ラストラウンドon the サーキュラーバリー
奴と俺との、決着の時が始まる。
耳奥で響いた闘いの合図が鳴り終わる前に、俺は何の愛想も無いこの四角いリングの中央へと決然と突っ込んでいく。
権謀術数を尽くした前哨戦は終わった。互いの手の内も知れた今、こっから先はもう喧嘩レベルの殴り合いに終始すると俺は思っている。
これまでの手数は俺の方が勝っている。先制攻撃を浴びせたのも俺だ。アドバンテージは我にあり。しかし、その後の奴は俺の作戦をことごとく老獪に読んで、寸でのところで潰してきやがったのも事実だ。決定的なダメージは与えられてはいない。奴は……見た目も動きも若々しいが、どっこい、とんだ食わせ者だ。
「……!!」
そんな思考は置いておけ。奴の牽制気味のローキックが俺の左脛を狙って放たれてくるが、これは冷静に後ろにステップして避ける。今は集中だ。この三分を乗り切れば……
勝って掴みたい。俺とは無縁だった栄光を。
偉大だった先代の「二代目」ともて囃されて、鳴り物入りで登場したのも今は昔。かませ犬程度の扱いに成り下がったこの俺に、これは降って沸いた最後の好機に違いない。
ここしかない。ここでやるしかないんだ。
筋肉は若い頃よりも大分衰えてしまっているだろうが、その分、俺には技術がある。身体だって、これが最後と肚をくくれば、限界以上の力が出せるはずだ。俺は脇を締め、左足を踏み込みつつ、右ローを繰り出すと見せかけて、一歩間合いを詰めてから、いきなりの左フックを奴の顎を狙って放つ。
「……!!」
不安定な態勢からだったが、うまく体重は乗ってくれたようだ。プラス思考の埒外からの急襲、奴はそのしなやかな上体を捻って直撃は避けたものの、鎖骨あたりに拳は入った、その感触は確かにあった。
その表情からは、ダメージがあったかどうかを推し量るのは難しいが、こちらの出を窺ってか、奴の「攻撃の気配」が止む。
ここだ。畳みかけるように押し込む。俺は大振り感を滲ませた右ストレートを一呼吸置いてから繰り出した。当然の如くこんな見え見えのテレフォンパンチは、あっさり躱されるが。
……それでいい。
奴の顔面の横を通過した、右腕の挙動を強引にこちら側に向けて曲げ、その首根っこを刈り取るように巻き込む。すかさず間合いを詰め、頭と頭を突き合わせる恰好を取った。
首相撲。スピードは残念ながら奴の方が数段上だ。足を使っての攻防はむべなるかな、至近距離での撃ち合いも勝ち目は明らかに無い。ならばゼロ距離だ。ここまで接近した状態ならば、速度はそこまで意味を持たない。
物を言うのは、一発の重さだ。
奴の左の脇腹を狙って、いやもう狙いも何も無い。体が動くだけ、こちらの拳をぶち込むだけだ。打ち付ける、何度も、何度も。
奴の口から初めて呻き声のような音が聞こえたかと思った。その瞬間だった。
「!!」
コンパクトに畳まれた奴の右肘が、下から鋭く俺の左こめかみを抉り突き上げる。一瞬視界が白くなる……奴をロックした右腕もあっさり外され、天を見上げたまま、たたらを踏んだ俺は次の瞬間、ケツから地面へ落ちていた。
ダウン。だがまだやれる。残りは何分だ? 呼吸を整えろ。すぐに立ち上がるんだ。
一分切ったぞ!! ……こんな俺のブレーンを買って出てくれた男の声が、確かに俺の耳には届いた。頭を振って立ち上がる。間合いをまた詰めていく。
三分が過ぎれば俺の勝ちだ。ただそれだけを信じて、俺は攻撃は最大の防御とばかりに、両腕を滅茶苦茶に繰り出していく。
冷静にいなされるが、構うな。ここまで矢継ぎ早な攻撃であれば、奴も攻撃の手は出せないはず。時間を……時間を稼ぎさえすれば……
「!!」
やぶれかぶれな俺の拳撃だったが、そこで思わぬ幸運が訪れる。めったやたらに撃ち放ったパンチのひとつが、奴のガードした左腕を体の外側へと弾き飛ばしたのだ。
見えた。奴の顔面への最短距離が。
三分を待つまでもねえ、この一撃で終わらせてやる……っ!!
体を右後方に捻って溜めを作ると同時に踏み込み、間髪入れず俺は渾身のストレートを放り込んでいく。
このタイミング、この軌道……勝ったッ!!
見ろ、奴の胸の灯も、もう限界とばかりに激しく赤く明滅してるじゃねえか。いけぇぇぇぇっ!!
その時だった。
「……」
奴のその胸の前で、銀色の両腕が十字架のように組み合わされた瞬間、激しい熱線が指向性を持って俺の顔面へと放射されたのであった。
視界も思考も灼かれながら、俺は敗北を悟る間も無く、体中の奥底が次々と爆ぜていくと、意識はそこでとだ
(終)