「捕虜の処遇」
~~~レティシア~~~
その頃レティシアは、リビングのテーブルで食事をとっていた。
「美味しい……っ? なんですのっ? なんですのこれはっ?」
目の前でほかほかと湯気を上げているのは、牛肉入りのシチューと牛丼だ。
いずれも長期保存用だが、NASAの開発局と銀座のミシュラン三ツ星店の料理長と上野の老舗牛丼屋の三代目の知恵と技術が結集した一品である。
合成着色料も保存料も一切使用していないのにも関わらず、どちらも実に美味い。
「頬っぺたが落ちる……っ? 舌が蕩ける……っ?」
食文化に関しては著しく後れをとっているテンペリア住民、かつ味の濃い物を嫌うハイエルフの集団の中で生まれ育った彼女にとって、旨味の強いそれらの食事は、神が与えし恵みのように感じられた。
「これが異世界の食事の一般的なレベルだとするなら……っ、これが勇者一行として当たり前の日常なのだとするなら……っ」
くわっと目を見開き、運転席に向かって呼びかけた。
「わたくしっ! あなた方のお仲間になって差し上げてもよろしくってよっ!?」
「……なんで上から目線なんですかね。この捕虜は……」
運転席の椅子に座って外の景色を眺めていた綾女は、いかにもめんどくさそうにため息をついた。
言葉通り、レティシアの足は結束バンドでテーブルと結びつけられている。
食事は出来るが自由に動き回ったりは出来ない、そういう状態だ。
「仲間がダメなら、奴隷になって差し上げてもいいですわっ! わたくし、ぞんざいに扱われるの慣れてますしっ! たいがいのことは聞いて差し上げますわよっ!? 芸をしろと言うならしますしっ! お外を走って来いと言うなら走りますしっ! でもその後、きっちりご褒美をくださいねっ!? 具体的にはお肉を! お肉のたっぷり入った料理を食べさせてくださいねっ!?」
「……その心意気は後ろ向きなのか前向きなのか、どっちなんですかね……」
綾女は再度、ため息をついた。
「というか、そもそもの部分で勘違いがあると思うんですがね……。いいですか? あなたは畏れ多くもフェロー王国第三王女の命を狙っていた傭兵団の仲間ですよ? 憎むべき犯罪者の片割れです。なら行きつく先は決まってるでしょう。裁判ですよ。敵方の思惑を暴くため、証言台に立っていただきます。当然向こうは全力で阻止しに来るでしょうね。最悪、死ぬこともあるかもしれません」
「死っ……!?」
スプーンを手に持ったまま、レティシアは硬直した。
「まあもっとも、こっちの文化レベルがどの程度のものなのかわからないのでなんとも言えませんがね。そもそも司法がきちんと機能しているのかどうか……。それ次第ではまた戦闘になるかもしれませんね」
「戦っ……!?」
昨夜行われた戦闘のことを思い出し、レティシアは冷や汗を流した。
長時間に及ぶエントの召喚と維持による消耗はすさまじく、彼女は一時、本気で死にかけた。
「ああー……ええーと……?」
顔を青ざめさせ、声を震わせるレティシア。
「あのあの……やっぱり逃がしてもらったり……するわけには……?」
おそるおそるお伺いを立てるが……。
「いくわけないでしょう。バカですかあなたは」
「がぁーん!」
ざっくりと切り捨てられたレティシアは、思わず頭を抱えた。
「ふふ……」
やがて、低く笑い出した。
「ふふふふふ……」
目をつむり、肩を震わせて。
「……なに笑ってんですか。あなたは」
綾女のうろんげな視線にもめげず、笑い続けた。
「いいですわ! こうなったらなるようになれですわ! 命を狙われようが、戦いに巻き込まれようが、やるしかないならやってやりますわ!」
ちょっと涙目になりながら、逆ギレ気味に。
「どうあれ、勝てばいいんでしょう!? 敵を倒し、リリー様を立てればいいんでしょう!? やがてはその功績を認めていただいて! 捕虜ではなく近習としてお傍に置いていただいて! フェロー王国に確固たる地盤を築けば、お肉は後からついて来る! そういうことですわよね!?」
「ずいぶんと遠大な計画ですけど……まあ……そういう未来もあるかもしれませんね……」
疲れたように答える綾女はさて置き、レティシアはスプーンを聖剣か何かのように天に向かって突き上げた。
「よーし! そうと決まれば、まずは腹ごしらえですわね! たくさん食べて! 力をつけないと!」
目に炎を燃やしながら、猛然と牛丼をかっ込んでいく。
「さあ綾女さん! お代わりを! たくさん食べて! 力を蓄えたいんです!」
すみずみまで綺麗に舐めとったレティシアは、勢いよくどんぶりを掲げたが……。
「ダメですよ。食糧には限りがあるんですから」
素っ気なく断られ、「がぁーん!」とショックを受けていた。




