1.Remnants of Eden : Unlimited
「働きたくない!」
進路希望調査と書かれたプリントを前に小一時間ほど悩んだ末、捻り出した結論だ。
そうか。
私は働きたくないのか。
口にした途端、それが真理であるかの様にすっきりとした心持ちになった。
私 ✕ 労働 = 無理
これが世界の真理。
いや、ダメじゃん。
最低限の空欄を埋めないとなぁ……。
東大とか書いても洒落が通じる担任では無いし。
取り敢えずスマホをいじり、働かない方法を……いや、自分の進路を探す。
誰か私の嫁になって養ってくれないかな。三食昼寝付きは必須でお願いします。
◆
働かずに生きて行くためには、お金が必要である。
真理だ。
そして、そのお金を稼ぐ為にフルダイブ型のVRゲームをすると言う選択肢が突如として出現したら、それはもう飛びつかざるを得ない。
世の中には富豪と言う種族が存在するらしい。
東京都の年間予算に匹敵する程の資産を持つその雲上人はゲーム内からリアルの貨幣へと換金出来るゲームを作ったと言う。
公表されている情報では、最も強い敵を最初に倒したプレイヤーに与えられる賞金額は50 million dollars。五十億円だよ? それだけあれば余生は完全に遊んで暮らせる!
何故、私財を投げ打ちこんな事を始めようとしているのか。庶民の私には到底理解できないので深く考えない事とする。
だが!
私の明るい人生設計の為にこのゲームを利用しない手はないのである。
ないのである。
ありがとう。現人神よ。
会ったことのない富豪へ感謝の祈りを捧げながらVRギアの電源を入れ、意識を仮想空間へ。
『ようこそ。
Remnants of Eden : Unlimitedへ』
真っ暗な闇の中で、小さな青い光が揺らめきながら浮遊する。
「人魂?」
『ええ。日本版のサービス開始に合わせ、一番ポピュラーな妖精をナビゲーターに採用しました。申し遅れました。私の名前はタマです』
音声に合わせ揺れる青い炎。
「タマさん」
『はい。タマです』
「タマさん」
『はい』
「多分、その知識、間違ってますよ?」
『……貴重なご意見、ありがとうございます』
「いえいえ」
『ゲームのスタートは、この後日本時間の午後二時からとなっております。
およそ三十分後ですね』
「はい」
『その間に簡単なゲームの説明とキャラクターメイキングは行う事が出来ます。
まずは、プレイヤーネームをお決めいただけますでしょうか?』
「あー……名前かー」
考えてなかった。
「ヨシノ、と」
空中に浮かんだキーボードを操作し、名前を決める。
『ヨシノさまですね。
では、改めまして……ようこそ。Remnants of Eden : Unlimitedへ。
ゲームの説明とキャラクターメイキングの案内は私、タマが務めさせていただきます』
「よろしくおねがいします」
一拍置いて、タマさんが赤く変色しながら揺れる。
『これは、パランティスと呼ばれる世界を舞台にして繰り広げられる物語。
強大な魔物を倒す狩人として、その狩人へ武器を拵える鍛冶屋として。
自由と栄光を謳歌する為の世界。
最新のテクノロジーによって作り上げられた世界は何処までも美しく果てしない。
大地があり、海があり、空がある。
冒険の炎を燃やし、自由の風を感じ、黄金の富をその手に』
「富を!」
『はい。
事前にプロモーションさせていただいております通り、ゲーム内の通貨は現実世界の通貨へと交換可能となっております』
「幾らでも!?」
『はい。上限は設定されておりません。
なお、現実世界の通貨からゲーム内通貨への交換は受け付けておりません』
ヨシ!
『ですが、それは非常に困難な事であると予めお伝えさせていただきます』
「と、言いますと?」
『現れる敵は非常に強力です。
それらを倒し、集めた素材をそのまま、或いは加工し売却する事でゲーム内通貨である【G】を手に入れる事が出来ます。
しかし、武器や防具、或いは情報、技術。
それらを仲介する手段もまた【G】なのです。
高額な賞金を手にする事が出来るモンスターはそれ相応に強敵です。
ですから、それを打ち倒す為に強力な武器を手にする必要があるでしょう。
人より先じようとするならば、尚更』
つまり、大金を稼ぐ為に投資が必要という事ね。
「望むところ。
明るい将来設計の為!」
『それでは、ゲーム開始にあたりいくつか注意事項をお伝えします。
まず、武器や攻撃魔法を利用しての他プレイヤーへの攻撃、威嚇行為。
こちらは、当人もしくは第三者からの申し立てがあり、事実と確認出来た場合はアカウント削除を含む処分をさせていただきます』
「申し立て?」
『はい。
原則は申し立てがあった場合にのみ行動ログを参照し事実確認をいたします。
申し立ては加害者が分からずとも問題ございません』
「んー? 逆に申し立てがないと取り締まらないの?」
『運営が悪質と判断した場合においてはその限りではありませんが、原則として申告制となっております』
「それだと、言うなって脅されたり?」
『その様な場合でも恐れる事なくおっしゃって下さい。
被害者様の不利益となる様にはいたしません。
申告制としているのは、別の理由からです。
他人の目からは暴力行為だと思われる状況においても当人同士がそう認識しない場合があるからです』
どう言う事だろう?
『主なところでは武器の訓練』
「あー」
『また、この国に於いては夕暮れの河原で本気で殴り合う事が友情を育む儀式であると知っています』
タマさん。
その知識、間違ってます。
いや、間違ってないのかな? 私が知らないだけで。
『それと、痛めつけられる、或いはその逆が愛情表現である場合もあると知っています』
タマさん?
その知識……。
『そう言った事から、攻撃、威嚇に順ずる行為の被害は申告制とさせていただいております』
「なるほど? まあ、わかりました」
『続きまして、アイテム。
プレイヤー間のアイテムの譲渡、売買は一切禁止とさせていただいております』
「へー」
……あれ?
「さっき、武器を作るって、自分用? 全部自作?」
『はい。
武器、防具を作る職業、スキルはございます。
あくまでも禁止させていただいてるのは直接取引でございます。
ゲーム内にオークションシステムがございますので、アイテム売買はそちらを介していただく形になります』
「ほうほう」
『なお、他人のアイテムを強奪した場合はペナルティとなり処分の対象となります』
「貸し借りは?」
『合意の上であれば問題ありません。
ただし、貸主、借主どちらかがログアウトした瞬間にアイテムは貸主の元へ強制的に返却されます。
貸与したアイテムを消失した場合に於いて、貸主が補填を求める事は禁止事項となります』
ふむふむ。
貸し借りは問題ないと。
『そして、最後にゲーム内時間に関する注意です』
「はい」
『パランティスは現実世界の二倍の速度で時間が流れます』
「え?」
『現実で一時間経過する間、パランティスでは二時間経過しているのです』
「なにそれ。すごい」
『その為、肉体への負担と、なによりゲームとしての公平性を期す為に、一日のプレイ時間に四時間までと言う制限を設けさせていただきます。
ゲーム内では体感として、八時間に相当します』
そうなのか。
時間を無限に使える人種じゃないからこのシステムはありがたいな。
「因みに四時間過ぎるとどうなりますか?」
『強制的にログアウトとなります。
また、一日は日本時間の午前零時にリセットされます。
因みに、時間圧縮システム並びに活動制限を設けるのは、パランティス内のみとなっておりますので、ここや次回ログイン時以降に使える待ち合わせロビーの利用時間は含みません』
「待ち合わせロビー?」
『はい。
例えば、フレンドの方と時間を合わせてログインしても、ほんの数分のすれ違いが大きな物になってしまいます。それでは不便だと思いますのでその前に合流出来るよう、ロビーを設ける予定です。
パスコードを共有する事で同じ部屋へと入れる仕様になります』
ふむ。
なら、明日からはそれを利用しよう。
『注意事項は以上となります。
それでは、続きましてキャラクターの設定と参りましょう』
「はい!」