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「焦り」

 ~~~綾女あやめ~~~




 果て無く深き森の中。

 なんの前触れもなく現れた五十メートル級のその化け物は、黄緑色のスライムを人型に整形したような、自然界にあるまじきフォルムをしていた。


「なっ……!?」


 あまりのことに、私の反応は一瞬遅れた。

 どう対応するべきかを迷い、出遅れた。


「……ちっ」


 自分のぬるさに舌打ちしながら、スーペル1000を構えた。

 化け物に向けて五発撃った。

 狙いも定めず撃ったせいか、二発がれて三発が肩口に当たった。


 麻薬を服用した原住民の突撃すら一発で止めることの出来る45ACP弾だが、さすがに縮尺が違い過ぎるのだろうか。あるいは粘性の問題か。

 化け物はぐらつくことなく、まっすぐこちらに向かって来る。

 木々をなぎ倒しながらのしのしと──その直線状には私と、リトルノアがいる。


「こっちですよ!」


 右へ走りながら五発撃った。

 化け物の左脇腹に、今度は全弾命中した。

 

「こっち……! だっていうのに……!」


 立ち止まって五発撃った。

 セレクターをフルオートに切り替えて、さらに十五発撃った。

 進行方向を変えようという試みは、しかし上手く行かなかった。


 化け物は構わず前進を続けている。

 図体のせいで反応が鈍いのか、それともそもそもの狙いがリトルノアにあるのかはわからないが……。


「坊ちゃま! リトルノアを起動しなさい! アクセルを踏んで! 前へ!」


 無線で呼びかけたが、反応はなかった。


「坊ちゃま……!?」


 チャンネルが違うということはあり得ない。

 イヤーマフを渡した時に、ロックがかけられていることまで確認した。

 ということは……。


「……まさか不感地帯っ?」


 地理的要因によって無線の通じない空白地帯のことを専門用語では不感地帯と呼ぶのだが、よりにもよって……っ!


「止まれ! 止まりなさい!」


 弾倉を替えて三十発撃った。

 さらに弾倉を替え、もう三十発撃った。


 背中、首、後頭部、膝裏、くるぶし。

 どこを撃っても化け物の歩みは止まらない。

 こちらを振り向くことすらしようとしない。


「……冗談でしょう!? ……こんなところで!」

「──今だ! 行け」


 たまらず悲鳴を上げたところへ、横合いから男たちが突っかけてきた。


「とっ捕まえろ! その武器を取り上げろ!」

「好き放題やってくれやがって! まさか女だったとはなあー!?」

「仲間の仇だ! 女として生まれたことを後悔するような目に遭わせてやる!」


 剣や槍、手斧などの原始的な武器を装備した男たちが、一斉に。


「……誰が貴様らなどに!」


 弾倉を交換している暇は無い。

 スーペル1000を投げ捨てると、スカートを跳ね上げた。

 ベルトで固定していた二丁のコルトを両手に構えると、振り向きざまにふたりの顔面を撃ち抜いた。


 しかし襲撃はそれで終わりではなかった。

 横合いから、正面から、男たちは次々と現れた。

 深い藪や木々の陰から、獣のように飛び掛かって来た。

 

「去れ! 蛮人ども!」


 コルトで応戦した。

 残弾数をカウントしながら、慎重に狙いを定めた。

 定めようとした。


 呼吸が荒く、体が重く、頭がくらくらする。

 狙いが定まらず、何発も外した。


「去れ!」


 一刻も早く、駆けつけなければならない。

 駆けつけて、お救いしなければならない。


「去れ!」


 遊馬様あすまさまと約束したのだ。

 坊ちゃまをお守りすると、そして……そして……。


「……坊ちゃま!」


 堪らない気持ちになって坊ちゃまを呼んだ──瞬間、不思議な事が起こった。


 周囲の光景がスローモーションのように映って見えた。

 男たちの罵声やコルトの発砲音が、やたらと間延まのびして聞こえた。


 ゾーンだ。

 スポーツ選手などがよく言う、極度の集中状態に入った。


 ゾーンの中で、私は聞いた。

 リトルノアのカーゴルームのスライドドアが開く音を、そこから何かが跳び出す音を。

 

「バカな……! まさか……!?」


 聞き間違えるはずがない。

 三ツ星の研究所でよく聞いた。

 あれはたしかに、阿修羅6000の駆動音だ──


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