「リリーの頼み」
~~~小鳥遊勇馬~~~
リトルノアに戻った俺が真っ先に行ったのは、疲れを癒やすための休息……ではなく、阿修羅6000の回収作業だった。
予備電池を抱えて行って現地で交換。着装して帰って来るという流れだ。
もちろん俺単独で出来ることじゃない。
銃火器で武装した綾女がついて来てくれた。
綾女は例によって変な落ち着きがあり、動作も余裕たっぷりで、危険がいっぱいな異世界の森の中でもそれほど恐ろしさを感じることなく作業することが出来た。
回収作業が終わったのは、地球の時計で23時を回った頃。
地球時間とこっちの時間が質的に同じかどうかはわからんが、ともかくかなりの深夜だろうことはたしかだ。
阿修羅6000を脱いだ俺がカーゴルームからリビングに入ると、すでにテーブルは片付けられ、ソファはベッドに組み換えられていた。
綾女は他にもまだ何かすることがあるのか、キッチンで働いている。
「あっ勇者様、お帰りっ」
三台並んだベッドのひとつに例の金髪ボクっ娘──リリーが座っていた。
俺の姿を認めると、にぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
リリーはシャワーを浴びたのだろうさっぱりした顔で、備え付けの白いパジャマを着ている。
その上には、よほど気に入ったのだろうグリーンのカシミヤの……つまりは俺のセーターを着こんでいる。
手にしているマグカップからは湯気が上がっている。匂いからするとレモネードだろうか。
「お帰りじゃあるかこの野郎っ。人が怖い思いしながら働いてる時に、ひとりだけ寛いでやがってえぇぇぇっ」
「──って痛い痛い痛いっ!? ごめんなさいぃぃぃっ!?」
拳の先でこめかみをぐりぐりしてやると、リリーはたまらず悲鳴を上げた。
「レモネードがこぼれるようぅうぅっ!」
「知るか! こぼしたらてめえで拭きやがれ!」
さんざんいたぶった後、俺はベッドにどっかと腰を落ち着けた。
腕組みして、鼻から息を吐いた。
「んーで? なんだってんだ?」
「え……なにって?」
「さっきの話だよ。さっきおまえが言ってたこと。俺が勇者だとか、おまえが俺を探してたとか、そういう下りを話せってんだよ」
「え……? あっ……ボクの話、聞いてくれるのっ?」
涙ぐんでいたリリーはしかし、俺の質問の意図を察するや、パアッと表情を明るくした。
「聞くだけだ聞くだけっ。そんな怪しい話に乗る気はさらさらねえよっ。俺はあくまで俺が知りたい情報を仕入れる一環としてだなあ……」
「でも聞いてはくれるんだよね? やったあ、ありがとうっ」
胸の前で手を合わせて微笑むリリー。
「だから聞くだけだって……ったくおまえはどんだけポジティブシンキングなんだよちくしょうっ」
頭をガリガリかいて不満を露わにしたが、リリーの瞳からは希望の色が消えない。
「ちっ……いいから話を始めろ。ほらっ」
ひらひらと手を振って促すと、リリーは姿勢を正した。
「うん、じゃあ始めるね?」
これ以上ないほど真剣な瞳で話を始めた。
その結果、いくつかのことがわかった──
この世界はテンペリアという名であること。
剣と魔法の世界であり、妖精や魔物どころか神や悪魔まで存在していること。
中央大陸を支配する七王家のひとつであるフェロー王国の外れの、サンドラ大森林であること。
帰らずの森と呼ばれ恐れられるその森の奥に、勇者を呼び寄せる伝説の白い霧が現れたと聞いたリリーが危険も顧みずにやって来たこと。
「フェロー王国は外敵の侵入を受けて、滅びの危機を迎えてるんだ。外敵は強く強大で、対抗するためには勇者様の力が必要なの。だから、お願い。お願いします」
リリーことリリーバック・フェローは──フェロー王国の第三王女は──床に降りて正座した。
小さな体を丸めるように、頭を下げた。
「勇者様。ボクに、ボクらに、力を貸して下さい──」