「第一村人発見」
~~~小鳥遊勇馬~~~
カーゴルームのスライドドアを開けて無造作に外に出た綾女は、重さ3キロもあるスーペル1000サブマシンガンを手足のように操った。
正面から飛び掛かって来た一頭の顔面を片手撃ちでザクロにすると、すぐに両手を水平に開いた。
何をする気なのかと思えば、左右から飛び掛かってきた二頭の顔面をろくに視認もせずに撃ち抜いた。
ならば一度に掛かれとばかりに三頭ひと塊になって突っ込んで来たのに対しては、慌てず騒がず脇へ避けて突進をやり過ごした。
振り返りざま、三頭の胴体中央から後肢にかけてを撃ちまくった。
一瞬で六頭殺した。
辺りに血の香りと、濃厚な死の気配が立ち込めた。
「……綾女っ」
──ドドドンッ!
思わず外に飛び出した俺の足元に、振り向きざま綾女が三発撃ち込んできた。
45ACP弾特有の、重い炸裂音が辺りに響いた。
「ひぇっ……? な、な、なんでっ?」
驚きのあまりその場に尻もちをついた俺に、綾女は殺気のこもった目を向けてきた。
「邪魔です。坊ちゃまはいつも通り、ドアを閉めてとじこもっていてください。私以外の誰が声をかけても、決して開かぬように。わかりましたか?」
「……あ、綾女は? いったいどうするつもりなんだ?」
綾女はスーペル1000のカートリッジを素早く交換すると、俺に背を向け歩き出した。
「言ったでしょう? お掃除だと。小鳥遊に牙を剥いた愚かな犬どもを処分して参ります」
少しすると、綾女が消えて行った方角から断続的に銃声が聞こえてきた。
そのたび何かが倒れる音がして、オルトロスたちの上げる苦悶の声が聞こえてきた。
スーペル1000のマズルフラッシュが白い霧をぼんやりと輝かせる。
それはどこか、幻想的な光景だった。
「いやいやいや……うっそだろー……?」
恐ろしいのは落ち着きだけではない。
ストッピングパワーに優れる、しかし反動のキツい45ACP弾を移動目標の急所に正確に撃ち込める技量、あれは普通の日常生活の中では決して養えないものだ。
「いったいおまえはどこの何者なの……?」
呆けたように座り込んでいると、すぐ傍で「グルルゥ……ッ」とオルトロスの声がした。
「……ひっ?」
新手が来たのかと思ったが、そうじゃなかった。
先ほど綾女に突進して返り討ちにあった三頭のうちの一頭だ。
胴体から後肢にかけてをズタズタにされているのに、前脚だけで動こうとしているのだ。
完全に致命傷だろうし、放っておいても問題があるとは思えなかったが、俺は慌ててリトルノアに乗り込んだ。
スライドドアを閉めて鍵をかけて、その場にへなへなと座り込んだ。
「くそお……いったい何なんだよ。何が起こってるってんだ?」
急展開すぎて、理解が追いつかない。
俺は恐怖に全身を震わせながら、現状について思いを巡らせた。
「白い霧に包まれたと思ったらわけのわかんない山の中にいて? 双頭の狼に囲まれてて? 綾女が銃を取り出して撃ちまくって?」
綾女と初めて会ったのは十年前のことだ。
当時俺は小学生で、綾女は女子高生で。
だけど全然女子高生には見えないなと思ってた。
凄腕の暗殺者か歴戦の傭兵が無理やりセーラー服を着てます、みたいな恐ろしさを感じた。
「あの妄想はマジだったって? だから色々持ってるし上手いこと扱えるって? ああもうっ、いいやそれに関してはっ!」
俺はぶんぶんと首を横に振った。
綾女の素性に関しては、やはり本人に聞くしかない。
それより問題はこの状況だ。
いくら綾女が強いからといっても相手は異形異様の獣。
見通しの悪い霧の中では万が一ということがあるかもしれない。
といって、単身で手伝いに行くほどの度胸は無い。
「……ちくしょう、情けねえっ!」
せめてどこかに救助を求めようと、俺は運転席に移動した。
運転席にはもちろん誰もいなかった。
エンジンはかけっぱなしで、メインモニタが煌々と光を放っていた。
覗き込むと、ナビゲーション上リトルノアはどこか見知らぬ山の中にいるようだ。
そして画面右下にはリンクOFFの表示が……。
「ダメか……っ」
メーカー直通のナビゲーションフォンは使えない。
ならばとスマホに耳を当てたが、こちらも余裕で圏外。
「……っつああああああああ!」
頭を抱えて発狂しそうになったが、ぎりぎりのところで踏みとどまった。
そうだ、ここは俺ん家じゃないんだ。
怒鳴ったって暴れたって、誰も駆けつけちゃくれない。
「どどどどうすれば……ってそうか! 普通免許しかないけど、動かすぐらいは出来るよな!? アクセルとブレーキがあって、ハンドルもあるんだろ!?」
せめて少しでも綾女に近づこうと思い、運転席に座った瞬間──
「……助けて! ……お願い!」
正面の窓に、女の子の顔が現れた。
光そのものを梳いたようなベリーショート、青空を結晶化させたような双眸。
顔立ちは超がつくほど整っているが、綺麗というよりは元気で可愛い系。
十四、五歳くらいの西洋人の女の子だ。
「ボク……! ボク……!」
女の子はドンドンと窓を叩き、涙の浮かんだ目で懇願してきた。
「……助けて! ……殺されちゃう!」