3.待ち合わせ
【始まりの街・キノエネ】
待ち合わせするならここだろう、とタマさんに教えられたのは街の中心にある広場の噴水。
ゲーム開始直後の混雑する街中で私は立ち尽くす。
友人と出会う為に。
半裸で。
……ほぼ全裸で。
いいや、ギリ半裸で。
お願い。
早く来て。
モミジ!
◆ 数分前
ゲーム開始まで残り一分。
「もう、これで良い!」
後悔なんてしたく無いもの。
『これから始まる冒険、どうかお楽しみ下さい』
嫌味かな?
「そう言えば、友達と待ち合わせしてるんですけど、中からメールって送れます?」
『ご友人ですか?
残念ですが、ゲーム内でフレンドとなった方と連絡を取る手段は用意がございますが、ゲーム中にSNSなどの外部サービスを利用する手段はございません』
「あ、そうですか。
会えるかな」
『お陰さまで多くのユーザー様にご利用いただいておりまして、スタート地点は結構な人出となりそうです。
お知り合いとは言え、顔も知らない方と出会うのは少し困難かと……』
それは困った。
『スケールアウト処理を行っておりますので一時間程で混雑も緩和される予定ではございますが』
「一時間かぁ」
『……確実とは言えませんが一つ方法がございます』
「それ、教えて下さい!」
◆ 現在
リアルのアドレス帳に限定した相互認識機能。
それがタマさんに教えられた方法。
今の私は他の人から見ればNPCと認識され、街の風景の一部としてしか見えていないのだと言う。
【ヨシノ】と言うプレイヤーに対して他者からコンタクトをプライベートなアドレス帳と連動させ、そこに登録されている人、つまりはリア友だけに限定しているから。
もっともこちらから相手に対しても同じ状態。
アドレス帳に登録な無い人は皆無個性のNPCに見える。
因みにこの状態でセクハラ紛いの行為を働いたら即アカウント停止らしい。しないけど。
というか、私の出で立ちそのものがセクハラの可能性は否定出来ない。
今、私の周りに大勢いる一様に同じ格好のプレイヤーさん達。
よほど注視しなければただの風景に見えてしまう。そんな感覚がある。
友人の姿を探し出そうとキョロキョロと雑踏を見回し、一人の女性と目が合う。
白銀の鎧に濡羽色の髪、意思の強さを感じさせる切れ長の目。
しかし、彼女は私を気にすることなく立ち去って行った。
と言うか、向こうから私は認識できてないって話だから目があったのも気の所為か。それか、特別なNPCだったのかな。
にしても、やっぱりああいう鎧は必要だよね……。
もしくは、あっちの子見たいに神官的な貫頭衣とか……。
と、私が失礼にもファッションチェックをしていたその女の子が私と目が合わせニコリと笑う。
……私を認識している?
と言う事は、向こうも同じ条件なのだ。つまりは友人。
違ったら恥ずかしいなと思いながら思い切って手を振ってみる。
すると、向こうも手を小さく振り返しながら足早に近寄って来た。
「おそーい」
「申し訳ありません。少し、アバターのカスタマイズに熱中してしまいまして」
そう言いながら、友人は丁寧に頭を下げた。
それは、普段は男勝りな友人とはかけ離れたとても可愛らしい仕草で……。
なるほど。ゲームの中では女の子キャラで行くのだな?
「なるほどね。それにしたって、口調まで?」
「なにか、おかしいですか?」
私の疑問に、相手は頬に手を当てながら小さく首をかしげる。
現実でそんな仕草をしているところなど見たことなかった。
……あれ?
「モミジ?」
「ミキさん?」
互いに相手の名を口にし、二人ともに首を横に振る。
そして、苦笑い。
「人違いでした。誠に申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ」
再び丁寧に頭を上げた女の子。
その仕草はとても上品に見え……。
え、待って。
相手が私を認識していて、私も相手を認識している。
ということは、リア友?
こんなお上品な人に心当りなんて……いや、まさか。
「……西七辻さん?」
私は好奇心を抑えきれず尋ねてしまう。
「ええ、そうです。
PNは市松と申します」
「やっぱり! あ、私、晴海です。同じクラスの。
今、紅葉……明原紅葉と待ち合わせ中なんです!」
意外だった。
あまり親しくは無いけれど、超がつくほどのお嬢様の西七辻葵さん。
クラスメイトと言う以上の接点は無かった彼女とゲームの中で会うとは。
こんなゲームやらずとも一生食っていけるだけの富があろうに。
「まあ。明原さんも。
ですが、晴海さん。
友人とは言え、あまり此方で向こうの個人情報を口にするのはよろしくないのではないでしょうか?」
「あ、すいません」
言われてみれば確かに浅慮だった。
西七辻さん……市松にしても私に正体がバレてしまったのは歓迎すべき事態では無いのかも知れない。
その上、ここに居ない友人の名まで出してしまった。
<ポーン>
気落ちする私の耳に届く電子音。
それと共に視界の中で通知を表すアイコンが揺れた。
手でそれに触れる。
<市松さんからフレンドの申請が来ました>
<『後日、ぜひ三人でお会いしたいですわ』>
「いかがでしょうか?」
ウインドウから目を上げた先で市松がニコリと笑う。
「是非!」
そのフレンド申請を受理。
「ヨシノさんというのですね」
「あ、そうか。私、自己紹介もしないで。
改めて、ヨシノです! よろしくお願いします!」
「よろしくお願い致します。
すいませんが、私の待ち人が参った様ですので」
律儀に一礼した彼女に手を振り見送る。
人混みの中へと戻って行った彼女はその先で誰かと合流した。
私が知らないであろうその人は顔はおろか、背格好すら印象に残らなかった。