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「ふたりの距離の概算」

 ~~~勇馬ゆうま~~~




 明けて翌朝。


 ポップアップルーフの中には木漏れ日が射し込み、異世界の鳥たちのにぎやかな合唱が聞こえてくる。

 

「ああー……ちくしょう」


 俺は寝床の中でため息をついた。

 爽やかな朝だというのに、気分は最低である。


 理由は、未だに消えやらない筋肉痛に各所の打ち身・擦り傷……だけではない。


「物凄いやっち(・ ・ ・)まった感( ・ ・ ・ ・)つのるぜえー……」

 

 昨夜の去り際のリリーの台詞を思い出した。


 どうしてあいつはあんなことを言ったのか。

 出会ってからたった十数時間程度のつき合いなのにも関わらず、あんな考えに至ったのか。


 それはたぶん、リリーの身の証を立てるために行った『あれ』のせいなのだと思う。

 布団の中で組んずほぐれつ行われた『あれ』の。


「『あれ』ってたぶん、未婚の娘がしちゃいけない儀式だったりしたんだよ。いやいやもちろん、普通に考えたら地球むこうでだって決して良くはないんだぜ? 成年男子が未成年少女を……なんて完全に淫行いんこうだし、で犯罪だよな? でもこっちって全力でファンタジーワールドなわけじゃん。しかもリリーは王女様で……だったらなおさらダメなわけじゃん。刑罰の度合いも重いというか……俺、下手したら物理的に殺されるんじゃないの? なんかファンタジーっぽいもの凄い殺され方で……その……牛裂うしざきとか……? やっべえー……相手も時期も、慎重に選ぶべきだったんだあー……。なのになんで俺はその場の勢いでえー……」


 ぶつぶつとあやまちを嘆いていると……。 


「選ぶって何を?」


 リリーがひょこんと顔を出した。


「うわっうわうわうわっ!? うっ、牛裂きはやめてぇぇぇぇぇぇぇ! ……っていてええええええええっ!?」


 突然のことに、俺は思い切り跳び上がった。

 すると当然全身を痛みが襲い、布団の上をのたうち回るハメになった。


「あちゃー、大丈夫? 勇馬」


 床にうつ伏せになっている俺の顔を、リリーが心配そうに覗き込んできた。


 アイドルみたいに可愛い顔が近くに寄って来たことに、そしてその距離感が今までよりも確実にせばまっていることに気が付いた俺は、なんというか物凄く慌てた。


「リ、リリーリリーリリーリリーさん!? いつからそこにいらしたんですか!? どこから聞いてらしたんですか!?」


「リリーが多いんだけど……てゆーか、なんで『さん』付け?」


「質問に答えて! なるべく正確に! 可及的速かきゅうてきすみやかに!」


「え、ええー……。何その勢い……。変な勇馬」


 リリーはぶつくさ言いながらも素直に答えてくれた。


「ええとね、勇馬が慎重に選ぶとか言ってたとこ。……って、なんでそんなに嬉しそうなの? 拳まで震わせちゃって……今ボク、そんなに嬉しくなるようなこと言った?」


 良かった。

 聞かれてなかった。


 俺は思い切りガッツポーズした。


 とにかく昨夜の話題に触れるのはけられた。

 ならこのまま避け続けるべきだ。

 避けて避けて、最終的には『あれ』すらなかったことにしよう。


 リリーからもなるべく距離をとろう。

 顔見知りだけど仲良くはない感じというか、テンプレ日常会話しかしない間柄というか。

 ともかくそんな方向性で。


 ここまでのリリーのなつきぶりを考えると、ちょっと胸は痛むけど……。

 でもさ、この若さで無慈悲な処刑とか、さすがにやだもん。


「……あ、もしかしてボクと話せること自体が嬉しいとかそういう? や、やだなあー、さすがにそこまで言われちゃうと照れちゃうなあー」


 リリーはなんだかいい方向に解釈してるが……。


「いやそれはない」


「即答!?」


 ビシリと否定してやると、リリーはガァン、と衝撃を受けたような顔をした。


「それはないです」


「もう一回言った!? しかも敬語で言い直した!?」


「いやあだって、リリー様は王族様じゃないですかあ。第三王女なんて雲の上の存在なわけじゃないですかあ。俺なんかの汚い言葉を聞いてご気分を悪くされてないかなと思ったんですよー。だから安心しました。良かったあー。あ、なんか温かいものでも飲みますかあ? ホットレモネードとか。もちろん俺がお作りしますよー。つっても作り方知らないですけどー」


「勇馬!? 勇馬どうしたの!? なんでいきなりそんなよそよそしくしてくるの!?」


 慌てたリリーが俺の服の袖を掴んでぶんぶんしてくるが、ぺいっと素っ気なく振りほどいた。


「うわあー、やめてくださいよー。よそよそしいも何も、これが俺らの普通の距離感じゃないですかあー。リリー様みたいな高貴なお方が俺みたいな下々(しもじも)の者に触れたら汚れちゃいますよー」


「なんか勇馬の目から光が消えてる!? 綾女あやめさん! 綾女さーん! 勇馬がおかしくなっちゃったあー! きっと怪我のせいだと思う! とにかく早く来てえー!?」


 ふたりの間にきっちりとした線引きをしようとする俺と、それが理解出来ないリリー。

 噛み合わない言い合いはしばらく続いた。



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