「必要な存在」
~~~綾女~~~
「バカな……! まさか……!?」
私は叫んだ。
否定の言葉を口にした。
「あり得ない……!」
だって、想像出来なかったからだ。
ビビリでヘタレで、今までありとあらゆる危険から逃げてきた坊ちゃまが、こんな緊迫した局面に自ら飛び込んでくるだなんて。
だけどそれは、たしかに近づいて来た。
派手な衝突音を上げながら、斜面の上から転がり落ちて来た。
「綾女ええええええええええええー!」
絶叫とともに姿を現した。
「どこだあああああああああああー!?」
白銀色の装甲作業服が──
三ツ星製の阿修羅6000が──
坊ちゃま専用に作り上げられた最強の機体が──
何十キロ出ているのだろう、とにかく恐ろしいほどのスピードだ。
勢いのままに岩に乗り上げ、大きく跳ねた。
異世界の夜の森に、綺麗な放物線を描いた。
「ってうわああああああああああー!?」
最後に当たったのは木だ。
樹齢何百年に及ぶのだろう大きなケヤキに当たり、ようやく止まった。
ずるずると滑り落ち、根元に座り込むような格好になった。
「し……死ぬかと思った! 死ぬかと思った! 死ぬかと思った!」
さすがは阿修羅6000。
凄まじい衝撃だったはずなのに、傷ひとつついていない。
全転換性粘体のおかげだろう、着装者である坊ちゃまもぴんぴんしているようだ。
「なんだこいつ!?」
「白銀の全身鎧……どこぞ国の騎士か!?」
「いやいや、新種のモンスターだろ。あんな勢いで木にぶち当たって生きてる人間なんているわけないし……」
寄せ手の男たちは、様々に推論を述べながら距離をとった。
私の周りに、ぽっかり丸い空白地帯が出来た。
「ああー!? いたあああああ! あのなあおまえっ……おまえさあー……っ!」
坊ちゃまは私を見つけると、震える指を突きつけてきた。
涙混じりの声で非難してきた。
「何が『何かあったら無線にて』だよ! 『チャンネルはCH-1ですからね』だよ! 全然通じねえじゃねえか! ここら一帯不感地帯じゃねえか! びっくりしたわ!」
「……」
「マジでさ! ホントさ! おまえのせいで俺は死ぬ思いをしたんだからな!? 今も本気で心臓が破けそうなんだからな!?」
「……」
「おい、ちゃんと聞いてんのか綾女!?」
不思議だ。
指さされているのにも関わらず、非難されているのにも関わらず、私の心は自然と落ち着いていく。
あれほど感じていた動揺や焦りが、どこかへ吹き飛んでいく。
「……っ?」
驚きとともに自らの手を見た。
いつの間にか脈拍が落ち着き、体温が元に戻っている。
……坊ちゃまのおかげで戻った?
この私が、坊ちゃまのおかげで平静に……?
「あり得ない……っ、あり得ない……っ」
ぶんぶんと首を横に振った。
それだけはダメだ。認められない。
『ベルキアの飛剣』の矜持にかけても、それだけは絶対に認められない。
「おい綾……」
「──なんでしょう?」
殺意をこめて睨みつけると、坊ちゃまは「ひいいっ!?」と豚のような悲鳴を漏らした。
今までの坊ちゃまならこれでおしまいだったのだが……。
「何をしにいらしたんです? 私はその場に残っているように指示したのに、なぜ無視したのですか?」
「そっ……そんな言い方はねえだろうがっ!?」
どうしたことだろう。
私の凝視にもめげず、全身で抗議をしてきた。
「たしかに俺じゃ役に立たないのかもしんないよ!? 9:1でおまえの足手まといにしかなんないのかもしんないよ!? でもしょうがないじゃん! おまえはあんまり武器持ってかなかったしさあ! あげく敵はあんなにデカい化け物で、無線も通じないしさあ! おまえがどんだけ強くても、戦闘のスペシャリストだといってもここは地球の常識の通じない異世界で! そんでおまえは女の子で!」
坊ちゃまの言葉は止まらない。
あとからあとから、堰を切ったように溢れ出てくる。
「……なんだよ、そんな目で見るなって! わかってるよ! 調子づいてる感は自分でもすげえしてるよ! 阿修羅6000のおかげで自分が強くなったと勘違いしてる系のな!? 痛々しいよな!? あとで思い出して恥ずか死ぬやつな!? でもしょうがないんだよ! リリーに言われただけでもなくってさあ! 思っちゃったんだよ! おまえが心配だって! 助けなきゃって! こんな俺でも、せめて伝書鳩ぐらいにはなれるかなってさあ! 悪いかよ……ってあああああーっ!?」
ふと気が付くと、巨大な化け物はリトルノアに接近している。
その距離はもう、五十メートルもないだろう。
「リリーが危ない!? なんとかしないと早く……! 早くしないとなんとか……!」
坊ちゃまは跳ね起きた。
だが、だからと言って何か出来るわけでもない。
無策のまま辺りをウロつき出した。
「心配……? 助ける……? 女の子……?」
一方、私は打ちのめされていた。
衝撃的な言葉の数々に。
今までと違う坊ちゃまの態度に。
「私を……? 坊ちゃまが……?」
ズキリとこめかみが痛んだ。
いくつかのフレーズが、古い記憶を刺激した。
束の間、昔のことを思い出した。
いつかの会話を。
病の床に臥す遊馬様の口からこぼれた、冗談みたいなその言葉を。
そうだ、あの方は言っていた。
坊ちゃまにとっての私がそうであるように、私にとっても坊ちゃまは『必要な存在』なのだと。




