4.幼馴染
あ、来たかな?
人混みの中でキョロキョロとしている赤い髪の女の子。
普段と格好は全然違うけど、その仕草は見慣れた友人、明原紅葉そのものだ。
「おーい」
私は呼びかけながら、手を大きく振る。
向こうも私に気付き、一瞬笑顔を見せ、直後に表情を凍らだ。そして、ゆっくり上から下まで私を観察し……スッと目を逸しやがった。
なんでさ!?
私は彼女のところへ足早に駆け寄っていく。
「あー、桜子?」
私の前で、確認する様に名前を小声で口にする紅葉。
「そうだよ!」
「……何、その格好?」
「最低限の装備!」
「最低の限度が限界突破してるよね?」
三歩ほど後ずさる彼女。
「してないよ!」
「恥ずかしくない?」
「無い! 羞恥心は捨てた!」
「捨てちゃダメじゃね?」
実際、誰も私の事なんか気にしない雑踏の中に立っていたのだから少し感覚が麻痺してきたのだと思う。
「一生遊んで暮らせる大金の前で、羞恥心なんの役にも立たぬのだ!」
自分に言い聞かせる様に、拳を握りしめながら声を張り上げる。
「……アタシ、ヤダなぁ」
「何が?」
「アンタと並んで歩くの」
「しみじみ言うなよ……」
しみじみ言うなよ……。
◆
明原紅葉、プレイヤーネーム【カエデ】は私の幼馴染である。
ゲームなど到底縁のなかった私の使っているVRギアは、彼女の兄から格安で譲り受けたものだ。
「リアル忙しいとか、マジクソゲー」と呟きながら、趣味で溜め込んだ機材を全て処分した彼女の兄。
モデルみたいなお嫁さんをもらったその口で言われても惚気にしか聞こえなかったけれど。お幸せに。
そういう訳で、このゲームを始めて不労所得を得ようという計画は当然妹たる紅葉も知る事となり、その結果、彼女も一緒にやると言いだした。
気心の知れた幼馴染であり、多少の文句も我儘も飲み込んでくれるかけがえのない友人。それを断る理由は見当たらなかった。
「まさか知り合いが半裸とは……」
「いやいやいや。これには深い訳があるし、その前に遅れたことを謝るべきでは?
そもそもの話、そっちに遅れるつもりがあるならば、私だって羞恥心を捨てる必要は無かったの!
十五分くらい待ったのだよ!!」
「そんなに?」
「自覚なしかよ!?」
「いや、そんなに遅れて……あ、そっか。時間圧縮のせいか」
「そうそう!」
「でも、やっぱり半裸なのはアタシ関係ないよな?」
「半裸強調するなよう……」
地味にメンタル抉られるんだよう。
「他にどんな表現が?」
「無理に表現しなくて良いんだよ」
「いやぁ……」
呆れた様な顔を向けるカエデ。
「服、貸そうか?」
そう言ったカエデは甲冑を着込んだ侍スタイル。
腰に刀を一本差している。
「要らない。裸族としての矜持が揺らぐ!」
「そっすか」
突っ込めよ!
突っ込んでよ!
何で納得するのさ!!
裸族を是認するなよう!!!
「まあ、半裸のプレイヤーも結構いるしなぁ」
「え? そうなの?」
カエデが小さく首を動かしながら視線で、半裸のプレイヤーとやらを示す。
だけれど、私の目に入るのは同じ様な格好の人物のみ。
「わからん」
「え?」
「何か、そういう機能みたい。
コンタクト制限ていうの?」
私はタマさんから聞いたことをカエデに説明する。
「だから私を見つけられたのか」
「そうそう」
「ヤバそうな人に目をつけられたって、本当に焦ったんだぞ?
そもそも、ナンパが多い……。
私もそれにしようかな」
「へー。そうなの?」
「だってさ、ヨシノに会うまで五人くらいに声かけられたんだよ?」
「モテモテだ!」
「嬉しくないし」
「実は私も待ってる間に一人フレンドが出来たんだ。モッテモテ」
そう言えば市松と三人で会うお誘いを受けていたと思い出す。
「マジで?」
「今度紹介するよ。興味あるでしょ?」
「え……」
ん?
なんとも複雑な顔をするカエデ。
あれ? 嫌?
「それより、これからどうする?」
「何は無くともお金!」
所持金、ゼロ!
まずはお金を手に入れねばならぬ。
「じゃ、街を回るのは後回しにして、外に行こうか」
「もち! て言うかね、既に若干出遅れていることをカエデは自覚すべし」
「はいはい。ごめんなさい」
私達は並んで歩き出す。目指すは街の出口。
……若干距離を置いて歩こうとするのやめて。
「そう言えば、兄貴から言付け」
「なんて?」
「『沈黙は金。拙速は巧遅に勝る』」
「なんて??」
「情報は漏らすな。考えるより動けってさ。
あと、『実際に死ぬ訳じゃ無いからやりたい事と信じた事に情熱を注げ』ってさ。
そんな廃人仕様じゃ無いっつーの」
「はははは」
あの人らしい。
「『賞金は見せ金。
遊んで暮らせるほど払われる事は無いだろう。
嵌りすぎて人生踏み外すなよ』とも言われた」
「大丈夫だよ。わきまえてる」
「わきまえてる人の格好がそれかな?」
「いい加減しつこいよ?」
泣くよ?
「いや、だってさ……」
「私は自分の選択に後悔はない!!」
「……わかった。アタシが悪かったんだろうよ」
わかればよろしい。
……よろしいのか?