「再び空を飛ぶ」
~~~綾女~~~
「あの化け物に関して、坊ちゃまに何か出来ることがあると言うんですか?」
頭痛を堪えながら、私は坊ちゃまに訊ねた。
「ああーっ!? そう、そうだよっ! それだ! 勢いで忘れてたっ!」
すると坊ちゃまは、阿修羅6000の両手をバチンと打ち合わせた。
「ここへ来たのはいくつかの理由があるんだよ! まずはおまえへの武器の補充! ほら、おまえって慌てて出て行ったからさっ!? 色々足りないものもあるんじゃないかと思ってさ!?」
阿修羅6000の胴体にはいくつもの武器が、さながら武蔵坊弁慶のようにごてごてと荷積み用のベルトで巻き付けられている。
「だけどそれだけでもないんだよ! ほら、戦場において最も大事なのは情報だって言うじゃん!? そういう意味でおまえには欠けてるものがあるんだよ! なあ、あのデカいのはエントっていう精霊なんだ! エルフかハイエルフっていう、ファンタジー小説とかでよく登場するのが操ってんだ! つまりおまえの相手はあいつ自身じゃなく、耳の極端に長い操り手を倒すことなんだぞって伝えに来たんだよ!」
「……なるほど」
馬鹿正直にあの巨体を相手するよりは遥かに効率的だ。
武器の補充も含め、たしかにかなり、手間は省けた。
「そういうことなら……坊ちゃまにしてはまあ……」
「ほら! な!? 偉いだろ!? 俺ってば、やれば出来る子なんだよ! 普段まったくやらないだけで、ホントはすごい才能を秘めた……ってやめろやめろやめろ! なんで撃つんだよおおおっ!?」
人の言葉の先を勝手に推測して勝手に図に乗った坊ちゃまの足元を、コルトで3発撃って黙らせた。
「……なんとなくムカつきまして」
「ちょっとは隠そう!? おまえっていつも思うけど本音トークしすぎだから! ムカつく当の本人目の前にしてさすがにそれはないわ!」
ごちゃごちゃと騒ぐ坊ちゃまはさておき、私は阿修羅6000から武器を引っぺがして身につけていく。
追加のスーペル1000をストラップで肩から下げ、予備弾倉を適宜弾帯に。近接装備としての山刀・レディハーケンを二本背に負った。そして……。
「ほう、これは……?」
なかなか気の利いた装備を見つけた私は、思わず感嘆の呻きを上げた。
直径140mm。
全長708mm。
重量9.9㎏。
米国製の『FGM-300セイバー』は、対戦車ミサイルとしては珍しい慣性誘導システムを備えている。
それは発射前に目標を3秒間ターゲットすることにより、目標までの距離と方向と弾道を算出して照準を策定し、その通りに飛翔するというものだ。
弾頭に追尾能力が無い分命中率は低く有効射程も短いが、その分各種ジャミングには強い。
そして何より、近距離戦に向いている。
混沌の釜の底で戦う兵士向けに作られたミサイルなのだ。
化け物との距離や周辺一帯が不感地帯であることを併せて考えると、これは現状考えられる最高の選択だろう。
「……これは、坊ちゃまが自ら選んで?」
私が確かめると、坊ちゃまは元気よく答えた。
「おうよ! こんな状況だからこそだろ!? これしかないってやつだ!」
物凄いドヤ顔で(阿修羅6000の中にいるので表情自体はわからないのだが、おそらくは)右手の親指を立てた。
「さあ綾女! そいつで一撃決めちまえ! 無法の輩をことごとく突き伏せろ!」
「……っ」
その瞬間、私の中の何かが変化を起こした。
冷え切って眠っていた何かに、熱が生じた。
「はっ……はっ……」
直後に口から漏れたのは、笑い声だ。
実に数年ぶりに、私は笑った。
「はっ……はっ……はっ……」
なぜだろう、おかしかったのだ。
坊ちゃまの言い方が、態度が。
遊馬様のお言葉と重なって、猛烈におかしくなったのだ。
「はっはっはっ……ねえ、坊ちゃま?」
私は笑いながら、坊ちゃまに語りかけた。
「今のは良かったですよ? ええ、なかなかです。初めての主命にしては上出来です」
私の異名を知っていたわけではあるまい。
ただ状況から最適な武器を選択したのにすぎない。
たまたまそれが剣だったというだけの話だ。
空を飛ぶ剣だったと、ただそれだけの話。
「褒めてさしあげますよ。気の利いた選択と、ジョークと。こんな状況なのにも関わらず外へ出て来た引きニートの頑張りを」
遊馬様のあの言葉の、すべてを鵜呑みにしたわけではない。
提示された坊ちゃまとの関係性を、丸ごと受け入れるつもりもない。
だが一瞬だけ、この瞬間だけは乗ってみようと思った。
今しがた坊ちゃまが、阿修羅6000で宙を舞ったように。
「はい。了解ですよ坊ちゃま。この綾女・ドラコーヴァ。謹んで主命を受諾いたします」
にやり、口元を歪めた。
「今一度、空を飛んでご覧に入れましょう」




