「もうキミのもの」
~~~勇馬~~~
「勇馬ー、調子はどーう?」
トントントーンと軽快な調子でハシゴを登って来たリリーは、包帯でぐるぐる巻きのまま布団に寝そべっている俺を見つけると、にぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「元気ぃー? って、全然そんな感じじゃないねえー。えっへへへー」
ぺたりと俺の脇に座り込んだリリーは、いかにもご機嫌な様子で体を左右に揺らし始めた。
「……いやなんでニコニコしてんだよ。リアクションおかしいだろ。そこはウソでももっと心配そうにしろよ」
「えー? いっやあー、そうなんだけどさあー?」
俺がジト目で文句を言うと、リリーは照れたように頭をかいた。
「可哀想だな、痛そうだなとは思うんだ。その気持ちはウソじゃないんだ。でもそれより嬉しさの方が先立つというかさ……。ねえ、だってようやく会えたんだもん。念願だった勇者様と会えたことがホントに嬉しくって──」
「……何度でも言うが、俺は勇者じゃねえからな」
俺が即座につっこむと、リリーはくすぐったそうに微笑んだ。
「それでいいよ、今のとこはさ。勇馬の言い分を認めてあげる」
「……どういう立場からの発言なんだ、それは」
俺はあくまで俺であり、勇者なんてわけのわかならい何者かじゃない。
いくら主張しても、リリーはまったく認めようとしない。
「勇者の役目は綾女に任すって言ったはずだぞ? 俺はあくまで高貴な遊び人であって……」
「それでいいよ、今のとこはさ。そのうち勇馬のほうが勇者になると思うけど」
「……その返し、ずるくない?」
何を言ってもその一言で片づけられてしまう。
あれだ。
「どうしたって出来ない子」に向かって延々と、「おまえは出来るんだ」って言い続けるバカ親みたい。
「というかさ、ホントにマジで、どこに根拠があるわけ? 俺が勇者になるって。綾女すら差し置いて」
「だって勇馬は、ボクを助けてくれたじゃない」
俺を見つめるリリーの瞳には、暖かな光が満ちている。
「ゴブリンに捕まって危ないところを助けてくれたじゃない。人一倍怖がりなくせに。弱くて、カッコ悪くて、情けなくて? なのに安全な場所から出て来て戦ってくれたじゃない。そっちの言葉で言うとなんだっけ? 『引きニート』のくせに? ねえ、それでもキミは、ボクを助けてくれたじゃない」
……こいつ、さっき俺が言った台詞を全部覚えてんのか?
「ボクだけじゃないよ? 綾女さんのことも助けてあげたじゃない。本人がどう言おうが、空高く飛ばされて絶対絶命のとこをさ、飛んで捕まえて、安全に着地させてあげたじゃない」
「……」
「そしたらキミは、こう言うかもしれないよ? 『あれは奇跡だ、偶然だ』って。でもそれってすごいことなんだよ。他の人には絶対真似できないような奇跡を、偶然を、この短い間に二度も起こしたんだから」
「……」
「それがボクが、勇馬を信じる根拠。それじゃダメ? 勇馬がすごいって。強くて、カッコいって、信じちゃダメ?」
「……」
ムカつくことに。
実にムカつくことに、言葉が出て来なくなった。
リリーの言い分を認めたわけじゃない。
単純に気恥ずかしくて、その場にいるのが辛くなったんだ。
「……やめろ」
なんとかそれだけ、紡ぎ出した。
「そういうの、俺は苦手なんだ」
誰かに期待されたり、頼られたり、褒められたり。
そういうのには慣れてない。
だからホント。
やめてくれよって思う。
俺のことなんか気にかけるなよって。
「なんか、気持ち悪いからさ……」
おそらくは真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、俺は布団を頭からかぶった。
視界はすぐに闇に覆われたが、リリーの瞳にあった輝きだけが、脳裏から消えてくれない。
「……マジで放っておいてくれ」
しばらく間があった──
しばらく間があって──
くすりと笑うような気配の後、リリーは言った。
「わかった。今は行くね?」
子供に聞かせるような、優しい口調で。
「でも、何かあったらすぐに呼んで? 寂しかったら、辛かったら。ただの暇つぶし相手でもいいよ。勇馬が呼んだら、ボクはどこにいても何をしてても駆けつけるから。キミの願いを聞いてあげるから。内容はなんでもいいよ。どんな無茶な願いでも聞いてあげる」
「おまえそれは……」
アニメや漫画でよく聞く「今、なんでもするって言ったよね?」をど直球で投げつけられては、さすがに動揺を隠しきれない。
「どういう……どこまでの意味で……」
「どこまででも、だよ。だってボクは──」
その後のリリーの台詞に、俺は再び絶句した。
息が詰まり、心臓が止まりそうになった。
だって、聞いてくれよ。
リリーはこう言ったんだぜ?
俺なんかには似つかわしくない十四歳の美少女がさ──
フェロー王国の第三王女ともあろう者が──
「もうキミのものだからね」なんて。
完全に好意ゲージの振り切れた発言をかましてきたんだよ。




