「アンチ異世界ものドロップキック」
~~~小鳥遊勇馬~~~
「どおおりゃああああってうおわあああああああ!?」
ジャンプ一番リトルノアの外に出た──のはいいが、姿勢制御に失敗して思い切り足をもつれさせた。
転倒してでんぐり返しみたいな体勢でごろごろと何回も転がって、太い木の幹に当たってようやく止まった。
「パワーアシストすげえええ!? そして装甲固ええええええ!?」
かなりの勢いでぶつかったはずなのに、阿修羅6000はびくともしない。
ショックアブソーバーのおかげだろう、本体である俺へのダメージもまったくない。
「ってなんだよおまえら! こっち見てんじゃねえよ! 凶悪な目で睨んでるんじゃねえよ! なんやかや怖いんだからあっち向いてろよ! ……ああ!? そうだよ! こんなもの着てたって中身の俺自身は変わらねえんだから、怖いものは怖いんだよ! 悪いかよ!」
立ち上がった俺を見て、ゴブリンたちが騒ぎ始めた。
指を差し、警戒の声をかけ合っている。
「言っとくけどなあ! 俺はこういう争いごとには向かないタイプなの! 殴るのも殴られるのも嫌いなの! 口喧嘩だって苦手だから、嫌な空気になったら速攻離れて行くタイプなの! その最終形態が引きこもりなわけ! わかる!? だって引きこもってりゃ、誰ともケンカになりようないじゃん! 嫌な空気にもならないし、心安らかに生きていけるじゃん!」
怖さを紛らわすために、俺はひたすら文句をつけた。
理解されようがされまいが関係なし、大声で怒鳴り続けた。
「なのになんでそっちから来るんだよ! 引きこもってるとこドンドンノックするんだよ! 迷惑だから犯罪行為はよそでやってろよ!」
五頭のオルトロスのうち一頭が、俺に向かって突っ込んで来た。
「よそでやってろって……」
右腕を思い切り後ろに引いた。
「言っただろうが!」
叫び声とともに、全力で振るった。
飛び掛かってきたオルトロスの顔面を殴りつけた。
グシャリ鈍い感触があった。
オルトロスの体は地面と水平に飛んだ。
木の幹に当たって、ずりずりと滑り落ちた。
首をあらぬ方向に向けたまま倒れ、そして二度と起き上がってはこなかった。
「犯罪行為だってんだよ! ペットを人にけしかけるのも! 女の子に乱暴するのも!」
女の子を地面に押さえつけていたゴブリンたちが身を起こし、手に手に武器を持った。
皆、怒りの声を上げている。
「うるせえよ! 何言ってるか全然わかんねえんだよ! 日本語でOK!?」
オルトロスが二頭、左右から襲いかかって来た。
片方を殴り倒しているうちに、もう一頭に飛び掛かられた。
首筋の連結部に歯を立てて来るのを、力ずくで引き剥がしてぶん投げた。
「ええい! 離れろ……ってうお!?」
そこへバサリ、投網のようなものが投げつけられた。
先端に錘のついた網は半円状に広がり、阿修羅6000に絡みついた。
「ぐっ……しまった!? パワーアシストが強力すぎて……っ!」
障害物競走の網くぐりの要領でくぐり抜けようとしたが、なかなか上手く出来ない。
変に暴れたせいで、余計に絡まってしまった。
「なんだよ笑ってんじゃねえよ!」
もがく俺を見て、ゴブリンたちは楽し気に笑った。
赤帽子のゴブリンを中心に輪を作ると、手を叩いて踊り出した。
「くそ……なんだよ……っ!」
追加で二枚の投網が投げかけられ、阿修羅6000の動きはますます鈍った。
「なんだってんだよ……!」
弓を持ったゴブリンが、遠間から矢を放ってきた。
矢はカンカンと装甲を叩くだけでダメージとしては皆無だが、心理的にはけっこうくる。
「……ひっ?」
突然バイザーの内側で、ピーピーと警報音が鳴った。
──バッテリー残量20% 早期の充電を推奨します。
「うぞっ! まさかのバッテリー切れ!? 40%もあったのに残り20%!?」
例外もあるが、大抵の場合装甲作業服の動力は充電池式だ。
最新式の圧縮ニオブ電池で、十時間ぐらいの連続稼働が可能なはずなのだが……。
「劣化してた!? それとも単純に燃費の問題!? つうかこれ、けっこうヤバい状態じゃね!? 電力が無くなったら阿修羅6000は動かなくなるし、空気の供給にも温度の調整にも支障出て来るし! 最悪の場合……っ」
──窒息か脱水で死ぬ。
──生身で外に出れば、普通にとっ捕まって殺される。
嫌な未来予想図に辿りついた瞬間、体は勝手に動いた。
「ええい……こうなりゃなりふり構ってられるかあああああ!」
投網を三枚まとめて掴むと、思い切り力をこめた。
鉄でも入っているのだろうか、投網は異常に硬いが……。
「殺られる前に殺るんじゃあああああああ!」
パワーアシストを限界まで振り絞ると、駆動部からギュイイインと凄まじい音がした。
バッテリー残量がもりもり減っていくが、背に腹は変えられない。
「おあああああああああ──」
しばしの拮抗の後、投網はぶちぶちと裂けた。
「──ああああああああー!」
無事脱出を果たした俺は、すかさず手近にいたゴブリン一体を殴り飛ばした。
横合いから突いて来た槍を掴んでへし折り、槍使いのゴブリンを殴り飛ばした。
「なあおい、そもそもおかしいじゃねえか! これっていわゆる異世界転移なんだろ!? ラノベとかでよくあるやつだろ!?」
その時には、俺はたいがいキレていた。
オルトロスが三頭ひと塊になって突っ込んで来るのに、逆に向かって行った。
「だったらそれらしくしてろよ! 現代知識でチートさせろよ! 命の危機とか及びじゃねえんだよ!」
先頭の一頭を跳ね飛ばした。
後続の二頭を、左右のパンチで叩きのめした。
「スローライフさせろよ! 女神様の祝福くれよ! 女エルフを奴隷にさせろよ!」
俺の勢いを恐れてか、ゴブリンたちは算を乱して逃げ散っていく。
それを全力で追い駆けた。
全力で走り、全力で殴り、投げ飛ばした。
「飯テロさせろよ! 無詠唱で魔法唱えさせろよ! 敵のスキルを強奪させろよ!」
最後に残ったのは赤帽子のゴブリンだ。
部下の死体の下に隠れているのを発見した。
「一般庶民から成り上がらせろよ! 俺だけに優しいハーレムを築かせろよ! 妹キャラがいればなおよしだ!」
慌てて逃げようとするのを走って追いかけた。
「敵もおまえらみたいなむさ苦しいのじゃなくてさあああああ!」
ザムッザムッと跳ねるように助走をつけ、後頭部へドロップキックを叩き込んだ。
勢いが付きすぎたせいで着地は上手く出来ず、赤帽子もろともに転がった。
止まってから辺りを見回すと、赤帽子は尻の下にいた。
ドロップキックをまともにくらったせいだろうか、それとも単純に下敷きにされたせいか。
ともかく首があらぬ方向を向いている。
「……可愛い魔王様でも用意しとけってんだ。ったく」
ペシリと赤帽子の頭を叩くと、俺は大きく息を吐いた。
──バッテリー残量1% 装着を解除し、すべての機能を停止させます。
機能停止の警報音が、戦いの終わりの合図のように辺りに鳴り響いた。