「綾女は認めない」
~~~勇馬~~~
エント戦に勝利してリトルノアに戻った俺は、しかし浮かれる間もなく、ポップアップルーフに敷かれた布団の上で苦悶の声を上げていた。
「……痛でででで! ちくしょう! ずるいだろそんなの!」
阿修羅6000をオーバーロード状態で起動した代償はデカかった。
捻挫や打撲のような症状がいたるところに現れ、その上から極度の筋肉痛が覆っているといったような状況だ。
一言で言うと、地獄の苦しみだ。
「なんで阿修羅6000を着込んでた俺はこんな状態なのに! 生身だった綾女はそんなにぴんぴんしてんだよ!」
「……あら、それなりに傷ついてはいるつもりですけれど」
さも心外、とばかりに綾女は自らの身体のあちこちに貼られた絆創膏を指し示した。
左頬に一か所、左腕の前腕内側に二か所、左足の臑に二か所……。
「左半身ばっかりだな……ってそうじゃねえよ! その程度で済んでるのが問題なんだよ! おまえ自分がやったことわかってる!? 刃物を持った悪党どもを一掃して、五十メートル以上の高さをサーフィンみたいにして飛んで! 降りて! 普通に生きてるだけでもすげえのに! なんで絆創膏をぺたり程度の傷で済んでんだよ!」
ミイラ男みたいに全身包帯ぐるぐる巻きの俺とは雲泥の差だ。
「上手く受け身がとれたからでしょうね。あるいは日頃の修練の賜物か。もしくは……ああ、なるほど、なるほど」
綾女は頬に手を当てると、ゴミを見るような目を俺に向けた。
「お礼を言って欲しいんですね? ありがとうございます坊ちゃまと、あなたのおかげで助かりましたと、三つ指ついて頭を下げさせたいんですね? あわよくば私の肉体を獣欲の赴くままに貪ろうと、そういう魂胆ですね? なんと卑劣な振る舞い……まさに匹夫下郎と呼ぶべきですね」
「ひっぷげろー……」
ってのはどういう意味なんだろうってのはさておき、とにかくすんげえ言われようだ。
「そうじゃねえよ。そういうつもりで言ったんじゃねえ。単純にすげえと思ったんだよ。すごくない俺との差を感じて、嫌な気分になったんだ。それをそのまま口にしただけっ。そんだけだよっ。別にお礼なんていらねえよっ」
「……どうだか」
綾女はぷいっと顔を背けた。
「はあーっ? なんでおまえはちょっと怒った感を醸し出してるわけえーっ? 俺なんか、おまえを怒らせるようなことしたあーっ?」
「……別に」
綾女はぼそりと言った。
「なんだよ別にって! 全然別にじゃないじゃん! なんだこいつ、ちょっとどころか超々怒ってるじゃん! めんどくせえーっ!」
「はいはいそうですよ。私はめんどくさい女ですよ」
綾女はぱんぱんとスカートの膝を払うと腰を上げ、ハシゴに手をかけた。
「うるさくて、めんどくさくて、わけのわからないことで怒ってばかりいる嫌ーな女ですよ。申し訳ございませんね。お傍にいても気分を害すだけでしょうから、さっさと退散しますね。坊ちゃまはここで、ゆっくりぼっちで静養なさっていてください。水と食料は気が向いたら持って来ますよ」
「気が向かなくても持って来いよ! つうかなんだよその言い草っておいおいおーい! 人の話を聞かんかーい!」
ちっと舌打ちすると、綾女はさっさと階下へ降りて行った。
下でスイッチを操作したのだろう、ハシゴが収納されると共に扉が閉じた。
こちら側からだってその操作は出来るので別に閉じ込められたわけではないのだが、心理的には物凄くムカつくものがあった。
「もおーっ、なんなんだよっ!」
腹立ちまぎれに床を叩いたが、傷んだのは手と、全身の筋肉だけだった。
~~~綾女~~~
「はあー……」
階下で私は、ひとり大きなため息をついた。
「なぁにやってんですかね、私は……」
本当はもっと、他にすべきことがあった。
捕虜としたハイエルフの処遇。
リリーの国の事情と、今後の自分たちの身の振り方。
自分の一存だけでは決められないことがたくさんあった。
なのになぜか、言い合いになってしまった。
どうでもいいことが引っかかって、ついつい大人げない態度をとってしまった。
戻るべきだ。
今すぐ非礼を詫び、建設的な話合いをするべきだ。
理性ではわかっている。
だが、それをするにはいくつかの問題があった。
「この私が……」
認めなければならないのだ。
自分が坊ちゃまに感謝していることを。
阿修羅6000によるサポートのおかげで、こうして怪我無くいられるということを。
「坊ちゃま如きに……」
文字通りの飛剣となったあの瞬間。
坊ちゃまと共に飛んだあの瞬間。
自分が感じた得体の知れない高揚感について、思いを巡らせなければならないのだ。
「感謝……などと……」
口にしてみると、急に恥ずかしくなった。
そう認識した瞬間に、体温が上がった。
「……っ?」
慌てて顔を手で覆った。
誰にも見られてはならぬと、反射で思った。
「なんです……これは……っ?」
理由はわからない。
だが、驚くほどに真っ赤になっている。
喉はカラカラ。
心臓の鼓動は激しく、割れんばかりだ。
「いったいなんで……っ?」
わからない。
わからないまま私は、その場に立ち尽くしていた。
謎の生理現象に戸惑っていた。




