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「エピローグ」

 ~~~綾女あやめ~~~




 リビングのテーブルでしょぼくれているレティシアはさて置き、私はリトルノアを発進させた。


 目的地は王都……なのだが、そのためにはまず街道に出なければならない。

 危険なモンスターの巣食う『帰らずの森』を走破しなければならない。


 地面の起伏や障害物、生物の痕跡などに注意を払いながらハンドルを操っていると……。 


「ねえねえ! 聞いてよ綾女さん! 勇馬ゆうまったらひどいんだよ!?」


 ポップアップルーフで寝ている坊ちゃまの様子を見に行っていたリリー様が、なぜかぶんむくれて帰って来た。


「急にボクによそよそしくなっちゃって! なんか様付けとかしちゃってさ!」


 助手席に座るなり、ぺちゃくちゃとまあよくしゃべる。


「ねえ! 綾女さんはどう思う!? どういうことなのかなーあれは!?」


「急によそよそしく……ですか。はあ……」


 前方に目を向けたまま、私は少し考えた。

 

 理由としては……まあわかる。


 リリー様の異常なまでのなつき方を、危険と見たのだ。

 様付けもよそよそしい態度も、それ故の線引きだろう。


 らしくもなく冷静な、大人の判断……でもたぶん、それだけではない。

 坊ちゃまはリリー様を疑っているのだ。

 

 渡会幸子わたらいさちこ

 坊ちゃまに人間不信の種を植え付け、引きこもらせるに至ったあの女と同じなのではないかと。


「……」

 

 見た目はまったく似ていない。 

 あの女も美しくはあったが、天の造形物のようなリリー様のそれには遠く及ばない。


 だけど似ている部分がある。 


 それは坊ちゃまへの好意だ。

 まっすぐ正面からの、浴びせかけるような好意。

 

 最終的にあの女のそれは偽物だったわけだが……。

 じゃあリリー様のそれが本物なのかと言うと……。

 どこまで続くのかと言うと……。


「リリー様は、どうしてそんなに坊ちゃまにこだわっているのですか?」

 

 坊ちゃまが一番疑っているだろう部分について聞いてみた。


 ……。

 ……。

 ……。

 ……。


「……え?」


 いつまでたっても返事が返って来ない。

 ブレーキを踏んで隣の席を確かめると、リリー様はもういなかった。


「ようーっし! もう一回行くぞおー! 絶対元の勇馬に戻してやるんだ! えいえいえおー!」


 後ろを振り返ると、カーゴルームへの扉を開けているところだった。


「突撃だー!」


 気合いの声と、ポップアップルーフへのハシゴを駆け上がる音と、坊ちゃまの悲鳴。

 それらが混然一体となって聞こえてきた。


「あー……」


 気持ちの持って行き場を失って固まっていると……。


「さすがというか……聞きしに勝る勇者狂い(・ ・ ・ ・)ぶりですわね」


 リビングで所在なさげにしていたレティシアが、ぽつりとつぶやいた。


「……勇者狂いとは?」


「あら、知りませんの? まあ、こっちへ来て間もないあなたたちならしかたのないことですわね」


 私が知りたがっているのを察すると、レティシアはテーブルの上に身を乗り出すようにした。

 ご褒美の肉を期待しているのだろうか、細かなところまで丁寧に説明してくれた。


 ──要約するならばこうだ。


 フェロー王国第三王女、リリーバック・フェロー。

 優しく可愛らしく、男の子のような快活さで広く国民に人気のある彼女だが、性格上の問題点がひとつある。


 それは『勇者』に恋していることなのだという。

 国難に際し現れるという伝説の存在に、盲目的に愛を捧げていることなのだという。


「それがこうして、本物が現れたわけですから。ああなるのもしかたのないことでしょう」


「本物の勇者……あの坊ちゃまが……?」


 テンペリア(ここ)とは違う世界から来て、テンペリア(ここ)よりも遥かに進んだ技術を持っている。

 モンスターや傭兵団による立て続けの攻勢も、銃火器や阿修羅6000によって完膚なきまでに叩き潰した。


 勇者による英雄的行為……たしかにそのように見えなくもない。

 坊ちゃまをよく知る私からすると噴飯ふんぱんものだが、知らない人からはそう見えてもおかしくない。


「勇者……だから……?」


 そうだ、普通に考えるならあんな坊ちゃまを好きになる女などいるわけがない。

 リリー様は『勇者』というブランドが好きなだけなのだ。

 坊ちゃまそのものを好きなのではない。


「なるほど……なるほど……」


 だったら問題はない。

 これから先旅を続ける中で坊ちゃまの情けなさを知っていけば、いずれリリー様の目も覚めることだろう。


「でしたらまあ……問題ないですね」


 私はほっと胸を撫で下ろした。


「昨夜みたいなことが続くわけがないですから」

 

 レティシアにビーフジャーキーの小袋を渡すと、アクセルを踏んだ。


 リトルノアは低く唸ると、ゆっくりと前進を始めた。

 八本のタイヤが地面を踏みしめ、張り出した根などの起伏を乗り越えていく。 


 日しは高く、中天に差し掛かっている。

 異世界の森の中、見知らぬ生物たちがかしましく鳴きわめている。 


 目的地は王都セントロア。

 未曽有みぞうの国難の中にあるというそこへ、私たちは向かって行く。


 だけどこの時、私はひとつあやまちを犯していた。

 それは、坊ちゃまの働きが昨夜のそれで終わることなく、今後も続いたとしたらどうなるのか。

 その可能性を、まったく考慮に入れていなかったことだ──




                     To be continued

              

第一部完です。

大幅に改稿した後、第二部に移る予定です。

再開時期は私の活動報告にて行います(=゜ω゜)ノ悪しからず



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