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「阿修羅6000」

 ~~~小鳥遊勇馬たかなしゆうま~~~




 装甲作業服アーマード・マニュピレータ

 重機などの入って行けない狭隘きょうあいな地形や宇宙空間などの過酷な環境で人間が活動するための、いわゆるパワードスーツだ。


 電動アクチュエータや人工筋肉などのサポート、各種装甲板やアタッチメントの着脱による柔軟性。

 外部マスターシステムとのリンクによる労働効率は、マンパワーにして実に千人分にも及ぶという。


「そういや積んでるって取扱説明書に書いてあったな。だけどこれって……」


 白銀色のボディは、作業用にしては明らかにゴツい。

 腕回りも足回りも太く、全体にずんぐりして見える。

 この場合のゴツさ太さは、イコール装甲板の厚さだ。


「うお……すげえ、7.62ミリ弾ぐらいじゃ通らないぞ? こんなの害獣退治どころか、完全に軍事用じゃないか」


 綾女あやめの言う通りミリタリーマニアなところのある俺は、思わず唸った。


「リトルノアも『三ツ星』製だし、ってことはこいつも同じなのか? 見たことないけど、最新型か?」


 日本最大の軍需産業『三ツ星』は、装甲作業服の分野で世界に抜きん出た実力を持っている。


「ってそうじゃない! そういうことじゃなくて……!」


 一瞬趣味の思考に没入しかけた俺は、しかしすぐに正気を取り戻した。


「これなら俺だってゴブリンどもを駆逐出来る! オルトロスの体当たりだって跳ね返せる! つまりは……いける!?」


 気が付いた時には体が動いていた。

 全体を覆うビニールカバーを剥がしていた。

 腰元にあるつまみを押して捻ると、前部装甲がバクンと上に開いた。

 

「『風神ふうじん』の発展系か? てことは乗り方も一緒?」


 だったら行ける。

 アングラサイトで入手した『風神』の操作マニュアルが本物ならば、だけど。 


「ええい……なるようになれだ!」


 両脚、頭、両腕の順番に通し、開いていた前部装甲を閉じると、首の後ろに収納されていたバイザーが自動で降りて来て頭を覆った。


 低い振動音と共に、柔らかい布のようなものがぎゅっと体を締め付けてきた。

 顔面以外のすべての部分に均一の圧力が加えられた。

 

「……これがたぶん全転換粘体フルコンバージョンフルイド。ショックアブソーバーと各種センサー類の詰め込まれた『三ツ星』の特製で……っと──?」


 ピロンと軽快な音が耳の傍でしたかと思うと、バイザーの内側に緑色に発光する文字列が投影され始めた。

 同時に若い女性の音声が流れ始めた。


 ──阿修羅6000装着確認。

 ──搭乗者バイタルパターン確認。

 ──空気調整、温度調整機能正常稼働。

 ──搭乗者脳波解析完了。

 ──リトルノア・マスターシステムとのリンク完了。

 ──各部油圧系、電装系異常なし。

 ──バッテリー残量40%。

 ──搭乗者の認証登録を行う。

 ──指紋、網膜認証完了。

 ──声紋認証をどうぞ、マスター。貴方の名前はホワッツ・ユア・ネーム

 ──……。

 ──……。

 ──……。




「……っ」


 一瞬躊躇した。

 なぜなら怖かったからだ。

 今までの人生で荒事あらごとなんて経験したことはなくて、筋力にも運動神経にもまるで自信がなかったからだ。


 そういったものは自分以外の誰かがやることで、俺とは別世界の出来事だと思ってた。

 俺はあくまで守られる側の人間だって。


 国家とか行政とか、警察とか自衛隊とか。

 家とか使用人たちとか。

 そういった、強くて大きい何かに庇護されるべき存在なんだって。


 だけど今、ここにあるのは違う。

 異世界転移と同レベルの、違う世界(・ ・ ・ ・)への扉だ。


「……今だけだ。今だけだかんな」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「これが終わったら、あとは一生引きこもるから。誰にも文句は言わせねえから」


 奥歯をギリっと噛みしめると、息を深く吸い込んだ。

 肺をいっぱいに膨らませてから、思い切り叫んだ。


勇馬ゆうまだ! 小鳥遊勇馬たかなしゆうま! 俺がおまえのご主人様だ!」


 ピロンと軽快な音が鳴った。

 



 ──OK。マスター・ユウマ。幸運を祈るユーアー・イン・マイ・プレイヤーズ




 システムメッセージの意味は全部わかる。 

 そいつが俺を搭乗者として認めたことも。


「ふっ……ふっ……ふっ……」


 得体の知れない興奮が、体の底から湧き上がって来た。

 頬が紅潮し、脳髄のうずいが痺れた。


「ふうっふっふっふっ……」

 

 俺は笑っていた。

 笑いながら怒っていた。

 怒っているのに、なぜだか頬を涙が伝った。

 それはなかなか、止まらなかった。


「あー、わけわかんねえっ。あー、わけわかんねえよっ」


 ドロドロに煮込んだ闇鍋のような精神状態のまま、立ち上がった。

 重さにして100キロを超すだろう装甲作業服──阿修羅6000は、驚くほどスムーズに動いた。

  

「わけはわかんねえけどっ、これだけは言えるっ。今ここにっ、断言するっ」


 スライドドアに手をかけると、横に引いた。

 ジャンプ一番、モンスター溢れる危険なフィールドへと踊り出た。


「俺をここまで追い詰めたてめえらだけは、絶対に許さねえ──」

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