ、タツさん。お帰り。あちらさんもう送ってきたんだ」
龍樹「あの世の門限破ったから怒られるかと思ったんだけどな。あの子のお陰でオカミからのお咎めはなし。すぐに帰ってこれたってわけ」
大治郎「おつかれ。一杯やるか」
龍樹「おお、いいね。流石はダイさん」
大治郎「良い日本酒があるんだ。取って来る」
龍樹「じゃあ、俺もそっち行くよ。ここで飲んでたらタイコにどやされかねないからな」
金子「ダイさん、タツさん、お疲れ様〜」
大治郎「おつかれ」
龍樹「おう」
銀子「龍の字、待った」
龍樹「なんだ?あの子の様子でも聞きたいのか。あのお客さんと同じか、それ以上に満足した顔してたよ。見てるこっちまでつられて笑っちまうほどにな」
銀子「違う」
龍樹「は?何が」
銀子「何がじゃなくて。忘れてない?ねえ、ほら」
龍樹「だからなに?」
銀子「なにって、ほらっ!エ・ク・レ・ア!」
龍樹「ぁ」
銀子「買ってきてくれたんだよね?エクレア食べたい!今すぐ出して!ここに出して!」
龍樹「ぁぁ、あれな。ほら、急ぎだったし、コンビニ意外と遠くて」
銀子「まさ、か」
龍樹「ごめん」
銀子「りゅ〜〜のじ〜〜〜〜いっ!楽しみにしてたのにっ!オイラ楽しみにしてたのにぃいいい!」
龍樹「キンちゃん、悪い。あいつなんとかしといて。じゃ!」
金子「え、え?私?え?」
銀子「エクレアァアアアアアァアアア!」
金子「にゃああああっ!?何で私のところに来るのよお!ちょっと、それ私のプリンっ!やめてお姉ちゃん、私の返してええ!」
銀子「プリンなんかでオイラを止められると思うなあ!」
金子「嗚呼〜〜〜一口で食べたっ!?」
銀子「龍の字ぃいい、許すまじ蛮行!エクレアの恨み、どうしてくれようかーーーきゃうッ!」
大狐「うるさいんだよ、あんたは全くもう。夜に騒ぐんじゃないって何度言ったら分かるんだい」
銀子「いったーい。殴ることないだろぉ」
金子「タイコ〜!ギンが私のプリン食べた〜〜」
大狐「あんたって奴はホントに。ギン。今月、おやつ抜きだからね」
銀子「そ、そんな殺生な!」
大狐「殺生もクソもあるかい。あと、今日のお客様に働いた無礼も、後でみっちりしごいてやるからね。覚悟しておきな」
金子「べぇ〜」
銀子「無礼って、もしかしてあのおじさんの記憶見たこと言ってんの?それとも過去のこと!?あれはだって、説得しようとしてさ。ああ言うしかなかったんだよお」
大狐「言い訳は後にしな。言葉使いがなってないからあんな方法しか出来ないんだよ。あのお客様が笑顔で帰ることができたからいいものの。一歩間違えばオカミから天罰が下る大惨事になってたかもしれないんだよ」
銀子「ちょ、お説教は後じゃないの」
大狐「だまらっしゃい」
銀子「ひぃっ!」
金子「じゃあ私も上がるね。タイコ、お疲れ様〜」
大狐「キン、ゆっくりお休み」
銀子「妹よ、オイラも連れてっておくれ」
大狐「あんたは正座してなさい」
金子「じゃあね〜」
銀子「そんなあ〜〜」
【N】「そんなこんなで長かった一日がようやく終わりを迎える。
狐が営む不思議な洋食屋。いかがだっただろうか。
生意気な子狐がホールで注文を取り、酒好きの龍がカウンターに陣取り、体躯の太い狐が厨房を回し、お淑やかな子狐がせっせと働き、貫禄のある大狐が彼らをまとめて切り盛りをする。
そんなお店。
もし気になるのなら行って探してみるといい。大丈夫。ちょっとした縁があればすぐに見つけることができる。例えば、迷子になっている子狐を捕獲する、とかね。
まあ冗談はそれぐらいにして。
『狐の振り袖亭』を今後ともよしなに。
スタッフ一同、皆様のご来店を心よりお待ちしております故」
了