「オーバーロード!!」
~~~勇馬~~~
頭上を仰いだ俺は、とんでもない光景に目を剥いた。
「たしかに躱せとは言ったが、そんな無茶な躱し方をしろとは言ってねえだろうがあーっ!?」
山刀を足下に敷いた綾女は、エントの腕をさながらビッグウェーブのように乗りこなした。
おかげで衝突死は免れたが、代わりに物凄い勢いで射出されてしまった。
「サーフィンやってんじゃねえんだぞ……ってそうじゃねえ! 感心してる場合じゃねえ! アシュラちゃん! 綾女の距離と高度を!」
アシュラちゃんに問いかけながら、俺は走り出した。
綾女の後を追って、森を駆けた。
──高度五十メートル、時速九十キロにて西へと飛行中です。相対速度差は時速十三キロ。なおも引き離されています。
「ぐお……っ」
とんでもない数字に、一瞬気が遠くなった。
生身の人間がそんな飛翔をした結果どうなるか、そんなの考えるまでもない。
「綾女の落下軌道と予測地点を算出してくれ! 俺がこのまま全力で走り続けた時に交差するだろうポイントもだ!」
──……イエス、マスター・ユーマ。
アシュラちゃんの返答には、しばしの間があった。
その間二秒か、三秒か。
口にしてみりゃわずかの間だが、実際には永遠のように感じる時間だ。
何せその間も、綾女は落ち続けているわけだから。
──算出完了しました。綾女様の落下軌道と落下予測地点は赤色のラインとサークルで、ランデブーポイントへ通じるルートは緑色のラインで、ランデブーポイントそのものは緑色のサークルで表されています。
バイザーの右端に、付近の立体マップが表示された。
空を斜めに下降する赤色の線と地を斜めに駆け上がる緑色の線が、緩やかな弧を描きながら三百メートルほど先で交差しているのが見える。
交差点には緑色の丸印があり、これがつまりはランデブーポイントを示しているのだろうが……。
「……ダメだ! 低すぎる!」
俺はぶんぶんと首を横に振った。
ランデブーポイントは地面からわずかに三メートル程度の場所だ。
ほとんど落下予測地点と変わりない場所で、これではおそらく間に合わない。
「ランデブーポイントをもっと上に出来ないか!? 少なくとも二十……いや二十五メートル!」
──その設定を行った場合、マスター・ユーマの肉体の許容限界を超えますが、よろしいですか?
「ぐぅ……っ!?」
何それ怖い。
一瞬怖気づきそうになったが、しかしなんとか持ちこたえた。
このまま綾女を死なすよりはいい。
咄嗟にそう思った。
「いいよ! それでいい! 構わないからやってくれ!」
──了解しました。マスター・ユーマ。スーパーチャージャー起動。以後の機体制御はオーバーロードにて実行します。
背中の辺りで何か音がした。
過給機によるものだろうか、「ヒュゴウ……ッ」と酸素を吸い込むような音がした。
すると──
「痛でででででで……っ!?」
いきなり全転換粘体の拘束力が強まった。
ギチギチと引きちぎらんばかりに締め付けてきた。
関節部と手足の末端がとくに痛くて、涙が出た。
「うぎぎぎぎぎぎ……っ!?」
酸素の供給量が増え、冷房が凄い勢いで噴き出した。
バイザーの左端に表示されている心拍計が、見たこともない数値を示している。
しかもそれは、なおも上昇している。
だがそのおかげというべきか、阿修羅6000の速度は目に見えて上昇した。
速度表示で時速百十キロ超。
景色がぶっ飛ぶ。
綾女との距離もどんどん縮まって行く。
ランデブーポイントもまた、みるみるうちに上昇して行く。
もちろん肉体へのダメージもデカかった。
何せ辺りは森。
起伏が激しく、障害物があちこちにある。
足腰や関節部への負担が半端ない。
「いぎっ……!?」
張り出した木の枝を腕で払うと、走行バランスが崩れてぶっ飛びそうになった。
もう片方の腕を振り回して、必死で体勢を整えた。
「ぐぎ……っ!?」
倒木を跳んで避けると、着地した瞬間片足が埋まって転びそうになった。
両腕を振り回し、もう片足で踏ん張るようにして引き抜くと、すぐに前へと送り出した。
体勢は崩れたが、なんとか転ぶのは防げた。
「ぐがああああ……っ!?」
そのつどそのつど、とんでもない負荷が体を襲った。
手足が千切れそうに痛み、泣きそうになった。
すべてが終わった頃に自分の身体がどうなっているか……ちょっと恐ろしくて、想像もしたくない。
「無視だ無視! 全部無視だ! 怖いことは考えない! 自分に都合の悪いことは考えない!」
全力で、俺は叫んだ。
「なんせ俺はニートだからな! 将来のことなんて考えないんだ! 今の自分が良ければそれでいいんだ! なあ、困った奴だろ!?」
目の前には手ごろな大きさの岩がある。
緑色の線はその岩の上で急上昇している。
「だからさ、綾女! 俺を絶対、異世界でひとりにするんじゃねえぞ!?」
一歩、二歩──テンポをつけて踏み込んだ。
両腕を振り上げ、振り下ろすと同時に三歩目を全力で振り込んだ。
「そうだその調子! こっちにきっちり、落ちてこおおおおおおおーい!」
外部スピーカーをマックスボリュームにしながら、俺は跳んだ。
高く、高く、空へ──




