「チュートリアル」
~~~小鳥遊勇馬~~~
ホールドアップしながら俺は、横目で綾女を見た。
綾女は二丁あるスーペル1000の片方をストラップで肩から下げ、もう片方を俺のこめかみに当てている。
安全装置はしっかり外しており、しかもトリガーに指までかけている。
あと何ミリか指に力がかかれば──たとえ故意でなくても──俺の頭はスイカ割りのスイカみたいに爆ぜて散ってしまう。
「……なあ綾女、説明させてくれないか?」
「必要ないでしょう。状況証拠だけで有罪です」
凄腕の殺し屋みたいな目をした綾女は、俺の弁明をにべもなくはねつけた。
「状況……」
綾女とは逆方向に目を向けると、女の子はびくびくと恐ろしげに身を震わせている(綾女の傍若無人な振る舞いのせいだ)。
裸にひん剥かれていて(俺のせいではない)、白タイツがびりびりに破けてて(これも俺のせいではない)、目に涙の跡がある(全然まったく俺のせいではない)。
「……うん、おまえの言いたいことはよくわかる。たしかに傍から見たら怪しさ爆発な状況だが、実際には何も悪さをしてないんだ。全力で危難が降りかかってきたせいでそう見えるだけなんだ」
「言い訳は獄中で聞きましょう」
「どうして裁判カットしたの!?」
頭を抱えて哀れっぽく悲鳴を上げると、綾女はハアと大きなため息をついた。
構えていたスーペル1000をくるり回すと、もう片方と同じようにストラップで肩から下げた。
「冗談ですよ。坊ちゃまがそんなことをする男性だとは思っておりません」
「ほ、ホントか? わかってくれた……というかわかってくれてたのか? そうだよな? そうだよな? 俺の日頃の行いを見て来たおまえならわかるもんな?」
俺はほっと胸をなで下ろした。
「ええ、常にお傍におりました私だからこそわかります。坊ちゃまにそんな度胸は無いと。小学校の運動会で女子とマイムマイムを踊るのが恥ずかしくて、回避のために仮病まで使って運動会を休んだようなビビリの極みである坊ちゃまが、まさか初対面の女子相手に性的いたずらなんか出来るわけがないと」
「ん、んんー……? 疑いが晴れたのは嬉しいんだが……?」
投獄の危機を免れたのはたしかだが、どうにも釈然としない。
盛んに首を傾げていると……。
「出来るはずがないんですけど……ねえ?」
阿修羅6000と無数のモンスターの死骸を見比べながら、綾女がぼそぼそとつぶやいた。
「まさか坊ちゃまにこんなことが……ねえ?」
その言葉でティンときた。
「……そうだ! そうだよ綾女! どうにも釈然としないと思ったらそれだ!」
「はあ?」
「褒め言葉が足りないんだよ!」
「はあ、いったい誰を褒めなきゃならないんです?」
「わかんないみたいに言うなよ! しぶしぶな感じもやめろ! 当然、俺をだよ! 俺を全力で褒め称えるんだ! まったく状況がわからないのにも関わらず阿修羅6000を着てか弱い女の子を助けた! ついでに怪物どもまでぶっ倒したこの俺をだ!」
「はあ……」
「生返事もおかしいだろ! なあおい、わかってんだろ!? 俺がいったい何者かって! 言わずもがなの引きニートだぞ!? 家柄と財産におんぶに抱っこでのうのうと暮らしてる、人間のクズだぞ!?」
「自覚はあったんですねえ……」
「違う! そうじゃない! そういう引きながらの同意を求めてるんじゃない! そういう軸のずれた感心はいらん! 俺が欲しいのは……」
「──人としての最底辺に生きる自分でもきちんと出来た。そこを褒めて欲しいんですよね?」
「……っ!?」
機先を制されて、俺は鼻白んだ。
「な、なんだよ……やっぱりわかってんじゃねえかっ」
「そりゃあそうでしょう。それだけ全力で『褒めて褒めて光線』を出していれば」
「え? 俺……そんなの出してた?」
そんなにわかりやすい感じだったのかと思うと、一気に気恥ずかしくなった。
照れ隠しにぺたぺたを顔を触っていると……。
「出してましたよ。ピカピカとね。フラッシュ対策のテロップを出さなきゃならないレベルで」
綾女はため息をつきつき言った。
「でもだからこそ、褒めるわけにはまいりません」
「な……なんでだよっ? なんでおまえそんな意地悪みたいな……っ?」
「私の命令はなんでしたか? リトルノアを出る際、私は坊ちゃまになんと言いましたか?」
「あ……っ。で、でもそれは……。だって……」
「なんと言いましたか?」
「……綾女が戻って来るまで閉じこもっていろって。絶対誰も、中に入れるなって。だけど破ったのは半分だし、状況も状況だったし……」
今まさに目の前で女の子が死のうとしてるのに、手を差し伸べるのを拒む理由なんてあるわけがない。
それを承知していてもなお、綾女は断固として首を縦に振らない。
「それにですね、坊ちゃま。そもそもがですよ?」
こめかみの横で人差し指を立てると、俺を諭すように綾女は言った。
「坊ちゃまはさぞ大変なことをしたようにおっしゃいますが、実は全然たいしたことじゃないんですよ。これからの困難を思うなら、単なるチュートリアルのようなものなんです」
「はあ? うん? なにを言ってんのおまえ? チュートリアルっていうか……これからの困難っていったいどういう……」
謎めいた言い回しに戸惑っている俺はさておき、綾女は傍らにいた女の子の肩に手を置いた。
静かな瞳で語りかけた。
「ねえ、そうでしょう? フェロー王国のお姫様?」